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もしも黒猫様が悪女に転生したら3

2021.05.21 12:00

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「本日付けで見張り役を仰せつかりました、ユラン・セルナンドと申します。」


朝っぱらから人の部屋でかしこまる男の発言に、僕はセルナンド?と頭を働かせていた。


たしかセルナンドって言えば…、小説の中でヒロインに好意を持つメインキャラの一人だったんじゃないか?


なんでそんな奴が?


いや、待てよ。

確かセルナンドは自由騎士の身分だったっけ?


二年という期限付きで皇宮に所属するのは自由騎士の義務だと書いてあった気がする。


つまりどんなに知恵と魔力が備わった悪女でも、物理的な力では敵わない最強の騎士に見張られたら何もできないだろうと考えたとか?


馬鹿馬鹿しい。

どうでもいいや。


僕はゴロンとベットで横たわったまま、銀髪の髪を落としお辞儀したままのセルナンド卿を見つめていた。


「堅苦しい挨拶はいい。見張り役なんだろ。どうぞ好きにしてくれ。」


ふあっとあくびをこぼして言えば、信じられないものでも見たような顔で僕をマジマジと見つめてくるセルナンド卿。


うむ。こいつも確かアーティスを毛嫌いしていたひとりだったな。


アーティスが16歳で皇宮に入ると同時、自由騎士が護衛としてつけられるのだ。


だがセルナンド卿はそれに納得いかず、自主的に休暇を取ることでアーティスの側から離れていた。


物語を著しく変更したにせよ、皇宮に留まるとなればアーティスにはどうしてもセルナンド卿がつくらしい。


「朝食を持って来ました。」


最中、扉のノック音がしてメイドが入って来たのだ。


煌びやかな朝食の内容を見ても全く食欲が湧かない。


家ではそうじゃなかったのに、用意しようとするメイドを見ると自分から立ち上がって「いらない。」と言っていた。


「え、でも…」

「自分で作る。厨房がどこか教えてくれ。」

「ご、ご自分で料理なさるんですか?!!」


びっくりしているメイドと、その隣で目を瞬くセルナンド卿。


公爵令嬢が料理をするなんて思わないと言いたげな顔だな。


だが、潔癖症はどうやらこの世界でも治り切っていないらしいんだから仕方ないだろうに。


心許せる相手でもないのに、なんでそんな奴の運んだものが食べられると思うんだ。


「早く教えてくれ。」

「は、はい…っ。」


そのまま案内された厨房は立派なもので、メイドが入ってくると料理長らしき人物が振り返って来たのだ。


そして気さくに声をかけようとしたものの、背後の僕の姿にギョッとして包丁を落としていた。


「食材はどこにどう保管されてあるんだ?」


メイドが素早く料理長に事情を話し、僕が何故来たかにまた驚いた顔をしていたが、


僕が問いかけると慌てて色々教えてくれた。


この世界の食材は保存魔法で腐ったりするのを防いでいるらしい。


あと調味料の類がやっぱり西洋風だ。


見たこともない食材もあったが、ある程度は前世でも知っている食材が多かったので安心した。


さて何を作ろうか。


「あ、あの。わたしの作ったものがお気に召しませんでしたか?」


おずおずと料理長が問いかけて来たことに、僕は首を左右に振っていた。


「そうじゃない。お前は信用ならない人間に出されたものをわざわざ食べるか?」

「え…」

「自分が敵意や恐れを抱かれていることは一番よくわかってる。その上でここに来て軟禁されてるんだ。僕だってそれなりに警戒はするってことさ。」

「あ…、」

「作らせたものを無駄にして悪かったな。あれは後で給仕室のみんなで分けて食べてくれ。」


別に気に入らないわけじゃないし、用意してもらったものを食べることほど簡単なものはないとも思うが。


いかんせんこっちも病気なもんでな。


そう思いつつ卵を取り、適当に料理をしていけばみんなが目を丸々としていた。


料理長は逆に僕の料理の手際を見ながら色々と質問して来たくらいだ。


「オムレツ…、ですよね?なぜ卵を絹ごしするんですか?」

「こうすると滑らかになるし、カラザも取り出せるから。」

「なぜフライパンを一度濡布巾の上に置くんですか?」

「温度調節のためだ。熱しすぎたフライパンだと焦げるからな。」


こんなの前世では普通だったけど?と思うことも料理長には新鮮なようだった。


