国籍の剥奪規定がない日本
除名、解雇、懲戒免職などのように、どのような組織・団体であろうが、その規律や内部秩序を乱した者に対する制裁として、その構成員たる資格を剥奪することが認められている。
では、国家の場合には、国籍の剥奪が認められているのだろうか。
如何なる要件の下で国籍を取得し、又は国籍を喪失するかは、各国が裁量により決定すべきであるというのが、確立された国際法だ。
我が国も、日本国憲法第10条の「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」という規定を受けて、国籍法(昭和二十五年法律第百四十七号)が制定されている。
しかし、この国籍法には、テロリスト等の国籍を剥奪する規定がない。
ここに国籍の剥奪とは、国家が一定の理由に基づいて一方的に自国民の国籍を奪うことをいう。従来、国際法は、国家の国籍を剥奪する権能を否定していないものと解されている。
例えば、第一次世界大戦が始まると、敵国ドイツからイギリスに帰化した人(イギリスの公務員になることができる。)について、英国国籍を与えられるということは、一定の義務を果たさねばならないということを意味し、その義務を怠った場合には契約違反となり、国籍は取り消されてしかるべきだという理屈によって、交戦状態にある国家との非合法な交易や敵との交信など、一定の場合に、国籍を剥奪できるとされていた。
ただ、二重国籍者を除き、国籍を剥奪されると無国籍者になって、国家による保護が受けられなくなるので、人権保障の観点から、世界人権宣言(1948年12月10日に第3回国連総会採択)第15条第2項は、「何人も、ほしいままにその国籍を奪われ、又はその国籍を変更する権利を否認されることはない。」という形で一定の歯止めをかけている。
換言すれば、「ほしいままに」すなわち好き勝手に国籍を剥奪することが許されないだけで、しかるべき理由に基づき一定の場合に国籍を剥奪することは許されているのだ。
人権教の魔の経典である世界人権宣言ですら一定の場合に国籍の剥奪を認めていることに留意すべきだ。
なお、国籍の剥奪に関して二つの重要な条約がある。無国籍者の地位に関する条約(1954年)と無国籍の削減に関する条約(1961年)だ。我が国は、いずれの条約にも加入していない。
1961年条約第8条第1項は、原則として国籍の剥奪を禁止しているが、同条第2項・第3項には例外事由が列挙されている。参考までに1961年条約の条文を載せておく。条約締結国であるイギリスは、この例外事由に基づいて国籍剥奪の国内法を整備している。
特に9.11同時多発テロ以降、イギリス、アメリカ、オーストラリア、カナダ、オランダ、フランスなど、日本以外の諸外国においては、テロリストなどに対する国籍の剥奪が広く認められている。
「日本の常識は、世界の非常識だ」と言われるが、テロリスト等の国籍の剥奪を認めない日本が世界的に見て如何に非常識な国であるかは、残念ながら国内ではほとんど知られていない。
近代立憲主義国家は、憲法が示す理念に共鳴した国民によって構成されており、その理念に共鳴できない国民のために、憲法上、国籍離脱の自由が保障されている。
日本国憲法第22条第2項も、「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」として、国籍離脱の自由を保障している。
「日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者」は、日本国憲法の理念に単に共鳴しないにとどまらず、暴力によってこれを破壊せんとするテロリストであって、かかる叛逆者に対して国家・憲法の保護を与えることは矛盾だから、国籍を剥奪して国外追放に処すべきなのだ。
ところが、このような議論は、全くなされていないと言っても過言ではない。国会の会議録を調べてみたら、「第84回国会 衆議院 法務委員会 第14号 昭和53年4月7日」に唯一議論されていた。参考までに、下記に載せておく。
法務大臣瀬戸山三男氏の答弁は、殺人・窃盗などの単なる犯罪と憲法を破壊する行為とを区別できていないし、また、諸外国が国籍剥奪規定を設けていることの認識不足を露呈している。
下記の記事によると、大量の偽装日本人は、「日本に不法滞在する外国人でありながら、日本の主権者であると偽って、日本の選挙にも不正投票している。そのほかスパイ活動も容易である。もちろん、これらは旅券法違反・入管法違反などの重罪である。しかし、ほとんどまったく摘発されていない」そうだ。
遅きに失した感があるが、テロリスト等の国籍の剥奪について、そろそろ真剣に議論すべき時期が来ているのではないか。
cf.1 無国籍の削減に関する条約 ※UNHCR駐日事務所編集
作成 1961年8月30日、ニューヨークにおいて
効力発生 1975年12月13日(本条約第18条に依る)
第8条
1 締約国は、国籍の剥奪が一個人を無国籍にする場合は、その者から国籍を奪ってはならない。
2 本条1の規定にもかかわらず、一個人は、以下の場合において、締約国の国籍を剥奪されることがある。
(a) 第7条4及び5の規定に従って、ある者が国籍を失うことが許容される条件のもとにおいて。
(b) 国籍の取得が虚偽の表示、又は詐欺によって取得された場合。
