若い読者のためのサブカルチャー論講義録本ダウンロードepub
若い読者のためのサブカルチャー論講義録
によって 宇野 常寛
若い読者のためのサブカルチャー論講義録本ダウンロードepub - この美しい若い読者のためのサブカルチャー論講義録の本をダウンロードして、後で読んでください。 この素晴らしい本を誰が書いたのか知りたいですか? はい、宇野 常寛は若い読者のためのサブカルチャー論講義録の作成者です。 この本は、いくつかのページページで構成されています。 朝日新聞出版 (2018/3/13)は、若い読者のためのサブカルチャー論講義録を公開する会社です。 2018/3/13は初めてのリリース日です。 今タイトルを読んでください、それは最も興味深いトピックです。 ただし、読む時間がない場合は、若い読者のためのサブカルチャー論講義録をデバイスにダウンロードして、後で確認することができます。
内容紹介 フィクションとは、まだ存在していないけれど、 未来に存在しうる現実の可能性を探り出すものだ フューチャリズム=未来志向を再起動するために、 著者が若い世代に向けて論じたサブカルチャーによる世界認識の方法 ――目次―― はじめに 【第一回】〈サブカルチャーの季節〉とその終わり ●〈オタク〉から考える日本社会 ●サブカルチャーと戦後社会 ●サブカルチャーの時代の到来 ●カリフォルニアン・イデオロギーの登場 ●サブカルチャーの時代の終焉 ●いま、サブカルチャー的な思考を経由する意味 ●「オタク」と「カワイイ」の戦後日本 ●〈自動車〉と〈映像〉が二〇世紀の社会を作り上げた ●戦後日本のネオテニー性の投影としてのオタク文化 【第二回】 「週刊少年ジャンプ」の終わりなき日常 ●戦後日本と男性性の問題 ●「アトムの命題」 ●トーナメントバトル形式による擬装された成長 ●九〇年代半ばに噴出した「トーナメントバトル形式への疑念」 【第三回】 「ジャンプ」の再生と少年マンガの終わり ●樹林伸と「マガジン」の逆襲 ●網棚のジャンプ、ラーメン屋のマガジン、漫研のサンデー ●『るろうに剣心』と歴史の終わり ●『銀魂』と戦後日本 ●「縦に伸びる」のではなく「横に広げる」アプローチの『ONE PIECE』 ●カードゲーム的な価値観の導入︱『遊☆戯☆王』 ●「力比べ」から「知恵比べ」へ︱『ジョジョの奇妙な冒険』『DEATH NOTE』 ●ゼロ年代「ジャンプ」の総決算としての『HUNTER×HUNTER』 【第四回】 補論:少年マンガの諸問題 ●『バクマン。』の七峰くんは本当に「悪」なのか? ●高橋留美子とさまよえる男性性 【第五回】 坊屋春道はなぜ「卒業」できなかったか ――「最高の男」とあたらしい「カッコよさ」のゆくえ―― ●『クローズ』とヤンキーマンガのカッコよさ ●坊屋春道は「卒業」できない ●「成長」から「モラトリアムの楽しさ」へ︱『頭文字D』 ●少年マンガは「ビジョン」を示せていない 【第六回】 〈鉄人28号〉から〈マジンガーZ〉へ ――戦後ロボットアニメは何を描いてきたか―― ●戦後日本で奇形的な進化を遂げた「乗り物としてのロボット」 ●男の子が「ミリタリー」に見た夢︱『鉄人28号』 ●「乗り物としてのロボット」と成長願望︱『マジンガーZ』 ●おもちゃとロボットアニメの蜜月関係 【第七回】 富野由悠季とリアルロボットアニメの時代 ●ロボットアニメにリアリズムを持ち込んだ『無敵超人ザンボット3』 ●『機動戦士ガンダム』はロボットの意味を変えた ●「三角関係のBGM」としての最終戦争︱『超時空要塞マクロス』 ●ガンダム以降のロボットアニメ︱『装甲騎兵ボトムズ』『聖戦士ダンバイン』 【第八回】 宇宙世紀と「大人になれないニュータイプ」 ●「キレる若者」カミーユが迎えた衝撃の結末︱『機動戦士Zガンダム』 ●成長物語を露悪的に否定した『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』 【第九回】 戦後ロボットアニメの「終わり」のはじまり ●ロボットの意味が脱臭された『機動警察パトレイバー』 ●戦後ロボットアニメの総決算『新世紀エヴァンゲリオン』 ●九〇年代半ばに臨界点を迎えたロボットアニメ 【第十回】 碇シンジとヒイロ・ユイの一九九五年 ●ロボットアニメを書き換えた一九九五年の『新機動戦記ガンダムW』 ●『聖闘士星矢』から『鎧伝サムライトルーパー』、そして『ガンダムW』へ 【第十一回】 「世界の終わり」はいかに消費されたか ――〈宇宙戦艦ヤマト〉とオカルト・ブーム―― ●冷戦下のリアリティと『宇宙戦艦ヤマト』が描いたもの ●「SFであることの意味」を脱臭した松本零士アニメと第一次アニメブーム ●SFに代わって浮上した「オカルト」というモチーフ 【第十二回】 教室に「転生戦士」たちがいた頃 ――「オカルト」ブームとオタク的想像力―― ●つのだじろうとサブカルチャーとしての「心霊」 ●八〇年代オカルトブーム絶頂期と『ぼくの地球を守って』 ●「核戦争後の未来」をモチーフにした『風の谷のナウシカ』『北斗の拳』 ●超能力描写と終末感を合流させた『AKIRA』 