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疫病と人類知 ②

2018.05.26 02:59

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82481 【年収や性別で変わる“不安感”や“孤独”…そこに付け入る偽りの「秘薬」】より

コロナウイルスが増幅させた“退屈”と“孤独”

2020年4月、感情の健康を測るために実施されたある全国調査で、かなりの割合の人が大きな苦痛を感じている領域が明らかになった。2019年の世論調査と比較すると、2020年にはいくつかの回答結果で悪化が見られた。

喜びを感じていると回答した人の割合は、2019年の83%に対して64%だった。心配(35%に対し52%)、悲しみ(23%に対して32%)、怒り(15%に対して24%)と、いずれも前年よりも高くなっていた。

また2020年には、かなりの割合の人が退屈(44%)で孤独(25%)だと回答している。人々は、新型コロナウイルスの病気とその影響の両方を心配していた。たとえば、2020年4月末に実施された別の調査によれば、アメリカ人の67%が、自分がコロナウイルスに感染することを「やや心配している」または「非常に心配している」とした。

その一方で、アメリカ人は家族がコロナウイルスに感染することを心配する人のほうが多く、79%の人が不安だと回答している。臨床面を重視した別の研究では、2018年に、アメリカ人の3.9%が重度の精神的苦痛を抱えていたのに対し、2020年4月には、13.6%が重度の精神的苦痛を抱えているとされ、長期の精神疾患を発症する深刻なリスクにさらされている。

女性は孤独と不安にさらされやすい

パンデミック時のアメリカ人の感情は、世帯年収や性別などの要素によって異なる。世帯年収が3万6000ドル未満の成人は、9万ドル以上の人に比べて、幸福を感じている人が少ない傾向にあり(前者56%、後者75%)、不安(前者58%、後者48%)、退屈(前者49%、後者39%)、孤独(前者38%、後者19%)を抱く傾向があった。女性は男性と同程度に幸福を感じていると回答したが(女性71%、男性73%)、男性よりも不安感が強く(女性51%、男性44%)、孤独感が大きいと回答している(女性27%、男性20%)。

その後、疾病曲線を平坦にするための対策が十分に進行してから実施された別の調査では、新型コロナウイルスに感染する恐怖がわずかに低下したが(4月には57%が不安を感じていたのに対し、5月には51%)、深刻な経済難に対する不安がわずかに上昇した(4月には48%、5月に53%)。

しかし、こうした不安にもかかわらず、以前の状態に戻る前にウイルスを制御しなければならないことを、アメリカ人は大方理解していた。全体としては、少なくとも3分の2のアメリカ人が、この時期に通常の日常活動を再開するためには、次の条件を「非常に重要」だとみなした。

1、新型コロナウイルス陽性者の隔離の義務化

2、新型コロナウイルス感染症の予防と治療のためのより有効な薬物療法の確立

3、新規症例数や死者数の大幅な減少

「奇跡のミネラル溶液」…偽りの秘薬がはびこる

ウイルスの治療法とされるものに関しても、偽りの情報が氾濫した。まるでタイミングを見計らったように、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生した直後から、ありとあらゆる金目当ての売り手が、効かない、または効くはずがない、いかがわしい秘薬を世に出すようになった。

彼らの多くは、影響力のある現代のメディアツールを利用して、何百万人もの人々に売り込めるようになった。「ジェネシス2 健康と癒しの教会」と名乗るフロリダのある組織は、普通は工業化学物質として使われる漂白剤を成分とする、「コロナウイルスのための神聖な秘薬」の販売停止を判事から命じられた。同組織は、万能薬とされるこの製品を、「奇跡のミネラル溶液」と表現した。

サンディフック小学校銃乱射事件の否定論者であり、他人の悲しみから利益を得る方法を際限なく模索しているように見えるマスコミ界のアレックス・ジョーンズも、これに加わった。ブログ、オーディオ・フィードとビデオ・フィード、オンラインストアで構成される彼のInfoWarsでは、コロナウイルス治療薬として、コロイド銀を含む製品の販売を始めている。この物質に既知の抗ウイルス効果はないが、過剰に摂取すると肌が青くなる。「この物質は、あらゆる種類のSARSコロナウイルスを至近距離で殺す」と、彼は2020年3月10日のライブストリームで語った。

