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知識と創造性

2016.04.23 06:22

*カップラーメン化した知識

スマホが普及して、いつでもどこでも知らないことは検索できて。ぼくらの世代では、それがもう当たり前になりました。昔は、専門家に直接聞いたり、書籍や論文を読むなど大変な苦労を用せずには、知識を得ることはできませんでした。でも、今は知るという行為が、すごくインスタントのようなものになっている気がします。

となると、現代はスマホがなかった時代より、知識の価値が相対的に低下しているんじゃないか。それは、けっこうな人が感じてることだと思います。

スマホが普及した現代は、「これってなんだっけ」って思った5秒後には答えがわかる世界です。(クイズ番組が昔ほど流行らないのも、これが原因なんでしょうか…)

みんなそろって、グーグル先生に頼る社会。学校へ行けば、人それぞれ担任の先生が異なりますが、スマホの中では先生はグーグル先生ただひとり。知識を求めるデータベースがみんな一緒だから、そこから得る知識も画一化していく。知識のオリジナリティが欠乏していく。

「頭のいい人は?」と言われて思い浮かぶイメージも、昔は「物知りな人」だったのも、現代では判断力や実行力、思考力や想像力のある人にシフトしてきているとぼくは思います。

*それでも知識を得る理由

ただ、それでも尚、多くの知識を学ぶことが必要であると思う理由を、ひとつだけ見つけられました。それは、ぼくたちが創造的でいるためです。新しいアイデアやビジョンを描ける人って、創造的だと思います。でも、世の中に本当の意味で新しいと言えるものなんか早々なくて、多くは既存のアイデアとアイデアの組み合わせです。(例えば、蔦屋書店は本屋とカフェ。)その組み合わせが、異分子であればあるほど、目新しいアイデアになるかもしれません。

そうなったとき、やっぱり必要になるのがぼくは知識(上記で言えば、既存のアイデアについて多くを知ること)だと思います。幅広く奥深く知識があれば、その分、幾通りもの組み合わせ(新しいアイデア)を考え出せるからです。知識を食材に置き換えると、分かりやすいです。梅干しと白米しか食材(知識)がなければ、せいぜい梅おにぎり(新しいアイデア)しか生み出せません。でも、そこに肉があって野菜が色々あれば、牛丼やビビンバなどより多くのレシピ(新しいアイデア)が考えられます。

そう思うと、知識はやっぱりないよりかは、あったほうがいいなって思います。