(3)「サステナビリティとは生き方。愛や敬意を生きる道」。東 千恵子さん
スリランカ政府の災害支援チームでの通訳を経て、いよいよ東 千恵子さんのこれまでの集大成が花開く。そして出逢った「WaLaの哲学」から得たものとは。全3回
PROFILE東 千恵子さん。ジェームスクック大学大学院理学部修士、ブレーキング工科大学大学院サステナビリティ戦略とリーダーシップ修士、アクションラーニング協会認定コーチ。メキシコの環境ソーシャルビジネス「シエラ・ゴルダ環境グループ」の環境教育オフィサー、「地球を巡る学びの船旅をつくる、ピースボート」企画部国際コーディネータ等を経て、一般社団法人Happier Businessを設立。世界的環境活動家で著名な生物学者デビッド・スズキ氏、「ティール組織」著者のフレデリック・ラルー氏、オーストラリア緑の党党首ボブ・ブラウン氏の通訳をはじめ、国際環境会議での同時通訳など、通訳としても活躍している。
自ら選んだ場所で「やり続ける」。そこで開く次なる扉
東日本大震災を支援するために来日したスリランカ政府の災害支援チームとは、放射能汚染対策の専門家や医療の専門家などで構成され、また、被災した人の心のケアのための音楽家も含まれた専門家混成チームであった。ここで通訳を担当しながら、6週間余りの日々を東 千恵子さんはテント生活を送りながら、被災地支援に従事していた。そこで目の当たりにした光景は、人と環境への甚大な被害の爪痕であり千恵子さんに大きなショックを与えたのだった。
その後ごく自然な成り行きとしてピースボートの専従スタッフとなった千恵子さんは、再び海上の人となる。「ここで自分のできることをやっていこう」と思ったのだ。船では、これまでの経験やネットワークをフルに活かして、海外から専門家を呼んで講演やワークショップなどの企画運営をする傍らで、自分自身が主体となったサステナビリティや環境問題についての講演やワークショップを開催。ひたすらこうした活動を4年間、海上で2015年までやり続けた。振り返るといつも千恵子さんは、自ら選んだ場所で「やり続ける」。するとやり切ったときにおのずと次の扉が目の前に現れてきた。
ピースボートで望まれる国際交流への貢献と、千恵子さんが志向していたサステナビリティを個人や組織、コミュニティにも実装していくための支援との間に乖離を感じ始めたとき、「やれることはやりつくした」と思えた。そして新たな扉が開かれ、一般社団法人Happier Businessを設立する。いよいよこれまで千恵子さんが蓄積してきたすべてが、人へ社会へ開放されゆく時が至った。しかし「そのタイミングで母が倒れ、介護が始まった」。
母娘の二人暮らしで介護と仕事を必死になって両立しようと、千恵子さんは奮闘した。目まぐるしく動きながらも「当時はいろんなことを考えた」。一番大きな学びとして得たのは「一人の個人も、自己組織化するシステムなのだということ」。何度か登場するこの「自己組織化」について、もう少し説明をお願いしてみた。
個人も組織も地球も、命とはすべて自己組織化する
「私たちが一般的にこういうものとして信じている世界とは、物を分断化して個別のブロックにして、それを操作コントロールできるとする世界観。でも、私たち人間も、生まれてくる赤ちゃんを見ても、人為的につくられていない。体も私たちが意図してつくったものではなく、自然発生的に顕れてくるもの。それは地球とか物理学とか化学などのいろいろな相互作用で生まれてくるわけだが、自然発生するもの」。この一連のイメージを自己組織化と呼ぶのだという。
自己組織化するシステムというものは、放っておけば本来はサステナブルであるものだ。ところが病気になるということは、自己組織化を邪魔するいろいろのものが介入する結果なのではないか、というスウェーデンで学んだ概念が腑に落ちた。人が本来幸せに健やかに人生をまっとうするには、必然的にサステナブルでなければ立ちゆかなくなる。「組織においても、地球においてもそうだ。これはすべて同じ感覚であり、命とは自己組織化するのだ」と千恵子さんは考えている。
千恵子さんにとってサステナビリティとは?
「私にとってそれは生き方。茶道、華道のような“道”に近い。何道かと言えば、自分自身にも他人にも、人間でない命に対する愛や敬意を生きること。そしていかに生きていくか」。けれど、ことサステナビリティと言うとき、自分との間に乖離を感じてしまうのだけど、と聞くとこう続けた。「地球にも人も、人でないものも動植物とか、もっというと岩石圏、地球には地殻マントルがある。岩石圏とは石やミネラルなどの鉱物がある層。そのうえに生物があって、土とか生き物が生きるレイヤーがあり、さらに大気があって宇宙空間がある。いわゆる生き物でない部分も含めて全部が混然一体となってひとつの命をつくりあげているということ」、この自己組織化のなかに自分をも当事者として生きている感覚を持てるかどうか。過去にはこうした視点に立ったとき、汚染や不健全なものを責め、悲しくなることがあったという。
けれどその悩みの果てに「生きる限りそうしたことに加担してしまう人間を責めるのではなく、それらも含めて自分とう命を大切にしたうえで、より健全なものにしていくか?という態度の方がサステナビリティだ」とわかったのだった。
世界中で学び、「WaLaの哲学」で得られたものは
思考し行動することで、現れた扉を開きつづけて今日の東 千恵子という人が存在する。これからのビジョンを聞いてみた。「美しい世界。美しく命がかがやく世界のために、本当の意味でのサステナビリティ、深いレベルでのサステナビリティと、科学の法則に支配されて動く地球という物理的現実を生きながら、自然の原則に基づいた “サステナビリティとはなんぞや” ということを理解共有したうえで、サステナビリティの実装を望む組織やコミュニティに対し、実現していく戦略を立てるための戦略部分を共有していきたい。同時に対話型のプロセスを使って人のなかにサステナビリティが浸透していく支援をしていく。一方でサステナビリティに大切なのは、人間の精神性と人間性の成長。コーチングや対話型プロセスを通じて、そうした支援にも力を入れていくつもりだ」と語った。世界中の学びの場に立った千恵子さんが、「WaLaの哲学」で得たもの。
「これまで得てきたそれらの感覚に、さらなる理論的な肉付けができた」。科学的側面やシステム思考の観点からの肉付けはできていても、哲学や東洋思想といった、また別の側面での理論的な肉付けができたこと。これからの時代に人の精神性や人間性の成長、個人のエンパワーメントが大切だと改めて実感できたことも大きい。そして、「“WaLaの哲学”に参加している人たちの存在は、自分にとってドライブになった」。そこには、「心のなかに何かしらのひらめき、または葛藤なりを見出し、そこに目を向けて行動を起こし参加している人たちだから」と語る、千恵子さんという自己組織化したひとつのシステムに、私たちが教えてもらえることはたくさんあるはずだ。
取材をしながら、日ごろ抱えていたサステナビリティやSDGsへ対峙する姿勢や概念における個人的な疑問をぶつけると、一つひとつ誠実に答えてくださった千恵子さん。その言葉や姿には、実践者として “道” を生きる人のゆるぎない美しさが感じられました。