N-アージェティクス(N-Ergetics)というオクラホマの会社は、「コロイド銀は、7つのヒトコロナウイルスをすべて殺せることで知られる唯一の抗ウイルスサプリメントである。……この中国の武漢インフルエンザ肺炎に対しては、100年以上にわたり、インフルエンザウイルスからパンデミックまで、コロナウイルスを試験管で死滅させてきた、従来とは異なる治療がある」との見解を述べた。人間に感染することがわかっているコロナウイルスの正確な数をきちんと指摘したことは、売り込み方としては気が利いているかもしれない。また、詐欺師(1980年代のテレビ伝道師で前科者)のジム・バッカーでさえもこの動きに加わり、同じように銀を成分とする製品を販売していた。

ハーバル・エイミー(Herbal Amy)やクインエッセンス・アロマセラピー(Quinessence Aromatherapy)のようなハーブ療法の会社も、この機会を利用しようとして動き出した。漂白剤や銀入りの治療薬の販売者と同じように、彼らにも食品医薬品局(FDA)や連邦取引委員会(FTC)から警告書が送られてきた。

カリフォルニアを拠点とするグルナンダ(GuruNanda)はソーシャルメディアとウェブサイトで、「この新しいコロナウイルスとは何でしょうか、どうしたら予防や治療ができるのでしょうか?」と消費者に問いかけ、同社のフランキンセンス(乳香)製品の使用が「感染の可能性を減らす」方法だと言葉巧みに売り込んだ。

ロサンゼルスでは、動物愛護活動家が、コロナウイルスを治療できると謳ってハーブ系サプリメントを違法に販売していたとして、FTCから販売の中止を命じられた。ホール・リーフ・オーガニックスという名前で販売されていたその製品には、新型コロナウイルス感染症を予防し治療するとされる、「手作業で選別された16種類のハーブ抽出物」が含まれるとしていた。

デマをビジネスに変える美容インフルエンサー

インスタグラムでは、ミシェル・ファンのような「美容インフルエンサー」たちが「エッセンシャル・オイル」を病気の治療法として宣伝していた。やはりインスタグラムで、「ウェルネスの第一人者(グル)」のアマンダ・シャンタル・ベーコンが「植物に基づく錬金術」を使うことを提案していた。カリフォルニアの牧師はオレガノのオイルを勧めていた。ほかにも数多くある。

いんちき製品の氾濫を察知したFDA(アメリカ食品医薬品局)は、2020年3月6日に、「コロナウイルスによる病気の治療または治癒に利用可能なワクチン、錠剤、飲み薬、ローション、トローチ、その他の処方箋や市販品は、現在存在しない」と警告する公開書簡を発表して、この流れを食い止めようとした。

しかし、真実が靴を履いている間に嘘は地球の裏側まで行っている。


https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82501 【銃販売の急増、在宅勤務、化学力向上…パンデミックがもたらしたもの】より

アメリカで銃の販売が急増

黒死病が流行したときに少数集団が標的にされたように、疫病が引き起こした分裂は暴力と社会不安へと変化するおそれがある。病原体自体の危険性はあまりないかのごとく、敵対し合うことを心配しなくてはならなくなる。莫大な経済的損害や病気の蔓延、死者の増加を考えると、アメリカ社会が深刻な争いに直面するのではないかと思うのも無理はない。

アメリカで銃の販売が急増したことから、パンデミックに襲われるなかで、人々はどうやらこの可能性を懸念していたようだ。2020年3月には190万丁以上の銃器が売れ、過去最高の銃器所有率を記録した。銃情報のオンライン検索も過去最高になった。銃の購入は食料やガソリンの購入と同じくらい必要不可欠なものとみなされ、州知事は銃器店の営業継続を認めた。幸いなことに、世界ではこれまでのところ、ウイルスを直接の原因とする深刻な暴力のアウトブレイクは免れている。

新型コロナウイルス感染症を深刻視することを難しくした特徴の1つは、(ほとんどの場合は)目に見える症状がないことだった。コレラは、患者がやせ衰えるほどの大量の下痢と脱水症状で死亡する。天然痘は、ひどい痘痕(あばた)を残す。ペストは、膿瘍や皮膚の変色などを起こし悪臭を放った。1918年のスペイン風邪では、患者は青黒くなり、息を切らして死んだ。病気の致死性の高さ以外にも、このような症状の可視性が一般の人々の行動に拍車をかけた。

