ロボフィンガー
ロボットが指先に「触覚」をもつ日がやってきた。感覚器官の「再現」に磁気を用いる研究が最終段階に入った。僕らがつくったロボフィンガーの「皮膚」は、柔軟性に富む磁気フィルムでできており、周囲に磁場を発生させる。指が何かに触れると磁場が発生してわずかに「凹む」のだ。その凹みを感知するセンサーが反応して脳に伝えて、触れたものの感触を再現する。わかりやすく言えばこういうことになる。
僕らはロミというAIロボットにこのロボフィンガーを装着した。ロミにさっそくいろいろな物に触れさせてその感触データをとった。硬い金属、生卵、殻をむいたゆで卵、パン、水、瓶、ガラス、ぬいぐるみ、布、ペーパー、クッション、猫、人肌・・・この「指先」を人型ロボットに装着すれば、対象物のどこに指が触れているかを検知し、握力を上手に調節できるようになる。
これは、ロボットに著しく欠けていた手先の器用さを補うためだ。人間社会の中で人がロボットをもっと便利に使うためにはロボット自身が敏感に反応する感覚を身につける必要がある。そうしないと思わぬ事故が起きてしまう可能性があるからだ。
例えば、人間の手を必要以上に強い力で握ってしまわないように、あるいはコップや食器を割れないように扱うことができれば、全面的に人間に変わって介護や家事をさせることもできるだろう。
あるとき僕ともう一人の研究員はロミを戸外へ連れ出した。屋外のあらゆる物に触れさせることでさらに多くのデータを収集することが目的だ。郊外の公園にでかけた。目の届く範囲でロミを自由に「遊ばせて」いた。いろいろ興味を示した物に触れるためだ。僕らは休憩も兼ねてベンチに座っていた。
同行の研究員が疑問を口にした。
「ロボットに痛みは必要だと思いますか?」
「痛みは人の行動を制止するアラームのようなものだから、痛覚が生物学的にひとつの機能を果たしていることは確かだろうね。でも僕はロボットにその必要性はないと考えているよ」
・・・と、その時ロミが手に何かを掴んで帰ってきた。
「これは何ですか?」
ロミは握っていた手を開いた。それを見た僕らはびっくり、空いた口が塞がらなかった。
ロミは何の疑念もなく鋭利な小型ナイフを手にしていた。おそらく拾ったものだろうが、掴み方が間違っていた。ロミの手のひらを貫通していたのである。
痛覚のないロボットだから良かったと言えるのだろうか?