多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説44
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
最勝號爲佛 名顯若雪山
譬華淨無疑 得喜如近香
方身觀無厭 光若露耀明
唯佛智髙妙 明盛無瑕塵
願奉淸信戒 自歸於三尊
〇圓位宛て、淸雅文書1(序)
(阿輸迦王から并餼に。メール、2019年9月02日)
敬すべき圓位師。
阿憂迦王の歸り來たりのかたちから并餼の歸り來たりのかたちに挨拶します。
如何?お健やかでいられるか?
あなたの久村氏からあなたが紹介されるよう乞われた次第。
東の最初の須冥呂岐殺しの轉生について。
如何となればあなたは私に助けを乞うだろう。仕方なければ事の成るまま事のまにまに、である。
ご健勝を。
すでに憂ヒ無き者
(并餼から阿輸迦王に。メール、2019年9月02日)
香香美淸雅樣、で、よろしいでしょうか?
綺麗なお名前ですね。
先ほど久村教授に連絡させていただき、香香美樣のお噂を拝聴した次第でございます。
非常に知的な方でいらっしゃるとか。
久村教授から件の眉村眞夜羽について相談があったとのことですが、いまのところ眉村家は平穏無事。
なにごともなく治まっているようでございます。
尤も、我々にとって希少なケースですから、繊細な注意が必要と思います。
ぬかりはありません。狹い島ですから、なんでも話は入ってくるのです。
なにかありましたら、久村教授の方から連絡が入ると思います。
ひとまずはご安心なさっていてください。
神の愛で給う鄙の神さびの島から、遠く、ご活躍をお祈りしております。
沙門圓位
(阿輸迦王から并餼に。メール、2019年9月02日)
法師。
実はあなたとは夢の中ですでに長く語らいました。
あなた自身についても。
時はもうすぐ来るのです。
あなたはそれほど待ち焦がれなくてよいのでしょう。
すでに憂い無き者
(阿輸迦王から并餼に。メール、2019年9月02日)
まずあなたが注意すべきは今月の15日ばかりのニュース(あなたが目がお弱くて映像しか見れないならテレビの、あなたがさらに目がお弱くて耳にしか聞けないなら懐かしのラジオの、もしくはあなたがさらにさらにお眼がお弱くてらして活字しか讀めないなら新聞を、またはあなたがさらにさらにかさねてさらにお眼がお弱くていられてフォントしか読めないならインターネットの)。
大事件じゃない。なにもトランプ氏がホワイトハウスで首吊った下でバッファロービルが鼬を追い掛け回すとか、そんな混乱ではありません。
彗星も落ちてこない。
海も干上がらない。
けれども、人々は素敵な風景を見たのではないですか?
その時に。
すでに憂い無き者
(阿輸迦王から并餼に。メール、2019年9月02日)
師よ。
夭夭たる菴摩羅女のふたたび來たるかたちたる方。
長く尾を引いて落ちた光よ。
夢を見た。
蓮の花を喰らう虫がいる。
放っておけ。
彼のその、命の尊厳をいつくしむ爲に(すでに、彼は唇だに朽ちていた)
追記。ふと気づきました。
佛像になった瞿曇王の頭にのせたあれ。
あれ、無憂樹の花じゃない?
思うに、あれは花冠りなのです。
故、あれはあざやかな、白をはかなくもかんじさせてもはや紫薰る眞紅として、總てことごくに塗りなおされねばならない…
すでに憂ふ叓無き者
(并餼から阿輸迦王に。メール、2019年9月03日)
失礼ですが…忌憚なく。
最初、なんとも変わり者から連絡がきたものだと、そう考えていた次第。
尤も、いまでもそれはそうなのですがね。
世を捨てた住職と謂うのは実はだれより世の中を憂い見ているので…つまりもっとも世俗に著した者ならんや、という逆説の成り立つ故にか?あなたに非常に興味を持ち始めたのです。
まさに失礼な言い方。動物標本じゃないと憤慨されるでしょう。
とまれ、姿を見せあいお会いして居なければ自然標本同士の探りとなる始末。
今に至る迄ドストエフスキー氏とスタヴローキン氏が同じ活字標本として等価に扱われるに似て。
同じ活字ならシェイクスピア氏もハムレット王子も同じ事。
久村教授曰く(助教授、らしいですね。もったいない限り)近日帰国されるとか。
勿論、かの嚴島眉輪王の居城にもお詣ででしょう。
その日お会いできることを期待しつつ、それまでの無聊の慰めに、あなたの事のなにかでも語ってくれますまいか?
活字標本(失礼、正しくはフォント標本)に、同じ標本の一例として。
では。
生臭坊主犬の糞
〇圓位あて淸雅文書1
(阿輸迦王から并餼に。メール、2019年9月03日)
Mit Andacht
Von Herzen-Möge es wieder-Zu Herzen gehn!