メモしながら作る過程を側でずっと見てくるし、綺麗なオムレツを完成させると味見したいのかウズウズしている様子。


「食べてみるか?」

「い、いいんですか?!」


大袈裟すぎるだろ。

オムレツなんて簡単なレシピだ。


卵さえあれば作れるんだから構わないに決まってる。


トマトとここにある調味料でケチャップを作り、オムレツにかけて渡せば簡単の声が後ろから聞こえて来た。


「こ、こんなに美味しいオムレツは初めて食べました!!!」

「そうか。よかったな。」

「私もひとくちください!」


メイドまで寄って行き、美味しいっ!と騒いでいる始末。


先程まで腰を低くしていた奴らがすごいはしゃぎっぷりである。


セルナンド卿はじっと僕を監視していたが、料理長やメイドに勧められて何度か断りながらも折れて食べていた。


まあいちいち気にしていられないのでもう一回オムレツを作り直し、旬の野菜スープを煮込みながら、ソーセージを焼いた。


ご飯はないからパンになるが、バケットを薄めに切ってこんがり焼くものと、ふっくらとしたパンを軽く焼くものに分けて皿に乗せる。


「こんなもんかな。」


あとはフルーツなんかを切って食後にちまちま食べようと一式用意し終わる頃には…


側でキラッキラした眼差しを向けてくる料理長とメイド。


そして僕の変わった姿に呆然と立つセルナンド卿という異様な状態が広がっていた。


取り敢えず、


「お前らも食べたいのか?」


そう聞くと料理長とメイドは遠慮なく大きく何度も頷いてくるので用意してやり、


セルナンド卿の分も一応作って部屋に持ち込んだのだ。


「お前は食べないのか?」


机に二人分並べると、「同じ席で食べるなど…」と体裁を気にする返答をするのだ。


「あのな、今の僕に身分もクソもないだろう?いいから座れ。」


せっかく作ったんだから食べろ、と言うとセルナンド卿はおずおずと席について僕が食べ進める姿を見ながらいただきますと言っていた。


最初は遠慮がちだったものの、食べ進めて行くうちに僕より早くぺろりと平らげていたセルナンド卿。


すごい食欲である。


「セルナンド卿には量が足りなかったみたいだな。次からは多めに作るとしよう。」

「次からはって…!毎日料理するつもりですか?!」

「そうだが?なにか悪いことでもあるのか?」

「い、いえ!次からは私の分はもう…」

「なんだ?気に入らなかったのか?」

「そういうわけでは!本当に美味しかったです!」


偏見なく率直な意見を述べるセルナンド卿だが、アーティスを毛嫌いしているキャラなだけにまだ警戒心があるのだろう。


「まあ、それもそうか。警戒している相手に出される食事ほど喉を通らないものもないしな。」

「………」


無言は肯定の証だな、うん。


もぐもぐしながらメイドからもらった新聞を広げてこの国のニュースを読んでいく。


勿論、セルナンド卿の視線がものすごいうるさいんだけどな。


「………なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え。」


人がせっかくのんびり食べているのに、そう見られたら食べにくいだろうが。


思わず僕から折れて問い掛ければ、


「不快に、思わないんですか?その…」

「僕との食事を拒んだことか?」

「はい。」

「むしろ真っ当なんじゃないか?僕だって信用ならない相手の食事なんて食べたくない。」

「ですが、べレロフォン令嬢ならばそれを罰することも可能では?」

「いちいちそんなことで罰してほしいのか?面倒臭いにも程があるだろう?」

「めん…っ!」

「それに僕が作ったものを美味しいと言って食べてくれたじゃないか。今後遠慮したい気持ちもわかるし、なにも不快になんて思ってない。」


バサッと新聞をめくりながら言い切ると、セルナンド卿は疑わしそうな目を向けてくる。


ま、口で言っても信用してくれないならそれでもいいけどな。


僕はまったり引きこもり生活できる今の現状に満足しているし。


ちまちまと食事を平らげてしまえば、片付けくらいさせてください!とメイドが張り切って乗り込んできた。


それはありがたいので頼んでおき、僕はさっそくベットに寝転がりながら読書に耽ることにしたのだ。


*****


「アーティスの様子はどうだ?」


ディナーの席で陛下は、アーティス付きのメイドと自由騎士を呼んで進捗を聞いていた。


「ええと、朝から今に至るまで部屋でずっとゴロゴロしていますね。」

「ふむ。もう少し詳しく頼む。」

「食事は全て自分で作って食べております。」

