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神道の祭り 何世紀もの日本の伝統を伝え続ける

2018.05.25 05:07

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花火が冬の夜を明るく照らす中、多くの男女、そして十代の若者たちがワッショイ、ワッショイ(「素晴らしい」の意味)と叫びながら高くそびえるちょうちんで飾られた 6 台の山車の最後の1つを小高い丘の上に、さらに町の中心部へと引っ張る。神道の祭りの最高潮の瞬間だ。この祭りは元々は収穫感謝祭であったが、二人の地元の神が年に一度相まみえる行事へと発展したものだ。

この「秩父夜祭」は、その起源が千年以上も昔にさかのぼり、巨大な山車で有名な日本の三大祭りの1 つ。山車の高さは7メートルを超え、重さは 15 トンにもなる。山車は大きな木製の車輪で通りを進む。これを引くのは、何百人もの住民たちだ。伝統的な祭り衣装を身につけている。鉢巻、黒のすねあて、そして日本語の文字で派手にデザインされた厚手の綿の上着。太鼓や笛、そして元気いっぱいのかけ声に合わせて引っ張る。

神道は、何世紀も前から続く日本固有の宗教だ。自然信仰であり、森や川、山などの自然に宿る何千もの神つまり精霊の存在を信じるものだ。人々は精霊と調和して生きるよう教えられ、精霊に助けを求めることができる。人々の先祖も神となり、生きている者たちを助けることができる。

この 2 日間にわたる祭りは古い伝統に根ざしており、村人たちが種まきや収穫の時期に助けてくれた近くに住む山の神に感謝を捧げるものだった、と語るのは園田稔氏。秩父神社の宮司であり、以前は京都大学で宗教学の教授を務めていた。2016 年、国際連合教育科学文化機関は、この祭りを無形文化遺産に指定した。「自然の恵みを祝う時なのです」と園田氏は語った。

中世、この祭りは近くに住む山の神と町の女神との年に一度の逢引きを祝福するものに発展した。女神を華やかな箱舟状の箱の中に据え置き、白色の衣装を身につけた男性たちが通りから中央部の公園まで運ぶ。女神がそこで待っていると、6 台の山車がゆっくりと人々の集まるその広場に集結する。

山車が到着するたびにお祝いの花火が上がる。

最近では、毎年 12 月に約 20 万人が集うこの祭りを見に訪れる多くの日本人は、どちらの物語のことも知らないし、その祭りは自分たちにとって宗教的な意味合いがあるわけでもないと言う。ただ、その伝統は守り続けたい。東京から北西に電車で約 90 分のその町を訪れるのは、単に楽しめる文化体験のためだ。

秩父で開催される秩父夜祭の前に、伝統的な法被(はっぴ)姿で自撮りの準備をする参加者。AP通信社

「私はこの花火と食べ物が好きなのです。純粋に楽しむために。宗教的な側面についてはあまり考えません」と、ミツオ・ヤマシタ(Mitsuo Yamashita)氏は語った。69 歳ですでに現役を退いており、過去15年間この祭りに通い続けている。 「日本人はあまり宗教的ではないですが、ある意味ではあらゆる面で信心深いと言えます」

日本人の多くが、場面ごとに自由に宗教を混ぜ合わせる。正月には神社に詣でる。葬式は仏式。結婚はキリスト教の結婚式。クリスチャンは人口のわずか1% だが、結婚式は教会でというカップルは多い。 「それが、日本人の考え方が柔軟であることを意味するのか、信念がないことを意味するのかは、よくわかりません」と Yamashita 氏は述べた。

宗教の異なった見方

祭りの日の午後、通りをブラブラと歩くのは女子高生たち。祭りの衣装で着飾り後になって山車を引っ張るのに参加したが、その祭りは自分たちにとって

宗教的な意味合いはない、と言った。しかし、女子高生たちはその日の晩に二人の神が会うという物語を信じていると強調した。その女の子たちは、ツリーにデコレーションをしプレゼントを贈ってクリスマスを祝うこともする、と言う。異なる宗教を混合することは問題ない事だ、と。

『何ともないよ!普通のことだよ。日本人はみんなそうだよ」と言うのは、18 歳のリオ・ニシミヤ (Rio Nishimiya)さん。

「日本人は考え方が柔軟だから」と言うのは、友人で同じく18 歳のメイリ・シマダ(Meiri Shimada)さん。「良いことだと思う!」

こういったものの見方は、多くの日本人に共通だ。宗教の受け止め方は曖昧である。多くの人が自分たちは宗教を信じていない、と言うが、毎年何百万人もの日本人が全国の神社や寺を訪れ、家の神棚に手を合わせる。

宗教に対する見方は、日本を含むアジアのいくつかの地域では、西洋やイスラム世界とは異なっている。西洋やイスラム世界では、重点は個人の信仰、そして信条の集まり、つまり教義にあり、聖書やコーランなどの神聖な原典に基づく。

日本では、宗教とは個人の信仰というよりも、むしろ文化的、共同社会的、そして儀式的なものだ。

神道には神聖な原典も明確に定義された神学理論もない。日本人の多くは、神道を概説するのに苦労するだろう。「命の宗教です」と宮司の園田氏は述べた。「先祖から伝承されるもので、親から子へと受け継がれる精神性を与えてくれるものです。これは人間にとってだけのものではありません。私たち人間は、動物やあらゆる生物ともつながっています。そういったもののおかげで、私たちは生きていられるのです」

「『世界観』とでも表現すべきものかもしれません」と同氏はコメントしている。

日本にどれだけの神道の信者がいるのかは確認されていない。理由は簡単で、数えられるような決まった何かがないからだ。「『信者』という言葉は使いません」と園田氏はいう。毎週の礼拝もないし、神道を広める宣教師もいない。

共存

日本全国には8万以上の神社があり、同じぐらい多くの仏教寺院も存在する。これらの宗教は、仏教が6世紀に日本に伝来してからというもの、概して平和裏に共存してきた。中国から伝来した儒教思想とともに。

その長い共存の歴史が、日本人の宗教に対する姿勢を説明する大きな要因のひとつだ。「宗教はそれぞれ異なる役割を持ち、神道、仏教、儒教の 3つが日本文化を形作りました」と語ったのは、島薗進氏だ。イエズス会系の大学である東京の上智大学の宗教学教授である。「教義と呼べるものはありましたが、これらの宗教はいずれも排他性を強調することはしませんでした。思想や哲学をこのように組み合わせるのは、東アジアでは一般的です」

一般の日本人の間での神道への関心は、一定の割合で常にあり高まってさえいる、と専門家は指摘する。日本で最も重要な神社である伊勢神宮への参拝は、その数が近年増えており、2019 年 11 月までの期間で 890 万人に上った。2018 年は同期間に780万人、2017年は年間850万人であった。

神道は日本の皇族とも深く結びついており、天皇は太陽神である天照大神の末裔であるとされている。

第二次世界大戦中、神道は国教として地位を高められ神と見なされた天皇の名のもとに戦いが行われた。戦後、天皇の神格は否定され、米国が起草した憲法が宗教の自由と政教分離を保証している。AP 通信社