心から心に
師にしてその花の翳りに伸びた同じ莖に軈て成る實たるあなたへ。
告白は繊細にそれ自体ひとつのフィクションとしてなされなければならない。思うに命は永遠にうつろい留まらず迸りつづける大河そのものに他ならないから。
今私が語るのがその總てだとは、師にして同じき弟子なる人よ、思わないでくださいとかえすがえすがえすも願いつつ引くのはこの哥
梅花零覆雪乎褁持君令見跡取者消管
宇米能波那
布利於保布由伎乎
都都美毛智
伎美邇美世牟登
登禮婆祁邇都都
父の記憶はありません。何故なら彼は慥かに存在しながら私には顯れようがなかったから。
70年代の半ば、思えばオンド・マルトノも新進機材だった頃(すくなともメシアン愛好家にとってはね)。
代々木の八幡の丘の影さす家屋の二階でインド人だがパキスタン人だかチベット人だかの物取りらに、忍び込んだついでに強姦された少女がいました。
知りませんよ。本当の所は。その少女、即ちわたしの母ですが、彼女は言っていたものです。そのひとり息子に、——夢の中に、金色のいい匂いのするお坊さんが現れて、そして口の中に入ってきたのだ、と。
春正月朔甲子、夜妃夢、有金色僧、容儀太艷、對妃而立、謂之曰
「吾有救世之願、願暫宿后腹」
天竺からのお坊さんだよ、とね。
ですから、わたしはさっき言った人種を仮に上げたのです。一切、差別的な言いがかりではありません。寧ろわたしが日本人をこそ下等まれにみる劣惡と斷じているのは久村も証言する事実です。
わたしの幼児期の記憶は母の歌聲と共にあります。
見張り塔の上から声がする。Wachet Auf, Ruft Uns Die Stimme、いま花婿來たると聲がする。僕らを呼ばう聲がする…と。
Zion hört die Wächter singen,
Das Herz tut ihr vor Freuden springen,
Sie wachet und steht eilend auf.
Ihr Freund kommt vom Himmel prächtig,
Von Gnaden stark, von Wahrheit mächtig,
Ihr Licht wird hell, ihr Stern geht auf.
Nun komm, du werte Kron,
Herr Jesu, Gottes Sohn!
Hosianna!
Wir folgen all
Zum Freudensaal
Und halten mit das Abendmahl.
見張り塔から聲がして
シオンの心もおどりたち
立ちいそぎゆく
髙みより、髙みより来たる
まことと愛の、まごころの君
み光あかるみ來たれイエス
神の御子
ホザンナ我等も
俱にはべらん
それ、幸なる宴、その婚禮に
母の謠い給ひし日本語歌詞は忘れたけれども、…あれ。親愛なるヨハン・セバスチャン、小川の反映の光のまばたき。
母が私を生んだのは十六歳の時。
だから、母曰く天竺の金色の誰かさんが愛の挨拶をしたのは十五歳の時かな?母はその両親の反対を無視して私を生んだのでした。つまり、やさしく母の行く末を案じた(一面に於て、すくなくとも、そういうことでしょう?厄介拂いの側面もありますがね。ただ、わたしには彼等の心がわかります。その懊悩、葛藤、嫌悪、その他、母への同情、哀れみも。故、糾弾する気はないのです)親族たちは結果としてわたしを殺し損ねたわけです。
事の経緯は私もよく知らない。
結果、物心がついたときは私は母と彼の最初の恋人と千葉に居た。
どこかは知らない…記憶にない。たぶん、霞が浦の周囲じゃない?
大きな霞む靑空のいや白む下に、静かな水が大量にあふれそうにも湛えられている。綺羅らぐ反映のひかりがちかちか、いっぱいに散って、だから海に行く、海に行く、とそういったら母は笑う、——あれ、海じゃないよ、とね。
海みたいだけどもね
軈ては海につながるけどね
あれ、海じゃないよ
とね。
八歳くらい?
引っ越した。なぜなら、母の男が変わったから。彼、東京の人で。母と僕に六本木のど真ん中の、旧防衛庁(今、三井が再開発したところ、…ね。尤も、あなたが単に瀬戸内周辺の坊主だったらご存じない。しかし宮島があなたにとって流浪の果て辿り着いた他人の島だったら?…或いは、お詳しいかもしれない。櫻。綺麗だったでしょう?あそこ。花見は忍び込んだビルの屋上でするものです)近くのマンションを与えて。
其処に住んだ。
多分、彼の投資用の資産だったんじゃないですか?賃貸用の分譲ワンルーム。事務所向きの物件。ただっぴろくて、頻りも無くて、バス・トイレ同じ。