そのうえ、新型コロナウイルス感染症の場合は、メディアがかろうじて視覚的にとらえた死者――高齢者施設の床やトラックの荷台に積まれた、シートにくるまれた遺体など――は、非現実的で実感がわかなかった。このように、多くの病人が医療施設に隔離されているか家に1人でおり、亡くなるときの苦しみを伝える人がいなかったために、また、ほとんどの報道は目に見える経済崩壊の兆候(シャッターを閉めた店やフードバンクに並ぶ人の写真)を中心に取り上げていたため、アメリカ人はウイルスが恐ろしい働きをするさまを見ていなかった。新型コロナウイルス感染症の犠牲者やその追悼でさえも、奇妙なことに舞台裏の出来事となり、理解しづらくなった。

「わたしたち」の問題にして闘う

これは病原体と闘うためにわたしたちが団結する力にも影響を与えた。死のリスクが遠く、抽象的なもの――わたしたちの問題ではなく彼らの問題――に思われる限り、自分たちの生活への経済的な犠牲と混乱は不当なものに思われた。「あれはシアトルの老人ホームにいる十数人の高齢者の話だ」とか、「食肉加工業者の話にすぎない」とか、「ニューヨーカーの話にすぎない」などと、自分自身に思い込ませて安心することができた。

よって、疫病の時代に現れる社会の分裂のなかでも、おそらく最も重大な意味をもつものは、死んだ人を知っている人と、知らない人との間の分裂である。とはいえ、さらに多くの人が亡くなり、亡くなった人を知っているか、死んだ人を間近で見る人が増えるようになるほど、この疫病が現実味を帯びるようになり、協調した対応が重要だと思うようになるだろう。

10万人の死者に対して、その人と親しかった人が100万人おり、その人を個人的に知っていた人が1000万人いる。死者が増えるにつれて、徐々にではあるが確実に、これはわたしたち全員に影響を及ぼす問題であることを理解するようになる。

この病原体の発病率の違いが既存の社会経済的な境界線に沿っていたことから、人々の間の違いがより顕著になった。また、こうした違いは実在し、目立つ場合が多いが、それらを過度に強調することは、現実的にも道徳的にも害を及ぼしかねない。現実面での問題としては、共有する脆弱性ではなく集団間の発病率の違いを強調する限り、問題をほかの誰かのものだとみなし、自分たちの苦境を人のせいにしがちになる。

最も有益なことは共通の人間性を強調することではないだろうか。パンデミックに立ち向かうために必要なのは、団結と疾病をコントロールしようとする全体の意志なのだ。

パンデミックによって向上する技術

複数の業界で新たなチャンスが生まれている。家に閉じこもらざるをえないので、発明家が創造的な時間をもてるようになり、特許出願のペースが上がっているという指摘もある。パンデミックによって、自律型ロボット工学の向上が加速するかもしれない。

新型コロナウイルスの患者の病室や治療場所に出入りする最前線のスタッフや病院職員を保護するために、化学薬品を使って(あるいは、さらに効率的に紫外線を使って)物の表面を清掃するロボットが、多数配置されている。ほかにも、レストランから食べ物を配達するロボットも全米各地で使われている。

非接触型の支払い方法はすでに普及しているが、まるでウォークイン自動販売機のように、自動精算機を備えた、完全に自動化されたコンビニエンスストアが登場するかもしれない。

労働条件も変わるだろう。パンデミック以前は、アメリカのシフト労働者の約半数には有給の病気休暇が認められていなかったため、ほとんどの労働者は病気になっても出勤していた。だが、感染症の力学からすれば、これがまずいことは火を見るよりも明らかである、そこで、アップルからピザの宅配会社に至るまで、多くの企業は初めて時間給労働者に有給の病気休暇を付与した。

労働者が新型コロナウイルスにかかった場合は家にいるように促すため、企業は手当を増やした。このような方針は、企業がその知恵を理解しているか、法律によって施行されるか、労働者が要求するかのいずれかの理由で、ウイルスが収束したあとも存続する可能性が高い。

