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「穴」…自分の顔を公衆のものに

2021.05.24 09:33

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「穴」…自分の顔を公衆のものに

写真:金太郎顔出し看板


 顔出し看板とは、観光地などに置いている、顔を出すための穴のあいた看板を指す言葉である。今年3月に『顔出し看板大全カオダス-まちのキャラクター金太郎から「ひこにゃん」まで』(サンライズ出版)を出版した。滋賀県内で収集した62枚の顔出し看板の詳細データのほか、顔出し看板に関するエッセイや対談、県外顔出し看板ルポ、ネット上で報告されている全国800枚以上の調査分析結果など、顔出し看板初の研究書?として紹介されている。

 よく誤解されるのだが、私は決して顔出し看板のコレクターではない。私が惹かれるのは、むしろその「存在意義」である。なぜ顔出し看板が存在し、この情報化社会に未だあるのか。既にそのブームは過ぎ去ったかと思いきや、作成され続けているのである。滋賀県内でも調べ上げた62枚から増加し、現在では70枚に近い看板が確認できる。彦根市では「ひこにゃん」の顔出し看板が増殖している。

 顔出し看板に顔を出す行為には、ソフトクリームや忍者といったものへの変身願望があることは間違いない。異形の身体に変わりたいのだ。ただし、顔は変身しない。この点が最大の特徴で、顔だけは自分のものを使う。本当の変身願望ならば、顔も変えるはずである。キャラクターやタレントのお面をつける場合は、顔だけが変身するので、「逆顔出し看板」とでも呼べよう。つまり、顔出し看板の穴とは、変身する中で、唯一自分を残す場である。

 だからこそ、顔を出すことは恥ずかしい。髪型や洋服等でトータルに演出している自分なのに、顔以外をマスキングされてしまうからである。さらに言えば、他人は変身後の姿を見ることができるのに、自分自身は見ることができないという悲しい関係にも躊躇してしまう。日本では、他人の顔を堂々と見ることは少ない。ところが、顔を出した瞬間、看板の一部となり、他人から堂々と見られる存在に変わってしまう。顔を穴に入れると、あなたの顔はあなただけのものではなくなる。そう、顔出し看板の穴とは、あなたの顔を公衆のモノに変換する装置である。

 携帯カメラやデジカメなどには、「自分撮りモード」がある。コスプレやプリクラも自分自身を演出する志向である。その一方、顔出し看板では、自分は演出家にはなれない。あくまでも、看板側が演出の実権を握っており、顔を出す側はあくまでも顔を合わせるしかない。看板は決してあなたの顔には合わせてはくれない。だからこそ、悲しそうな、そして困ったような、笑うしかない顔をしてしまうのだ。情けない顔をグイッと出しながら、身体はキッチュでヘタウマな平面絵に変身する、穴を介して、自分の顔と身体とがギロチンにでもあったかのような冷酷な関係を持つところに、顔出し看板の深みがある。

 その証拠に、異界へ首を差し出す準備のためか、顔出し看板の裏面には何も描いていない。そう、既にそこには歓待というよりは、出演させられる儀式への冷たいプレリュードが鳴っているのだ。あなたの顔なのにあなたのものではない。勇気を出して顔出し看板の穴に顔を差し出してみよう。