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メディアとの信頼関係

2016.04.05 06:19

*放送法により政治的公平性を求められるテレビ。新聞は…

今日も少し堅苦しいですが、政治について書かせてください。

少し前のことですが、高市総務大臣の(テレビ)電波停止発言問題がありました。これは、安倍政権に対し批判的な報道を多くおこなうテレビ局に対する、政権側からの是正勧告(放送への政治介入?)とも受け取れる一件でした。

テレビがどちらか一方に政治色を強めると上記のように問題になる一方で、”新聞”は政治的立場を明確に示しています(つまり、紙面で堂々と安倍政権を批判or擁護しています)。ぼく自身昨年末から、週替わりで新聞各紙(読売、朝日、毎日、産経、日経、東京)を試読していましたが、違いは明らかでした。例えば、安保法制や原発再稼働は、読売・産経は肯定的(安倍政権寄り)、朝日・毎日・東京は否定的です。

では、なぜテレビだけが高市発言のように問題になったのかというと、唯一テレビだけが放送法によって”政治的公平性”を規定されているからのようです。言い換えれば、テレビだけが「不偏不党に報道するように」と法律で決められています。(そもそもの放送法制定理由は、電波の数が限られているから・一気に多くの人々が同時に視聴するメディアであるため、大衆へ与える影響が大きいから。だそう)

*目的・結論ありきの報道

前置きが少し長くなりましたが今回は、偏向するメディアに対し個人的に抱いた疑問について書いてみたいと思っています。※大前提として、”人”がメディアを作るので、多少の偏りが発生することは構わないし、避けることができないと思います。

ただ、自社の政治的スタンスを前提に、記事を作ろうとしていると見えることにはちょっと納得がいきませんでした。要は、「政権を批判しよう」(「我々は安倍政権を応援or保守だ」など、逆の場合も然り)という目的が最初にあり、そのための材料集めをしているようにぼくは思えてしまうんです。

もちろん、政治的立場を明確にすることで、独自の視点で問題を論じてくれることは、とてもありがたいことです。しかし、それが行き過ぎるとそのメディア自体に不信感を抱いてしまうのです(ぼくは)。

各メディアは基本的に政治的スタンスや論調は変えません。例えば、産経新聞は、どう見ても不穏で不可解と思える動き(法案、情報開示の拒否)や不倫騒動、失言、国会での怠慢などの自民党の体たらくを目の辺りにしても、未だ現政権に好意的です。

それって、友達としたら絆が深いように見えていい奴なのかもしれません。例えば、もし友人に「お前がどれだけ失敗したり悪いことしても、俺は問答無用で一生お前の味方だ」と言われたらぼくはシンプルに嬉しいです。でも、本当の友人であれば、相手の失敗を素直に認め適切なアドバイスをするべきだし、悪いことをすればしっかりと叱るべきだと思います。

*信じられる人もメディアも

しかし、今のメディアは自社の主張にそぐわない情報は意図的に報道しなかったり、対立する政治的スタンスをもつ人や組織(政党やメディア)がミスを犯せばイジメのように徹底的に非難します。そんなメディアを見ていると、こっちもげんなりしてきます。

それは”人”でも一緒です。他人を執拗に責める一方で自らの非は認めなかったり、反対意見を無視したり、過度に自論を自分で擁護するような人とは付き合いたくありません。また、そんな人の話す全てを、ぼくは信用できなくなります。

主張すべきときは主張し、反対意見に出来るだけ耳を傾け、自分に過ちがあれば素直に認められるような良識のある人間を信じたいし、ぼくにとって、それはメディアも同様です。