在宅勤務への移行も残るだろう。ポストパンデミック期には、多くの従業員の勤務時間が短縮されたり、学校の日程と足並みをそろえたりするようになるだろう。すでにオフィスでの仕事を廃止している企業もあり、それに続く企業も現れるはずだ。タタ社のN・チャンドラセカランは、規模も業績も世界屈指の経営コンサルティング会社であるタタ・コンサルティング・サービシズの45万人の従業員のほとんどが、パンデミック後も在宅勤務を続けるだろうと予測している。

パンデミック以前は、同社の従業員(インド、アメリカ、イギリスなどの)のおよそ5分の1が在宅勤務をしていたが、パンデミック後は4分の3が在宅勤務となると同氏は述べている。「デジタル・ディスラプションは想像もつかないほど大きい」とチャンドラセカランは語る。「パンデミックはデジタル・トレンドを加速させたが、それはパンデミックが去ったあとにも残るだろう」。

ツイッター、スクエア、フェイスブックなどのテクノロジー企業は、パンデミック後も従業員の在宅勤務を恒久的な選択肢にすると発表した。クアルトリクス(Qualtrics)のCEOであるライアン・スミスは、「わたしたちは一方通行のドアを通り抜けた。一部の組織がリモートワークを恒久的にすると示していることもあり、もう後戻りはできない」と述べた。

確かに、早い段階で行われた複数の研究で、この移行は予想外に円滑だったことが明らかになった。ある研究によると、アメリカではロックダウン開始後の最初の2週間は、オフィスワーカーの仕事の満足度とエンゲージメントが著しく低下したが、8週間が経過して環境に適応するようになると、仕事の満足度は急速に回復したという。ある従業員は次のように語った。「何もかもが普通になり、奇妙な感じがする――バーチャル会議、電子メール、みんなのだらしない格好」。

また、この経験は、「『1時間の会議に出るために飛行機で全国を飛び回る』ことが当然だという意識に、永遠に終止符を打った」と、あるCEOは感じているという。

働き方の変化はこのまま定着

こうした経験に対して肯定的な声が聞かれるので、変化の多くはおそらく恒久的なものになるだろう。アメリカ経済に強いられた在宅勤務の全国的実験は、生産性の低下や労働者の疎外感の増加が見られた、企業が以前実施した独自の取り組みよりも好ましい成果をもたらした可能性がある。それはなぜなのだろうか? 2つの大きな要因があると思われる。

第1に、今回の実験では、ほかの従業員から異常だとレッテルを貼られるような少数のグループだけでなく、組織の全員が在宅勤務をしており、取引相手も在宅勤務をしているということだ。第2に、団結してこの体験をさらに機能させようという意識が人々の間に働いていることだ。これまでは、在宅勤務の従業員は自分が取り残されているという感覚を普段抱いており、あまり組織に貢献できていなかった。

とはいえ、このような変化を恒久的なものにすると、別の問題が発生することになる。それは、新入社員を会社の一員として受け入れても会社の基準に適応させづらいといったことから、オフィスという物理的な空間での思いがけない(しかも往々にして革新的な)接触の機会が失われるといったことまで多岐にわたる。

さらに、あまり歓迎できない変化に見舞われる可能性もある。企業によっては、試験監督のような監視を在宅勤務者に試みるところもあるかもしれない(たとえば、キー入力の監視・記録システムを使って従業員が仕事をしているか確認したり、電子メールやカレンダーを厳密に追跡したりするなど)。


https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82538 【科学者<政治家‥!? 科学者は政治家の「便利なご意見番」なのか?】より

サウンドバイト(※1)時代の科学の役割

近年の社会を悩ませてきたとわたしが考える、ある種の政治的・文化的傾向を、パンデミックはもしかすると逆転させるかもしれない。パンデミックの初期に、過去20年間にわたる知的生活の衰退が、ウイルス蔓延に対処する際の障壁になるのではないかと不安を抱いた。

政治の硬直化や地理的に分離された生活パターンにより、世間の人々は対立する考えを受け入れなくなっており、気候変動から大量投獄に至るまで、さまざまな社会問題への対応に支障をきたしている。その他多くの扱いづらい収束的な特徴とともに、この知的衰退がパンデミックへの対応を困難にするのではないかと危惧した。

