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Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説39

2021.05.05 23:00


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



直射の下に、黒い…茶色い…褐色の…その、複雑に色づく肌を白濁させる。

わたしはまばたく。

振り返って、部屋を見れば部屋の中はさしこむ光の中に物の翳を刻んで、そして綺羅綺羅しく見えた。

誘われるように、何ということも無く入ると、部屋の中の昏さに目が暗む。

薄暗い。

眼の前に…すこしさき。離れた、伸ばした手も届かないそこ…に、蘭が転寝をしていた。

倒れ込んだようなうつぶせで。

——らん、

と。

私は彼女を讀んだ。

——らん、

と。

三度読んだ時に、彼女は顎を起こした。

首をよじって、聲のした方をみた。

そこには当然、私が微笑んでいるのだった。

彼女はそれを自分の名と認識しているのだろうか?

わたしは思う。

——來いよ。

戯れに私は云った。

蘭はわたしを見ていた。

微動だにもしない。

——來いよ。

最初は何の意図もなかった。其の中に、いつか私には使命感冴え芽生えた。彼女を調教、乃至教育してやらなければならない、と?

——來いよ。

彼女に言葉が、さらには外国語など理解できるはずもないので、身振りで呼ぶ代わりに彼女にサイドテーブルの籠を投げつけた。

とっさに除けかねた蘭の頭部を打った。

怯えた蘭が身を丸めた。

——來いよ。

同じテーブルの上の、プラスティックのグラスを投げつけた。

蘭の頭の上に纔かに外れる。

蘭が一瞬遅れ、そして立ち上がった。

だからと言って何をするでもない。

——來いよ。

云って、わたしはアルミのコーヒーカップを取った。蘭の顎を殴打する。

蘭の見開いた眼が私を見ていた。

——來いよ。

云ったとき、はしるように蘭は私に駆け寄って、そして中腰になった上目でわたしを伺い見ていた。

彼女は、結局はなにも理解できていないのだった。

それがわたしにかすかな屈辱を殘した。

——脱げ。

わたしは云った。

何でもよかった。何も、彼女のそれを求めていたのでは決してない。

彼女が決して理解できず、偶然には解消できない不自然な行為として、私が思いついたのがそれだったのだ。

——脱げ。

上目の、困惑しきった目が私を見てゆらいだ。

一度だけはげしく。

知性のかけらさえ感じさせない。

かすかにだにも。

——脱げ。

ささやく。

わたしの顏を見上げる。

そのとき、私は彼女の腿を蹴り上げた。

かたくななまでに彼女は踏みとどまる。

倒れない。

手でさすりさえしない。

力み、そしてわたしを見ていた。

なんの意味をもつ防衛行爲だったのか?

——脱げ。

地団太をふもうとしたのか、なんなのか。蘭は腿の内側を内またにこすり合わせつづけ、わたしの拳が腹を殴りつけた時、きっ、と、短い聲を齒の奧に立てた。

鼠がたてたような。

——脱げ。

蘭が、ベッドの上のコーヒーカップをつかんで、走り寄る。

私は尻を蹴り上げた。

前のめりに手をついて、しかし、倒れはしない。

——脱げ。

私は聲を立てて笑った。

蘭は何故かは知らない。バイクのカギを取って私にさしだす。

私がふたたび尻を蹴り上げるのを、蘭は尻を突き出して堪えた。

結局は理解できなかった彼女に、輕い徒労感を感じ、かえり見たその、とがらせた唇を突き出した蘭の眼差しに、わたしは一瞬の短い激昂を感じた。

なぶるように、故意に彼女の体を引きずり回すようにしながら蘭をはだかに剥いた。

蘭は身を隱すはじらいも無かった。

すでに防衞ほん能さえけっ壊させて、蘭はあまりに無ぼう備だった。

むしろ笑うにちかい顏に、くちもとをゆがめていた。

かのじょがいささかも笑っていないことはしっていた。

つぶやいた。

——死ね。

やさしく、耳元にくちびるを寄せ、

——飛べ。豚。

わたしはつぶやく。

ほほ笑んで。

わたしがベランダをさして、そして指をふった時、…蘭はそんなジェスチャーなどみてゐなかった。

かのじょはただ私のめをだけ見ていた。

なぜ?