「は?!公爵令嬢が自ら料理をしているというのか?!」

「はい。それ以外で部屋から出ることはなく、求められるのは新聞やあらゆる書物です。」


メイドの報告にびっくりしていた陛下だが、


「今召し上がられている陛下のお食事も、アーティス様が料理長に教えたハンバーグという食べ物でございます。」

「なに?!」


ガタンと自分に出された食事を見つめる皇帝陛下。


ちょうど夕飯時だからと厨房に行ったアーティスが、自分の食事を作っていた時に料理長がまた見てくるもんだから教えてやったのだ。


それがまた美味しいし、皿の彩りも映えるので料理長が陛下にも食べていただこうと用意したものだった。


たしかに見たことのない肉料理ではあったが、かなり美味しくぺろりと平らげていた陛下。


これをアーティスが作っていたなんて驚きである。


「き、君の方はどうかね。セルナンド卿。」

「はい。特に怪しい動きもなく、むしろもう少し女性なら弁えてほしいかと…。」

「どういう意味だ?」

「その…っ。」


一日中見ていたセルナンド卿は、アーティスの格好を思い出して顔を俯けていた。


男物のパンツスタイルでシャツ一枚というラフな格好ではあるのだが、


ボタンは上まで閉めることなく彼女の白磁の肌が体勢によっては見え隠れするし、


胸元が見えた時は思わず目を逸らしたほどだという。


「恥じらいが一切ないのです。」

「う、ううむ…。」


アーティスは品行方正はあったはずだ。


女としての嗜みや礼儀作法も見事な女だった。


それがあのぐうたらなザマを見せつけられたら一気に色々と崩れてしまう。


「でも癇癪を起こして怒鳴り散らしたり八つ当たりすることもありませんし、下の者にも色々と聞いたら教えてくれますよ?なんていうか、とっつきにくさはまだありますが、だからって以前のように理不尽なことはありません。」


むしろメイドと料理長から聞く話しで他の侍従たちも興味を示しているのだとか。


「教えてくれるとは、料理以外にも何かあるのか?」

「そうですね。例えば掃除の仕方とか。」

「掃除?!!!令嬢がか?!」

「はい。アーティス様は自分の部屋は自分で掃除するって言って聞かなくて…。」


メイドの言葉が信じられず、陛下がセルナンド卿を見ると彼は嘘じゃないことを示すように何度も頷いていた。


「すごいんですよ!しつこい汚れの落とし方とか、除菌まで完璧なんです!」


メイドが褒める内容は愕然とするものである。


アーティスは生粋の御令嬢だ。

そんな侍従のようなことはしないはず。


「ドレスや宝石を求めたりは?」

「一切ありません。寧ろいろんな書物を読まれたい様子で、近々図書室へご案内しようかと。」


読むスピードが早くて本を運ぶ方が重労働になって来たのだと言うメイドに陛下は空いた口が塞がらなかった。


「読書が好きだとは聞いたことがないが?」

「読書以外にもチェス、というものをやっておられます。」

「チェス?最近、出回っているボードゲームのことか。」

「はい。あれもどうやらアーティス様が考案されたゲームらしいですよ。」

「えええっ?!」


皇帝陛下ら思考停止していた。


でもたしかにあのゲームを出したのは確か、公爵の商団だった。


公爵の商才は知っていたが、アーティスにもそれが備わっていたということなのか。


だからってゲームを考案するなんて、令嬢らしからぬもの。


「それにお強いんですよアーティス様!教えてくれてたまに一緒にするんですけど、一度も勝てたことなくて。」

「ううむ……。」

「あとポテチやチョコレートもアーティス様が作ったと聞きました。」

「あれらも?!」


どうなっているんだと陛下が思うのも無理はない。


権力主義のアーティスが嗜好品やお菓子作りに精を出しているなんて信じられない話だ。


「メイドたちにも分けてくださって、今のアーティス様を慕う者も少しずつ増えております。」

「………」


メイドがアーティスを褒めまくることに、隣のセルナンド卿は言葉もない様子。


粗探しをするためにアーティスの見張り役をしているようなものなのに、今のところ一切そんな傾向がないらしい。


「わかった。もう下がってよい。」


皇帝陛下は頭を抱えてため息をつくしかない。


本当にアーティスが変わったようだ。


これは認めざるおえない。


それでもどうして変わったのか。


何がしたいのか。


もう少し様子を見る必要はありそうだ。


皇帝陛下はしばらく呆けながらもその考えをまとめるのだった。