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迷える子羊❸

2021.05.25 03:45

003.迷える子羊

「はあ〜っ、やっと終わった。」


課題に明け暮れていた放課後。

わたしは模型の製作に集中しており、顔を上げたのはすっかり空が茜色に染まった頃だった。


空さんと1日で色んなことがあったけど、あれは夢だったのかもしれないと思うくらい平和な1日が過ぎていたのだ。


だって考えてみれば告白なんてイベントがわあしに起こるわけがない。


あろうことかお約束の酔っ払って記憶がありませんみたいなイベントまで。


ないないない。ありえない。

あれは疲れすぎて見た夢…


「ヒツジ〜、かえろ。」


そうたそうだと言い聞かせていたわたしの耳に届いたのは、聞きたくもないし聞き慣れたくもない声でした。


思わずびっくーっと肩を上げて視線を向けた先では、教室に入ってくる空さんが。


同じように居残りして課題を進めていた生徒たちすらざわついている。


待って待って。

ちょっと、本当に待ってください!


「なんで空さんが…っ!」

「なんでって。彼女を迎えに来るのって普通じゃない?」


サラッと言った!

言っちゃったよこの人!


そんな思いのわたしとは裏腹に教室はえ?!と驚きに満ちている。


やめていただきたい!

人の目がこんなにある場所でその発言はしちゃダメです!!!


わたしのいじめられ人生は目立たず大人しく平和に過ごすことで何とかやってきたのに!


これでは目をつけてくださいと言ってるようなものじゃないですか!


思わずわたしは席を立ち、空さんから逃げておりました。


ええ。あんまりにも恐ろしいことを言うので教室から飛び出していたのです。


「なにあれなにあれなにあれえぇぇぇっっっ!」


パタパタ走って逃げながらも、大混乱です!


夢だと思いたかったことはやっぱり夢じゃなかった!


…あ、ちなみに生理はきました。

周期的にそろそろだったので確認できて一安心です。


じゃなくて!

酔った勢いなんて、しかも記憶すらない間違いを起こしてしまったなんて。


今でも信じられないし認めたくもないのに!


これ以上あの人と関わったらわたしの人生どうなっちゃうの?!って思うんですよ、


だからもう関わりたくない!


それにわたし、空さんにはっきり無理だって伝えましたよね?!


お付き合いはそれで無かったことになりませんか?!


なんで当然のようにわたしのお迎えになんか来れるんですか?!


あの人のメンタル鋼鉄でできてるんでしょうか?!!


なにもかもがトンデモナイ空さんにわたしが釣り合うわけないじゃないですかあぁぁぁぁっ!!!


ひええんっと泣きながらガムシャラに走っていたわたし。


前を見ていなかったし、どこに逃げているかすら目的もなかったわたしは、


「へぶっ!」

「うわ!」


人にぶつかって、なんなら勢いよく走っていたのはわたしのほうなのに吹っ飛ばされたのわたしでした。


尻餅をついて痛みに悶えていれば、


「悪い、大丈夫?」


わたしがぶつかったのに、親切に手を差し伸べてくれる人。


いい人!と思いながらも「わたしのほうこそすみませんでしたっ。」と顔を上げていた。


染めているのだろう金髪がよく似合う彼は、わたしの顔を見て「雨宮さんじゃん!」となつっこく笑ってくるのです。


え、だれですか?

なんでわたしのこと知ってるんですか?!


取ろうとした手は途中で止まり、警戒して退くわたしに彼は、


「ああ、ごめん。空から聞いてたからさ。俺、空の友達で宇佐兎(うさと)ってゆうの。よろしくね。」


わたしが考えていることがなんでわかったんですか?!


そう言いたい気持ちはあったけれど、気さくな笑顔に「ど、どうもよろしくお願いします…?」と再び手を取っていたのです。


そのまま立ち上がらせてくれた宇佐兎さんは、


「みんな愛称でウサギとかウサギ先輩って言われてるから雨宮さんもそう呼んで。」


寧ろ呼んでほしい、とにこにこ言われるのだ。


ちょっと馴れ馴れしいと思う反面、嫌な気持ちもなかったので流されるがまま、


「う、ウサギ先輩…。」


と、呟いておりました。


なんだか妙に可愛い名前だなと思いながら。


でも白っぽい金髪はサラサラで、ウサギさんだと言われるとなんとなくそうなのかなって思えてくる不思議な感覚がありました。


「ていうかそんなに急いでどこいくとこだったの?」


急用でもあったの?と引き止めちゃ悪いかなってちゃんと気遣ってくれる事にここまで感動する日が来ようとは!