3 本条1の規定にもかかわらず、締約国は署名、批准又は加入の時に、その時点での国内法に存在する理由であって次のような理由の1又は2以上に関する権利の保持を明確にする場合、その締約国は、その者の国籍を奪う権利を保持することができる。
(a) その者が、締約国に対する忠誠義務に相反して、
(i) 締約国の明示の禁止を無視して、他の国の兵役に就き、又はその兵役に就き続けたか、あるいは他の国から給与を受領し、又は継続して受領したこと。又は、
(ii) 国家の重大な国益を深刻に害するような行為を行ったこと。
(b) 当該個人が、他の国に対する忠誠について宣誓を行ったか、もしくは正式な宣言をしたか、又は締約国に対する忠誠を拒否するという当人の決意の明白な証拠を与えたこと。
4 締約国は、当該個人に対して裁判所又は他の独立した機関による公正な審問をうける権利を与える法律に基づくのでない限り、本条の2又は3によって許容される剥奪の権限を行使することはできない。
cf.2 第84回国会 衆議院 法務委員会 第14号 昭和53年4月7日
衆議院議員 飯田忠雄氏(公明党、元海上保安大学校教授、神戸学院大学教授)
法務大臣 瀬戸山三男氏(自民党、衆議院議員)
法務省刑事局長 伊藤榮樹氏
外務省国際連合局政治課長 渡辺允氏
「123 飯田忠雄
○飯田委員 それでは、この問題はこのくらいにしまして、次に別の問題に入ります。
人を逮捕監禁をいたしました者がこれを人質にする行為は、基本的人権の保障をその本旨とする日本国憲法を直接的に否定するものでございます。したがって、憲法及び国民に対する敵対行為であると言わねばならぬと思います。人権に関する世界宣言というのがございますが、これを侵犯するものでもある。こういう点からいたしますというと、人類の敵であると言うても過言ではないと思われるわけであります。こうした憲法及び国民の敵であり、人類の敵である犯罪者に対しましては、国法による保護を与える必要はないのではないかと考えられるわけです。国籍を剥奪し、国外追放の刑に処するのが至当ではないか、こういう考え方も出てまいるわけでございます。
といいますのは、海賊の罪というのがございますが、これは国際慣習法上この人類の敵であるとして無国籍者として扱うことができるということになっております。それは集団をなして武器を持って船舶を奪って、人命、財産に危害を与えるからだ、無差別的な危害の与え方をするのであるから、こういうわけであります。この人質による強要行為というものは、まさに無差別的な人命に対する危害行為を内に含んでおるのではないか。つまり、人を捕えまして、言うことを聞かなければこの者の命をとると言うてほかの人から物を取り上げる、あるいは要求してあることを行わせるというわけですから、まさにこれは陸上における海賊行為と変わりない凶悪なるものであると言わねばならぬわけであります。そういう意味において、憲法の反逆者であり、人類の敵であり、国民の敵だ、こういう者は国法の保護を与える必要はないではないか、海賊行為と同じように無国籍者として扱って差し支えないではないかという議論もなし得るように思われるわけですが、こういう見解に対しては政府はどのようにお考えになるでしょうか。」(下線:久保)
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/108405206X01419780407/123
「124 瀬戸山三男
○瀬戸山国務大臣 およそ犯罪——犯罪以外にもあると思いますが、犯罪というのは、所有権にしろあるいは生命身体にしろ、およそ殺人は生命の侵害、あるいはどろぼうは所有権の侵害である。このほとんど全部憲法に反する行為だと思います。そういう意味においては人権の侵害、人権の侵害というのは憲法に反するから憲法に対する反逆者である、それは国籍を取り外せというのはどうもいかがでしょうか。そうすると、もう刑務所へ行くか、どこか国籍を外してしまえということになってしまうので、その中でわが国ばかり、日本国民ばかりじゃありませんけれども、他の国も罰する場合があるわけでございますが、そういう理論でいわゆる憲法に反した、憲法に保障する人権を侵害したことになるから国家に対する反逆である、したがって国民としての扱いをしない。考えられないことはないのですけれども、いまのほとんどと言っていいでしょう、多数例があるかもしれませんが、世界のすべての国が、民族はどこかの国の国民となっておるわけでございまして、したがって日本では国籍を剥奪して追放するということはやっておりません。世界のおおよその国もそうだと思います。したがって、その中で法律にひっかかって責任をとり、罰すべきものは罰し、そして更生するべき者には更生させる、これが国の仕事じゃないでしょうか。国法に反したからけしからぬやつだという理論はいかがでございましょうか。」(下線:久保)
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/108405206X01419780407/124
「125 飯田忠雄
○飯田委員 私の御質問申し上げましたのは、人質にとって強要する行為だけについてですが、こういう行為につきましてそれほどのことをしなくても、わが国の監獄に入れて矯正すればいいという御意見であるというふうに承りました。