【第十三回】 ラブコメと架空年代記のはざまで ――『完全自殺マニュアル』と地下鉄サリン事件―― ●八〇年代ラブコメの空気と『きまぐれオレンジ☆ロード』 ●八〇年代末の宮﨑勤事件と過去最大のオタクバッシング ●『完全自殺マニュアル』『終わりなき日常を生きろ』に見る八〇年代の時代精神 ●様々な世界宗教やサブカルチャーのガジェットをミックスしたオウム真理教 ●オウム真理教の暴走と「世界ではなく自分を変える」思想の敗北 ●地下鉄サリン事件、『新世紀エヴァンゲリオン』、Windowsの一九九五年 【第十四回】 ナデシコとウテナ︱第三次アニメブームの風景 ●『機動戦艦ナデシコ』と『少女革命ウテナ』︱第三次アニメブームの双璧 ●アニメで近代文学的な内面を描こうとした『少女革命ウテナ』 【第十五回】 「セカイ系」と『機動戦士Vガンダム』の呪縛 ――戦後アニメーションの描いた男性性―― ●「結末でアスカにフラれないエヴァ」としてのセカイ系作品群 ●戦後アニメの自己破壊としての『機動戦士Vガンダム』 【第十六回】 セカイ系から日常系へ ――〈涼宮ハルヒ〉とオタク的想像力の変質―― ●涼宮ハルヒの本音 ●プレ『涼宮ハルヒ』としての『リンダ リンダ リンダ』 ●新しいタイプのオタクの自画像としての『らき☆すた』 ●理想化された日常を描いた『けいおん! 』 【第十七回】 震災後の想像力とアニメの未来 ●オタクのカジュアル化と『電車男』のヒット ●『マクロス』の光景を現実化させてしまった東日本大震災 ●〈現実=アイドル〉が〈虚構=アニメ〉を追い越した ●「世界の終わり」が終わった後にアニメーションは何を描くべきか 【第十八回】 日本的〈アイドル〉の成立と歌番組の時代 ●「アイドル」は日本にしかいない? ●七〇年代草創期のアイドルたち︱キャンディーズ、ピンク・レディー、山口百恵 ●八〇年代アイドルブーム全盛期︱松田聖子、中森明菜、小泉今日子 【第十九回】 角川三人娘とおニャン子クラブ ●斉藤由貴、南野陽子、浅香唯を世に送った『スケバン刑事』 ●「テレビアイドル」へのカウンターだった角川映画と薬師丸ひろ子、原田知世 ●おニャン子クラブの衝撃とアイドルブームの終焉 ●九〇年代、拡散していくアイドルシーン 【第二十回】 〈メディアアイドル〉から〈ライブアイドル〉へ ――情報環境の変化とAKB48のブレイク―― ●歌謡曲的なアプローチを復活させたモーニング娘。 ●Perfumeは地方アイドルだった ●AKB48はなぜブレイクできたのか 【第二十一回】 AKB48は〈戦後日本〉を乗り越えられたか ●ブレイク期のAKBを象徴する「大声ダイヤモンド」「RIVER」 ●ドームコンサートと前田敦子の卒業で迎えた最初のクライマックス ●下克上のAKBを体現した指原莉乃と「恋するフォーチュンクッキー」 ●〈ライブアイドル〉から〈メディアアイドル〉へ回帰していくAKB ●ブレイク後のAKBに立ちはだかる「戦後日本の芸能界」という壁 ●AKBによって活性化した一〇年代アイドルシーン ●欅坂46「サイレントマジョリティー」に込められた大衆批判の意図 【最終回】 文化のノスタルジー化と三次元化する想像力 ●〈情報〉から〈体験〉〈コミュニケーション〉へ ●三国志で考える現代J‒POPの勢力図 ●ノスタルジー化する音楽・映像産業 ●コンピュータによって「世界を変える」ことが再び可能になった ●「実際に変形できるもの」を作るデザイナーたち ●「虚構」の二つの役割 ●日本のマンガ・アニメに脈々と受け継がれていたフューチャリズム おわりに 内容(「BOOK」データベースより) 本書は、二〇一六年四月から七月に京都精華大学で開講された講義「サブカルチャー論」を再構成したものです。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 宇野/常寛 1978年生まれ。評論家。批評誌「PLANETS」編集長。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、立教大学兼任講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る
ファイル名 : 若い読者のためのサブカルチャー論講義録.pdf
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僕は宇野さんからすると正直リアルな世界に重心を置くつまらない人間の一人として短い感想を記したい。この本を読むことで得たリアルな価値は、今まで上の世代との間に感じていた”虚構”への期待値の違いの正体を、圧倒的な効率の良さで掴む糸口になったことだ。彼らの青春と成熟、そして期待と失望の過程が想像力の無い人間にも伝わる飽きさせない解説付きハイライト。ただしこの本は過去に対する理解の手立てにはなるが、未来への答えはない。それは読者が、技術環境の進化を予測しながら、そして、時にはこれから生まれるサブカルチャーの手を借りながら、自分で考えていくべきことなのかもしれない。この本はその思考の足場になる本である。