1988-2 <ノスタルジー>
2021.05.03 13:48
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ドラマ初出演は1988年11月、TBSで放送の『南の家族』。私はアジアの若者への農業研修制度を設けた鹿児島の加藤憲一さんという実在の人物をモデルにした佐藤信二役。いきなりの大役だった。
父親役は鹿児島出身の草野大悟さん。おそらく堤真一さんの初主演作で、他も東野英治郎さん、奈良岡朋子さんと名優が揃った。演出は母校の先輩でTBSの大山勝美さんという重厚な布陣。
黒柳慎一なる誰だそれって感じの芸名だったし、SNSもない長閑な時代のこと。
風に波打つ黄金色の稲穂の向こうに、キラキラと朝日を返す錦江湾、その向こうで稜線をぼかす桜島。そんな明媚な10月の鹿児島でのロケも人知れずであった。
当時、帰省しても室生犀星の心境で東京へ戻るのが常だった。黒柳慎一も、半ば自棄になって付けた芸名だ。ところが、桃源郷の水墨画の如き幻想的な鹿児島の秋村に、不覚にも郷愁を感じてしまった。
その後、鹿児島の畜産農家の家屋をそのまま移築したかのような、実に精巧なセットが組まれた緑山スタジオでの撮影をこなし、放送された11月には25歳になっていた。当時は下手くそめと腹立たしかったが、今見ると、その時分にしかできない素直で懸命な演技がいい。
私は私のような若者が懐かしいのである。