わたし、そんなふうに言われた事なかったので!


空さんはもう常識とか吹っ飛んでるし!


うわあ!と目を輝かせて見つめていたわたしに、ウサギ先輩は小首を傾げている。


いけないいけない!

あんまりにも出来た人に不信感を与えるところでした。


「じ、実は目的とかはなく…。逃げていたところで、」

「え?逃げる?なにから?」


ウサギ先輩がきょっとーんとする顔に可愛い人だなとすこしキュンとしました。


この人、身長もあるし普通に男の人だとわかるのですが、


なんていうか物腰が柔らかで、愛嬌があると言うのでしょうか?


まったく嫌悪感とか怖さとかがなくて落ち着きます!


なんて思っていたら、


「なんで逃げるんだよヒツジ!」


背後から追いかけてきたらしい空さんの怒った声にびっくーっと飛び跳ねていました、はい。


思わずウサギ先輩の背後に隠れてぷるぷるするくらいには、今一番怖い人ですから!


そんなわたしの行動を見つつ、鉢合わせた空さんとウサギ先輩。


「なんでお前がヒツジといるわけ?」

「なんでもなにも、ぶつかったから助けてただけだけど…。」

「じゃあなんてヒツジがお前の背後に隠れるの?」

「それは空が100%悪い。絶対、俺のせいじゃない。」


どうやら本当にお友達だったようで、ウサギ先輩が堂々と空さんと会話する事におおっ!と拍手をおくりたくなりました。


「寧ろ何したら逃げられるんだよ?」

「なんもしてねえよ。迎えにいっただけだぞ!」

「付き合ってすらないのに?振られたんだろお前?」

「…っ付き合ってるし振られてない!!!」


えええええええっ?!

その返答びっくりなんですけど?!


あんなにはっきり無理です!って言ったのにまだ付き合ってたんですかわたしたち?!


ギョッとしたわたしの反応をウサギ先輩に見られていたらしく、


「雨宮さんはそう思ってないみたいだけど?」

「お前に関係ねえだろ!どっかいけ!」

「でも俺がいないと話にならないんじゃないの?」

「はあ?!なんでそんなこと…!」

「だってお前がそんなんだから、雨宮さん怖がってんじゃん?」


ねえ?と振り返ってきたウサギ先輩には何度も大きく頷いておりました!


わたしの気持ちを全て代弁してくれるなんてすごいです!


「…っお前のその紳士面腹立つんだよ!ちゃっかりヒツジを横取りしてんじゃねえ!」

「あのねぇ…横取りって…。」


呆れて言葉にならないわ、と言っているウサギ先輩の気持ち!とってもよくわかります!!!


わたし横取りなんてされてません!


今、わたしの中で超危険人物の空さんよりウサギ先輩のほうが話が通じるっていうだけです!!!


「取り敢えず外でない?そろそろ校舎閉まるしさ。」


雨宮さんも困るでしょ、とウサギ先輩が場をまとめてくれることにわたしはこっくりと頷いていた。


空さんもむっすうとはしてましたが、正論でもあるので仕方なく頷いていました。


ああ、これで帰れる!


そう思ったのも束の間。


何故に3人で校舎から出ているのでしょうか?!


わたしは一旦教室に戻り、同級生の視線をひしひしと浴びながらそそくさと荷物を持って出たのですが、


何故か空さんとウサギ先輩が教室の前で待っていたのです。


帰ったんじゃないんですか?!と驚くわたしの背後では、空さんにプラスしてウサギ先輩までいる事に、


あの女が二股?!みたいな空気がただよってるんですよ!勘弁してください!


わたしそんな女じゃありません!


明日、どんな顔して登校すればいいんですか!


「ううう…っ。」

「どうしたヒツジ?また泣いてんの?」

「誰のせいだよ。誰の。教室の前で待つことなかったじゃん。話しがしたいにしろ、雨宮さんの体裁も考えてあげなよ。」


ごめんね、とウサギ先輩が謝ってくる事にわたしは感動中です、はい。


わかってくれるんですね!という気持ちがもう込み上げてきてハラハラ涙が溢れるくらいには!


「一応止めたんだけどこいつ聞かなくて…。そのまま雨宮さん拉致でもしそうだったしついてったんだけど…。」


やっぱ迷惑かけたね、とウサギ先輩がわたしの頭を撫でて慰めてくれる事には言葉になりませんでした。


すぐ泣く女は大体嫌われるので!

面倒くさがられるので!


こうやって泣いてメソメソしてるのに笑って慰めてくれるウサギ先輩、とってもいい人です!


