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「触」…足裏から伝わる祈りの思い

2021.05.24 09:58

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「触」…足裏から伝わる祈りの思い

写真:九十九王子お砂踏み


 今年の春は田植えを体験した。無農薬の田と隣り合わせの普通の田に足をいれてみた。土の間隔やねばりが違う。無農薬の田の土の方がきめ細かいのだ。足裏は、身体を支えるだけでなく、路面のセンサーでもある。靴を履き、靴底の発達とともに、でこぼこといった路面の情報が吸収されるようになってしまった。1999年に開催された「南紀熊野体験博」では、熊野古道がメインテーマであったため、その開催にあわせて、それまで地道であった古道の一部を、危険だからという理由で、きれいな路面に整備されたことがあった。これは、古道に通っていた人たちにはすこぶる不評であった。古道の魅力は、単に視覚では捉えられない。そこで、「触覚マップ」をつくりはじめた。「峠の風が吹き抜けて気持ちよい」「杉木立の落ち葉が折り重なった道のふかふか」といった情報が集まってきた。触覚から捉えた特徴を共有しておくことも大切だ。

 触覚を通して祈る時空として、「お砂踏み」という習俗がある。四国八十八ヶ所や西国三十三ヶ所といった著名な巡礼地の札所の砂をひとにぎり収集し、座布団などに仕立てて一ヶ所に並べて仮設するものである。寺院や会館、デパート催事場などで行われてきた。その座布団を踏むことで、本物の巡礼と同じような功徳を得るとされている。本物の巡礼に行くことが困難だった時代のものである。足裏と砂の接点が本物へつなぐ回路となっているのだ。

 このお砂踏みにヒントを得て、京都から熊野三山までつながる熊野詣での九十九王子を対象としたお砂踏みを制作して展示した。『熊野古道五感曼荼羅-九十九王子お砂踏み』と題して、1999年3月に和歌山市のわかやま館にて開催した。九十九王子の砂をひとにぎり集めてまわるのは大変であった。週末などを利用しながら、二ヶ月間で何とか集めきった。全部の砂を集め終わったとき、スタッフから「ちょっと怖い」という声があがった。この九十九ヶ所の砂が全部一ヶ所に集まったら、何かあるのではというのである。そこで、砂と共に全員でお祓いをしていただき、それを座布団に入れて九十九王子お砂踏みが完成した。わかやま館では、二日間で1430人の方に体験していただいた。スタッフの声を紹介しておこう。「今回祈りをささげながら、砂坐(座布団)を一つ一つ踏んでいただいた老婦人に出会いました。やがてすべての砂坐に祈りをささげ、階段を降りてこられると、たまたまいた私に、昔自分が熊野を歩いたこと、そしてもう二度と行くことができないと思っていたのに、思いもかけずこうしてここで歩くことができたと涙を浮かべて話して下さいました。その婦人がかつてどのような想いで、あの熊野路を歩かれたのかは、私には知る由もありません。しかし私は、その婦人の言葉で、さまざまな想い、しかも深い哀しみを抱いて熊野路を歩く人々の姿を見たのでした。あの日、私は会場に来た人たちに、疑似体験をしてもらうために立っていました。しかし私は、深く険しい山道を熊野へと向かう果てしない数の心傷ついた人々の土を踏みしめる音を聴き、その吐息を感じ、そして救いを求める声にならない叫びを、自身が感じてしまうことになったのです。」