職員による入居者虐待は「サ高住」の老人介護施設化を象徴している?
2020年9月、兵庫県明石市のサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)で、職員による入居者への虐待事件が発生しました。神戸新聞の続報によると、職員は80代の男性に一晩で40回以上、殴る蹴るなどの暴行を繰り返したことや、70代の男性入居者にも暴行を加えていたことが明らかになっています。この事件は、サ高住が「老人介護施設」のようになってきていることを象徴する出来事だと感じます。
そもそも、サ高住は、自立生活を営んでいる高齢者が高齢期の身体状況などに合った住宅に早めに住み替えることによって、健康で安心して暮らせるようにすることを目的とした住まいで、介護が必要になった人たちのための「施設」とは基本的に異なります。
超高齢化時代を迎え、健康寿命を延ばすことが重要課題となる中、高齢者にとって、現役時代から住んでいる家や周辺環境は家庭内での転倒など事故の危険性が高くなったり、体調の急変や急病への対応が難しかったり、困ったときに相談する相手がいなかったりして、高齢期にふさわしい環境とはいえません。
そこで、住宅の構造・設備面や見守り・生活相談などのサービスが整った賃貸住宅に住み替えてもらい、安心して老後を過ごしてもらおうというのがサ高住の狙いです。だからこそ、建築主に対して1住戸当たり最大180万円にもなる工事費が補助され、税制面の優遇措置もあります。国からしてみれば、健康寿命が延びるなら(要介護者の増加を抑制できるなら)、それくらいの税金をかける価値があるということです。
ところが、そのような目的を持つサ高住がだんだんと、介護施設のようになってきています。冒頭の70代・80代の男性が職員に暴行を受けた事件は、自立生活を営む高齢者が多く入居する集合住宅ではまず考えられません。そんなひどい暴行には抵抗するでしょうし、もし抵抗できなくても他の入居者に状況が伝わるはずですし、他の入居者の目があれば、職員もそんな行動はできないでしょう。
サ高住といえども、実態はほとんどの入居者が要介護状態となり、入居者同士の会話や交流もなくなって、自室にこもって介護サービスを受けているような人が多い施設だったからこそ起きたのだろうと思います。
「施設化」の大きな要因は、サ高住の多くが介護事業者による経営だからだろうと筆者は考えています。介護事業者は当然ながら介護が得意ですし、得意な介護によって収入を得たいでしょう。ところが、入居者が元気であり続けると、サ高住は単なる賃貸マンションに過ぎず、介護をする機会がありません。収入も賃料収入だけとなります。
入居者から賃料以外の収入を得るには、自立した人より、要介護状態の人が入ってくる方がいいし、元気な人も要介護になってもらう方がいい――。意識的に入居者の衰えを進めているような業者がいるとは全く思いませんが、少なくとも、交流や運動の機会を積極的に提供するといった「入居者に元気であり続けてもらう」方向のインセンティブは働きにくいはずです(もちろん、全てのサ高住がそうだとは言いません。入居者を元気にする取り組みを熱心に行っているサ高住もあります)
高齢者が健康寿命を延ばし、介護を必要とせずに安心して暮らせる家を増やすという方向には大賛成ですし、補助金や税制面における優遇措置も優れた高齢者住宅を広げていくためには必要な政策でしょう。しかしながら、現状を見ると、それがサ高住であるとは到底思えません。健康寿命が延びる環境をつくるのではなく、税金を使って、衰えを加速させる「施設」を増やしているようにしか見えないからです。
このような状態が続いていけば、サ高住が介護施設と混同されて市民から見放され、入居者も集まらなくなるのではないでしょうか。もしそうなれば、税金を入れて造られたサ高住の運営者の倒産も増え、結果的に、最も困るのは入居者ということになってしまいます。
「高齢期にふさわしい住まい」とは何か、そして、それをどのように広げていくか。サ高住の施設化をきっかけに、改めて考える時期が来ていると思います。