「勝手に触んなよ!俺だってまだ頭撫でた事ないのに!」

「どんな独占欲発言してんのさお前。」


ウサギ先輩の手を思いっきり叩き落とす空さん。


こんないい人になんてことを!


それに空さんのせいで泣いてるのに、空さんに慰められたってちっとも嬉しくありません!


「ていうかお前帰れよ!」

「俺帰ったら雨宮さん可哀想じゃん。」

「はあ?なんで、」

「お前さあ、無理って言われたんだろ?怖がられてる自覚しろよ?お前が好きでも相手の気持ちが違ってたら話にならんだろう?」


うんうんとわたしはウサギ先輩の言葉を噛み締めながら何度も頷いていた。


その様子に空さんはうっと詰まっていました。


「だ、だからちゃんと話そうとしてんだろ!俺はめちゃくちゃ優しい!こんなに優しくしてるのになんで怖がるんだよ?!」

「ひえっ!」


ズイッと大きな声で迫られると怖すぎて後ろに飛びのいていました。


何もかも怖いんですって言ったじゃないですかあっ!


なんで伝わらないんですか!

人間じゃないんですか?!


「やめんか。女の子に対しての態度がなってないんだよお前は。」

「どこがだよ!」

「全部だよ全部。何しても許されてた今までとは違うの。わかる?雨宮さんは空のこと全くタイプじゃないって事だからね?」

「そんな事今まで言われた事ないしヒツジにもそれは言われてねえぞ!」

「すみません!タイプじゃありません!!!」


ここではっきり言わねば!と思ったのですとてつもなく勇気を振り絞ってすかさず言ってました!はい!


がんばったわたし!


ふんす、と鼻息荒く、今日一番の大きな声をだしたわたしですが、


これには空さんがギョッとしており、ウサギ先輩が大声で笑っていたのです。


あれ?わたし笑いのセンスとかなかったはずですが…?


おかしいことなんてありましたでしょうか?なんて思って小首を傾げていれば、


「……っヒツジちゃん。俺のこと可愛いとか言ってたよね?俺の彼女しか狙ってないって…!」

「そ、それは空豆ちゃんのことです!酔った勢いのことをなんで今カミングアウトするんですか?!」


意地悪だ!と思って次にギョッとしたのはわたしでした。


もうあの時のことは忘れてほしいのです!


なのに!


「録音した音声はまだ俺の手の中なんだけど、そんなこと言ってもいいのかな?」

「すみませんでした!超タイプですぅっ。」


えぐえぐ泣きながら速攻で掌を返したわたしでした。


その様子にウサギ先輩がため息をついて背後から空さんをスパンと叩いたのです。


「なにすんだよ!」

「なにしてんだよ!お前はガキか?!脅してこんなこと言わせて嬉しいのか?!」

「脅さないと逃げるんだよこいつ。」

「そりゃ脅されたら逃げるわな!」


ウサギ先輩がわたしの代弁者ですぅっ!!!


エグエグ泣くわたしにウサギ先輩はハンカチまで出してくれて、大丈夫?と心配までしてくれるんです!


撫で撫でされる頭の感触は飴と鞭ですね!


空さんが鞭なのは言うまでもありません!


「ウサギ先輩やさし…っ。」

「なんだと?!俺だって優しくしてんのにヒツジはウサギのほうがいいって言うのか?!」

「空さんと比べたらみんな優しく見えますよ!」

「言ったな?もういい。録音はツイートに使ってやる。」

「すみませんでした!それだけはご勘弁をっ!!!」

「じゃあ俺のこと好きって言って。」

「好きです好きです!大好きです!!!」


必死だったので最早なんでもできましたよね!


でも、


「気持ちがこもってない。」

「気持ちなんてこもるわけないじゃないですか!最初からないのに!」

「ツイート…」

「どうしろって言うんですか?!そんな脅し卑怯ですよ!」

「そうだなあ。じゃあ…。」


空さんはわたしの半べそな顔を見ながら、


「キスしてよ。」

「はい?!」


とんでもない脅しでとんでもないお願いされました!


無理です嫌です無理です嫌です!!!


あわあわするわたしに、ウサギ先輩はもう頭を抱えていらした。


ええ、その気持ちものすごくわかりますよウサギ先輩!


「だって俺ら付き合ってるんだから。それくらいするでしょ普通?」

「まだ付き合ってたなんて知りませんでした!あの時キッパリら断ったじゃないですか!無理なんです!怖いんですよ!タイプでもないし…!」


何度言えばいいのか。

うわあんっと泣きながら訴えると、空さんはむすーっとしており、


「それでも付き合うの!俺がそう決めたんだからそうしろ!」


そんな横暴な!