——飛べ。

蘭はいっしゅんの後、はしるようにベランダにでた。出ると、彼女はかい放感をあじわったのだった。せ筋をのばし、のびやかにて摺りに身をなげた。

い服にかくされた部ぶんまで、蘭のはだはかすかなグラデーションを描いてかっ色を曝す。

わたしは彼女の後ろすがたをみていた。

ま上ちかくからさす日差しが彼女の肌のぜん体を翳らせた。いや黑み、こく頭はつの上と肩にきらめきの剥奪。

蘭は手すりによじのぼったのだった。

すい直に彼女はたった。

向こうに空はあおく、海ははく濁した。

蘭がちょく立の儘しゅん巡しているのがしれた。

なにというでもなく、直せつ肌にふれたに似ためい快さで。

蘭が振りむきわたしに返りみようとしたときに、むこうにくずれそうになるかの女のうでをひく。

わたしはバルコニーのゆかに蘭を叩きつけた。

背をうった蘭が呼きゅう困難のすう秒にのけぞって、硬ちょくする。

私が腹をふみしだいた時、いっきに蘭は息をはいた。

この女はしというじ態を理かいしているのだ、と。

わたしはその意外をあやしんだ。髪をひっつかみ、あばれる蘭をひきずって部屋にはいりかけたとき「もうやめようよ。」

蘭がいった。

日ほん語で。

「もうやめよう、お兄ちゃん、もう…日本、歸ろう?」

かえりみる。

ななめの日ざしに、半身だけの逆光となって蘭は床にくずれた胡坐をかいて座り込む。

髮はみだれれていた。

私を見ていた。

「妹?」

わたしはささやく。

「俺の?」

蘭に。

——お兄ちゃん、さみしいから、生まれかえってきたんだよ。

ささいた。みみもとで。

蘭が、

——ひとりにしちゃだめだねって。みんな言うから、返ってきたの。…もう一度。

そう云った。

つかんだ掌に髪の毛のからむ觸感がある。

足元をみやると、床の上に、わたしに髪をひきずられた儘蘭は失神していた。

口と眼をひろげて。

夕方。

寝台の上に蘭は眠る。

素肌を曝したつづけ。

あれからずっと。

わたしは放っておくしかなかった。

胸騒ぎがした。

見ると壁に陽炎が這っていた。

人間の躯体など留めない。

内側と外側の区別がなく、骨格のあるべき必然を欠いているからだ(内臓が内側で皮膚が外側、と。それらは我々が認識し得るかぎりでの当然で在るに過ぎない。内と外が区別され毅然と存在してゐるなど、ある限られた限界内での妥当性にすぎない)。いわずもがな、それは多伽子だった。

多迦子がその透き通った、わたしの終に「見る」ことのできない眼差しに見つめていたのだった。

壁を這う…

さかさまの蛇のように?

思い出す(何故?)恚りの起りたる時之を制すこと藥を以て蛇毒の擴がるを制すが如くす此の比丘の此岸彼岸を捨つること

 蛇の朽ち古りたる殻を破る如し。

——なにしてるの?そこで

——俺か?…と。

多伽子は頸を反対にねじってささやいき愛欲を斷ちて餘す所なきこと池に生ふ蓮華を潛り取るが如くす比丘の此岸彼岸を捨つること

 蛇の朽ち古りたる殻を破る如し。

——俺を迎えに來た?

私は笑い、(まるで彼女を侮辱することを試みたかのように…そんな気はなかったのに)

——お前、だれ?…と。

多伽子が聲をいくつか重ねながら言った時には疾く奔り流るる渇愛を涸らし盡し餘す所なき此の比丘の此岸彼岸を捨つること

 蛇の朽ち古りたる殻を破る如し。

——あんたを殺したじゃない?忘れた?

ささやくわたしに(でも、僕は思った。彼女はすでにそんな記憶さえ存在させていないだろう。