「輪」…古くて新しい「スローテク」
[2]2007_0613
「輪」…古くて新しい「スローテク」
写真:ベロタクシー
今年の4月から彦根ではベロタクシー(自転車タクシー)が走行を開始した。京都から走り出したこのベロタクシーを滋賀県でも走らせたいと運動を始めたのが、もう2年以上前であり、そこからさまざまなまな紆余曲折やサポートなどを経て、何とか走らせることができた。旧市街の街並みを背景として走るベロタクシーの姿には感慨深いものがある。まだ3台であるが、彦根以外の地にも走行地域を増やしていきたいと考えている。ベロタクシーとは、ドイツで開発された自転車タクシーで、国内では現在18都市で走っており、100台あまりのベロがまちなかを走っている。タマゴにも似た流線型の近未来的なフォルムと、駆動が自転車=人力であるというギャップとがまち中で目立つことになり、人と環境にやさしい乗り物として注目されている。人間の身体は動力源でもあるのだ。
とはいえ、世界的にみると、自転車タクシーはアジア圏に昔から現存しており、サイクルリキシャー、シクロ、ペチャなどが多数走行している。実は日本でも自転車タクシーは戦後復興期に、「輪タク」と称されて利用されていた。私は残念ながら博物館等でしか目にしてはいないが、彦根でも昭和30年代まで、彦根駅前で客待ちをしていたよと多くの方から聞いている。その話によると、横にお客を乗せるサイドカータイプであって、雨天時には客席には幌をかけ、車夫はずぶ濡れになりながらこいでくれたという。若い頃インドを放浪しているときに、サイクルリキシャーを運転させてもらったことがある。そのペダルのあまりの重さに汗をかきながら苦闘し、人を乗せてもいないのにまっすぐ進ませることさえ大変であった苦い思い出がある。しかし、インドでも時代を経るごとにエンジンを積むオートリキシャーが幅をきかせるようになり、人力のリキシャーやサイクルリキシャーは衰退に向かっている。
昭和の輪タクが「ローテク」だとすると、その後の乗用車によるタクシーは「ハイテク」の塊である。では、再び人力に戻りつつ、フォルムやデザインは新しく、駆動機構も最先端のサイクルテクノロジーを用いているベロタクシーは、「スローテク」な交通手段と呼べるのではないだろうか。環境の時代を考えると、江戸時代といった過去の暮らし方にヒントを見つけることが多い。なんといっても先祖が実際に暮らしていたという実績があるから。とはいえ、ただ単に昔に戻るということではなく、当時の方法にヒントを得ながらも新たな意味を生み出していくようなわざ・仕組みを「スローテク」と呼んでみたい。天水桶が路地尊(墨田区)として再生し、着物が和ものとしてリメイクされ、町家が町家カフェとして再生するように。
彦根のベロタクシードライバーたちは、みな口をそろえてこう言っている。「とてもまちに出るのが楽しい」「いろいろな人びとと知り合えて話ができることが楽しい」「ベロタクシーに乗って行くと反応が違う」。急ぐ人は決して乗らない乗り物である。そこにはゆったりとしたスローな時間と、ネット時代の私たちが忘れかけている下町の縁側のようなあたたかい雰囲気が漂っている。「どこからいらっしゃいましたか」「お元気でしたか」「良い天気ですね」。身体を使って汗をかきながら必死にこいでいる姿を見せながら、日々、人の「輪」がひろがっている。