びっくりしたわたしは言葉になりませんでした!


だってそうでしょう?!

強引にも程がありませんか?!


わたしの気持ちフル無視なんですけど?!


「怖がらせないように気をつけるし、無理って言って諦めんなよ!俺を好きになるようがんばれ。」

「無茶苦茶です…!」


わたし間違ってませんよね?!ねえ?!


こんな告白あります?!

こんな付き合い方あっていいんでしょうか?!


ゴリ押しでくるんですけど?!

断っても断っても付き合わされるんですけど?!


「そうゆうことだから今日は一緒に帰るぞ。」

「ひとりで帰ります!いえ、ひとりで帰りたいです!」

「ダメだね。俺をちゃんと好きになる努力をヒツジがしなかったらこの先何にも出来ないじゃん!」

「なんにもしたくないです!」

「俺がしたいの!!!」

「知りませんよおぉっ!」


なんでわたしが空さんのわがままに付き合わないといけないんですか?!


会話になりません!


そんなわたしたちを見かねたのか、ウサギ先輩がギャンギャン言い合うわたしたちの間に入ってきて、


「取り敢えず、なんだかんだ雨宮さんは空に自分の気持ちちゃんと言えてるんなら安心したよ。」

「へ?」


あ、そういえば。

最初は怖すぎて何も言えなかったけど、今となっては怖すぎてはっきり断るようになっている。


数日で思わぬ変化を今更実感して目をパチクリとしてしまった。


だってこの人、何も言わなかったらすっごい勘違いをして結婚の話すら持ち出してきたので!


わたし、気は弱いし臆病ですがこれに流されてしまったら人生破滅なんじゃないかと思うと、


空さんの怖さより、空さんに巻き込まれる人生だけはごめんだと思ったのです。


「ただ、空はもう少し雨宮さんのこと考えなよ。なんなのそのわがままは?」

「………」

「嫌だって言ってんのにそんなことしたら余計に嫌われて…」

「うるさい。もういい。そんなにウサギがいいなら勝手にしろ!」


空さんはウサギ先輩からのお叱りにツンとそっぽを向いて、何故か拗ねてしまい、とっとと背を向けて行ってしまうのです。


あんぐりするのはわたしだけではないでしょう。


ウサギ先輩が大きなため息をついているので、同じ気持ちを持ってくれたのだと思うのです。


なんでしょうかあれは?!

なんで空さんが拗ねてるんですか?!


ていうかウサギ先輩がなんで出てくるんですか?!


わけのわからないことばかりでわたしが悪いの?!と考え込んでいた中、


「ごめんね、雨宮さん。あいつ面倒臭いでしょ。」


ウサギ先輩が声をかけてくれたので顔を上げていました。


「あの、さっきのはどう言う意味なんでしょうか?どうしてウサギ先輩がいいならって話しになるんですか?」

「さあね。あいつ大分残念な奴だから。俺に隠れたり素直に撫でられる雨宮さん見て、俺を選んだとでも思ったんじゃない?」

「滅茶苦茶すぎて意味わからないんですが?!」

「俺もだよ。あいつの思考回路はどうなってんのかな。マジで友達やめたい。」


ウサギ先輩、苦労してるんですね。


まあ空さんってどっか別次元で生きてるような感じありますもんね。


なんか空豆ちゃんを思い出してしまいました。


可愛い可愛い黒猫の空豆ちゃんも、わたしが勉強に集中していたりする時ほど擦り寄ってくるのですが、


そういう時って逆に構ってあげられず、無視してしまうと拗ねてどこかに行ってしまうのです。


あとで構ってあげようとおやつを持って行って、撫でてあげればご機嫌になってくれるんですが…。


空さんもそんな感じでしょうか?


空さんも、ただ構って欲しくて会いにきてくれたってことでしょうか?


脅すつもりも怖がらせるつもりもなかった、と?


うーん、と考えてみるものの本人に聞かないとわからないことなので答えが出ません。


「取り敢えず近くまで送るよ。家どっち?」

「あ、大丈夫です。わたしここから歩いて5分くらいで着くので。」

「そう?じゃあまた。」

「はい。ありがとうございました。」

「あ、空のことだけど。あれでも悪い奴じゃないんだ。だから…」


嫌わないでやって、と添えてくるウサギ先輩。

なんていい人なんでしょう!


こんなに気遣いができる人、他にいませんよ!