ところで、今日のこの人質強要罪の規定を設けられました根拠は、提案理由によりますというと、最近における凶悪な人質強要行為が起こっておる、これに対する対策である、こういうふうにおっしゃっておるのを提案理由で見ております。それで、そういうことに限って私御意見を伺うわけですが、こういう人質強要行為を最近においてやっておる人々は、果たして日本の憲法に従ったりあるいは日本の憲法体制を守っていこうとしておる人なのかどうか。もしそうでない、憲法体制を破壊して別の憲法体制をつくろうとしておる人々でありますならば、日本国を破壊して別の国をつくろうということなのでありますが、そういう人たちは果たして日本の国民なのかどうかという点に、実質的に、わが国において恩恵的に国籍を与えて日本国民だ、こうしておるのはそれは日本国の態度でございますから、それはそれでいいのですが、実質的に日本国民であろうかという問題がございます。私はこの問題につきまして、日本国民がそうした日本国民でないように変わってしまった、こういう状態をつくり出したのはけしからぬ、これを直せというそういうことは一応度外視して申し上げているのです。そういう問題もあります。ありますが、これは別の問題としてたな上げしておきまして、とにかく現在もうそうなってしまった人たちに対処するに当たりまして、これを普通の国民と同じような処遇をするということ、たとえばその人たちを監獄に入れて果たして本当に監獄に入れた目的を達することができるだろうか、矯正することができるだろうかという点になりますと、疑いを持たざるを得ないわけなんですが、この点について今後どういう御処置をおとりになろうとするのであろうか、お伺いするわけです。この法律をつくって処罰することはいいのだけれども、処罰して果たして本当に処罰の効果があるであろうかどうかという問題です。そういう点を私、実は御質問をしておるわけでございます。
そこで、そういう問題について、これは国際的な協力をする以外に方法がないということも最近はよく言われております。こういう問題について国際条約をつくるなりあるいは国際間の協定、いろいろ御相談をなさるなりするということはお考えになっておるかどうか、お伺いをいたします。外務省の方からちょっと……。」(下線:久保)
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/108405206X01419780407/125
「126 渡辺允 発言
○渡辺(允)説明員 お答え申し上げます。 国際的にテロリズムそれから人質行為等の問題を扱っておりますのは、これまで国連の場が一番多いかと思います。国連ではテロリズム一般それからハイジャックの問題等につきまして数年前から取り上げておりますけれども、特に現在御審議願っております人質行為につきましては、一昨年の秋の第三十一回国連総会で西ドイツの外務大臣が、国際的な人質行為を防止するための条約をつくろうということを提唱いたしまして、それを受けまして人質行為防止のための国際条約を起草する委員会というものを設けました。昨年の八月それからことしの二月と審議をいたしておるわけでございます。これはいわゆる国際的な人質行為を行った者について、必ずどこかの国で処罰されるか、あるいは引き渡しを要求する国があった場合に引き渡すという義務を課するという条約案でございます。まだ委員会の審議は続いておるところでございますので、現在どのような形で最終的に条約がまとまるか余り明確なことは申し上げられませんけれども、そのような努力が続けられております。日本もこの委員会に参加をいたしまして、ドイツそのほか志を同じくする国と協力して条約の作成に現在努力しているというところでございます。」
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/108405206X01419780407/126
「127 伊藤榮樹 発言
○伊藤(榮)政府委員 ただいま外務省からお答えがありましたその作業につきまして私どもも関心を持って見守っておるところでございます。
なお、こういった問題については、先ほど御指摘がありましたように、歴史的に見てみますと、海賊行為の絶滅のためにそれぞれの国が自分の国の国籍まで剥奪して一切の帰港を断るというような措置をとって、海賊行為の絶滅がおおむね効果を上げたというようなことを、私も先生の御著作で拝見しておるわけでございますが、それはそれといたしまして、今日の段階におきましてはやはり国際間の協力によりまして、海賊行為の絶滅とはまたアプローチの角度が違うかと思いますが、国際間の協力によってこういうものを絶滅させていかなければならぬ、そういう面が十分あると思っておるわけでございます。幸い五十三年度予算の成立を見ましたので、本月五日私ども刑事局に国際犯罪対策室というのを設けさせていただいております。早速活動を開始しておりますが、私どもとしてはここを中心として関係省庁と御連絡をとりながら国際協力の推進に努めていきたい、かように存じております。」(下線:久保)
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/108405206X01419780407/127