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小竹裕一の〈世界・旅のアラベスク〉その2

2016.12.08 02:24

さて師走がやってまいりましたが新しいクオーターが始まって、APU生のみなさんも忙しいのではないでしょうか?筆者は恋人たちのクリスマスから目を背けるのに必死です。笑


さて本日は、前回かなりの反響をいただいたこちらの方の連載、その2です!!心待ちにしていた学生も多いのでは・・・?

そう!我らがAPUの先生であり、Beppaperでは旅行作家の小竹裕一先生です!

今回からは、ご自身のポーランドでの旅行記を書いてくださいます。

第2弾は『ポーランドに「床屋」はあるのか?! 〜世界の理髪店あれこれ〜』です!!!!


ポーランドに「床屋」はあるのか?!

〜世界の理髪店あれこれ〜


 外国に出たら、その土地の床屋や美容院へいってみるとおもしろい、とはよくいわれることである。

 わたしもこの“格言”に少なからず共感しているので、海外旅行を計画しているときは、意識的に散髪をガマンして、「来るべきとき」に備えるのを常としている。

 異国の理髪店。ちょっと想像をめぐらすだけでも、期待と不安で心がワクワク、ドキドキするではないか。


 さて、わたしは大学の学生たちに、「旅に出たら、虫になれ!」といつも口をすっぱくしていっている。

 海外でも国内でも、目的地のホテルや旅館について荷をほどき、お茶でものんでひと休みしたあと、わたしは虫になる。そう、まず投宿したホテルを中心に半径1キロほどの地域を、あてどなく歩きまわるのだ。

 そうやってごくありふれた道みちをブラついていると、その街の雰囲気が少しずつわかってくる。思わぬ出会いがあるかもしれない。

 あれはもう4、5年前のことになるだろうか。中国の上海を訪れたおりに、いつもの如く到着した日の昼下がり、自分のホテルのまわりを逍遥していたときのことだった。


 日本とは逆の右側通行の大通り。その歩道から横丁を右へはいってしばらくいくと、高い金網のフェンスのむこうに」、いかにも古びた3階建ての石造アパートが十棟以上ならんで建っていた。

 フェンスの一部を切ってつくった裏門から中にはいり、アパートの建物をあらためて眺めてみたら、古びているとはいえ、その造りとデザインがとてもモダンですばらしいことがわかった。

 広い敷地の正門わきに立っていた「由来」の碑によれば、ここの住宅は20世紀初めに建造され、上海の歴史的なすぐれた遺産として登録されているという。

 〈ナルホド、ナルホド……〉とひとりごちながら、さらに進むと、ある号棟の1階角の家のドアに「理髪」と書いてある古ぼけた札がかかっていた。

 〈素人のおじいさんが近所の子どもたちの髪をかっているのかナ……〉と思いながら、そのドアをギーッとあけてみた。

 すると、うす暗い部屋の奥から、ヌーっと血だらけのお化けが……、いやそうではなく大柄の中国人のおじさんが何かブツブツいいながら出てきた。


 わたしが「ジエン、トーファ、マ?(頭をかってもらえるんですか)」と中国語(北京語、マンダリン)でいうと、太い声で「ハオ、ハオ(いいですヨ)」という答えが返ってきた。

 彼がおもむろにあかりをつけると、部屋の中の様子が目にとびこんだ。ひとつしかない理髪台はかなりの年代もので、日本製の「タカラ」だった。

 大カガミのまわりには、ふつうの床屋に負けないぐらい、各種の道具が雑然と置かれている。ハサミ、クシ、バリカン……、いずれもたいへん古い。だいじょうぶカナ……。

 しかし、ここでひるんで帰ってはオトコがすたる。わたしは覚悟というか、度胸をきめて、人のよさそうなこのおじさんに頭をゆだねることにした。


 異国の床屋で理髪台にすわって、誰でもまちがいなく困るのは言葉の問題だろう。とにかく、どうかるかの指示をどう出すか、これが問題だ。ジェスチャーや手ぶりでやっても、おのずと限界がある。

 「イギリスのバーバーで、散髪についてのこまかい指示が英語でできたら、もう一人前」といわれるが、ほんとうにそうだと思う。

 わたしは手ぶりをまじえながら、なんとか中国語で「耳を出して、前の毛をすこし切ってください。うしろの髪については、あなたにまかせます」といったが、わたしの意図がどれだけ通じたか、まったく自信がなかった。

 50年配のおじさん(ほんもののプロかどうかはわからない!)は、中国語で日本のことをあれこれききながら調髪するのだが、こちらはちゃんとかってくれてるか気がきでないため、まともに会話ができる状態ではない。

 20分ぐらいハサミをチョキチョキつかって、おじさんは「ハオ・ラ!(できたよ)」と大きな声でいった。まるい手かがみをわたしの頭のうしろにかざして、うしろ髪の仕上がりを見せてくれる。

 全体として思ったよりもできばえがよく、わたしはホッと安どの胸をなでおろした。調髪台からゆっくり立ちあがり、いちど伸びをしてから、「トオ、シャオ、チエン?(いくらですか)」ときいた。

 おじさんは散髪用の布をたたみながら、ごく当たり前のように「パー・クワイ!」といった。

 「エッ、パー・クワイ?」と復唱しつつ、頭の中で計算する。〈1元が15円だから、15かける80で1200円か……〉と一瞬思ったが、よく考えると「パー・クワイ」は80元ではなく8元だった。そうすると、散髪代は日本円でたったの「120円!」だったのだ。

 おどろいた顔をしたわたしに、中国人のおじさんは相好をくずし、「ツァイ・チェン(再見)!」といって、自分の「店」のドアをあけてくれた。−−−−−−

 心の底からわき上がる静かな感動。そう、これだから海外旅行はやめられないのだ。


(次回につづく)


旅行作家 小竹裕一


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