「はい。ちょっとわたしも言いすぎたかもしれません。次会った時はもう一度ちゃんとお話ししてみます。」


まあ次に会いにきてくれるかどうかはわかりませんが。


ペコリとお辞儀をして帰路を辿るものの、やはり明日はわたしから会いに行くべきだろうか?と考えていた。


すごく怖いし関わりたくはないんですが、ちょっと後味悪いので。


おやつでも買って仲直り…、いやそもそも喧嘩したつもりもないんですけど…。


もしかしたら空さんは口下手なだけで、構って欲しいって素直に言えないだけかもしれませんからね。


そこまで考えると近場のコンビニに寄って、空さんは何が好きだろうかとお菓子コーナーで吟味しておりました。


空豆ちゃんなら猫用のおやつですごく喜んでくれるんですけど…。


うーん、と考えながら食べやすいひと口サイズのチョコレートを買ってみました。


ちょうどバレンタインの季節だったために、可愛くラッピングされた商品がたくさんあったのでその中のひとつを。


甘いもの苦手だったら好きなものを聞けばいいだろうし、バレンタインに乗っかっておきましょう。


こういうのは気持ちだし。


うんうんとひとりで納得しながらコンビニを出た時、


「それ、誰にあげるの?」

「え?」


不意に横から聞こえた声に振り返ると、空さんがコンビニの出入り口の前で突っ立っていたのです。


もう暗くなっている寒い外で、上着のポケットに手を入れたまま。


ジッと無表情で見つめられる視線の先にはわたしが購入したチョコレートの箱がある。


「そ、空さん!居たんですか?!え、なんで?!帰ったんじゃ…!」

「それ、誰にあげんの?」

「えっと、」


わたしの話しきいてないですね、はい。


じーっと見つめながら疑問はそこだけのようです。


まあいっか。

好都合だと思いましょう。


明日、わざわざ空さんに会いに行くのは勇気が必要でしたので。


注目なんて浴びたくないわたしからすればこうして鉢合わせられたことは幸運です。


「空さんに渡そうと思って買ったものですよ。」


どうぞ、と差し出すと空さんはピクッと反応してわたしに寄ってきたのです。


なんだかおやつに飛びついてきた空豆ちゃんを思い出します。


「俺に?」

「はい。さっきはわたしも言いすぎたので。仲直り用に。」


甘いものは好きですか?と聞きながら袋から出すと、空さんは素直に受け取ってくれました。


「ウサギじゃなくていいの?」


でもなんだか嬉しそうにしたくせに、次の瞬間にはムッとして問いかけてくるのです。


「あの、なにか誤解してませんか?なんでそこでウサギ先輩が?」

「ウサギにばっか構ってたじゃん。俺が話しかけたりするとすぐ逃げるのに。」

「それは、ウサギ先輩が常識的な人だからであって…」

「俺は非常識だと。ふうん?」


あっそう、と言いながらもしっかりチョコは持ってくれていますね。


やっぱりこの人、構ってほしかっただけのようです。


「だって空さんめちゃくちゃなこと言うから。構ってほしいならそう言えばいいのに。」


わかりにくいです、と思いながら言うと空さんは横目にわたしを確認するなり、


「構ってって遊びに行っても逃げたくせに。」

「う…、それは……」


否定できません。

なにを企んでるんだろうって思ってしまいそうですね、はい。


「ウサギにはそうでもないくせに、俺ばっかり怖がるのなんなの?」

「空さん、二言目には脅すじゃないですか。」

「脅さないと話聞いてくれないじゃん。」

「そんなことありません。ちゃんと聞きます。」


たぶん…と心の中で付け足したことは内緒です。


「じゃあ今度からそうする。だから逃げるなよ。」

「まだ諦めてないんですか?!」

「まだどころか最初から諦めてないし。」

「なんでわたしなんかを…!」

「さあね。俺もすごい不思議。」

「はい?」

「でも仕方ないじゃん。あんたがいいんだから。」


理屈じゃないでしょこーゆーのは、と空さんはあっけらかんとして言い放つ。


告白って勇気がいるものだとばかり思ってましたが、空さんの当然のような態度を見ると告白への見方が変わってしまいます。


サラッとなんども告白されるのに慣れてきたのでしょうか?


告白なんてまともにされたのは今回が初めてだと言うのに。


「じゃ、気をつけて帰んなよ〜。おやすみ〜。」

「は、はい。おやすみなさい。」


なんだか今回はすごいあっさりでした。


さっきまでしつこかったのが嘘みたい。


つまり、空さんが満足するまで構ってあげればしつこくされることもないってことでしょうか?


うーん、空さん。

ほんとうに空豆ちゃんみたいです。


あの人はにゃんこだと思った方が付き合いやすいかもしれませんね。


結構失礼なことを考えながらその日はようやく平和な自分の睡眠を満喫したのでした。