何よりも、科学の軽視がますます進んでいる。科学は政治的な目的に資するためにあると見なす人が増えた。事実の客観的評価が可能だという基本的な考えさえも、多くの人々は放棄していた。

一般の人々の科学的リテラシーも低い。アメリカ人の38%が、過去1万年の間に神が現在の姿の人間を創造したと信じている。アメリカ人の25%以上が、太陽が地球の周りを回っていると信じている。61%の人は、宇宙がビッグバンから始まったことを正しく認識できない。ワクチンの有効性を否定する人がかなりの割合を占め、また、政府が国民をコントロールするために飛行機の排出ガスを利用しているといった、荒唐無稽な陰謀論を信じている人もいる。

科学の重要性の否定とは別に、政治的信条の両極にいる過激主義者により、専門知識の軽視と反エリート主義の推進がわたしたちの社会で行われている。専門家は世事に疎いエリートとみなされ、専門知識は、大衆を犠牲にして特権階級のためにリソースを得ようとする一種の陰謀だとみなされている。

だが、多くの人がさまざまな職に就き専門技能を磨くことに人生を捧げている。社会学者のエバレット・C・ヒューズが、1人の人間の緊急事態は別の人間の普段の仕事であると指摘したことは、よく知られている。自宅の配管に大量の水漏れが発生したとき、あなたにとっては非日常的な出来事で緊急事態である。しかし、修理に来た配管工にとっては日常的な出来事だ。

人間が都市に居住するようになり、専門性を築き、物だけでなく知識も交換する方法を開発するようになった頃から、社会はこのように組織化されてきた。整備士や外科医を探すときには、その専門知識や能力を求めているのだ。

※1 サウンドバイト

ニュースのために短く切りとられたり、一部が引用される専門家や政治家の発言]

科学者は研究室に留まり、政策に口出ししてほしくない

皮肉なことに、科学や専門知識を軽視するこうした傾向は、科学者に対する敬意と共存している。2020年4月末に実施されたある全国調査では、全米の人口の大多数が科学者や医師を信頼しているという結果になった。たとえば、88%のアメリカ人は、CDC(アメリカ疾病予防管理センター。伝染病防止を担う政府系の主要機関)をある程度、あるいはかなり信頼しており、96%が病院や医師に信頼を寄せており、93%が科学者や研究者を信頼していた。

では、国のパンデミック対応の多くが論争の的になったという不可解な事実をどう考えればよいのだろうか? わたしが思うに、人々は個人的・宗教的・倫理的価値観と矛盾するまでは科学を信頼している、ということではないだろうか。ほとんどのアメリカ人(73%)は、科学は社会に肯定的影響を与えるものだと信じている。また、科学者は公共の利益のために行動すると、86%のアメリカ人が「大いに」または「かなり」確信している。

だが一方で、多くのアメリカ人は、科学者には研究室の中に留まり、政策には影響を与えてほしくないと望んでいる。アメリカ人の60%は、科学者は「政策論争に積極的な役割を果たすべきだ」と答え、39%は、科学者は単に「健全な科学的事実の確立に専念すべきだ」と答えた。これは支持政党により意見が分かれており、科学者が積極的役割を果たすことを支持しているのは、民主党寄りの市民の73%に対し、共和党寄りの市民の43%となっている。しかし、核戦争から障害者の権利まで、科学者は重要な問題の最前線にいることが多い。

実際、科学の専門家がそれ以外の人よりも優れた政策決定をするかどうかについて、アメリカ人の間で意見は半々に分かれており、45%が「する」と答え、48%が「しない」と答えている(残りの7%は、専門家の決定はそれ以外の人の決定よりもたいてい劣ると答えている)。

科学に対する全般的信頼にもかかわらず、多くのアメリカ人は疑念も抱いている。63%が科学的方法は「通常正確な結論を出す」と答えているが、35%は「研究者が望む結論を出すために使われる可能性がある」と考えている。

アメリカ文化のこうした不幸な特徴は、夢想家、ペテン師、ヤブ医者を受け入れてきた何世紀にもわたる歴史と相まって、政治的にとくに分極化した2020年という年と交錯したことで、状況を一層悪化させた。

いかなるときでも証拠をできる限り正確に理解することが、エピデミックの制御にあたっては非常に重要だった。ファウチ医師はインタビューのなかで、このような脅威との闘いにおける科学の重要性について、次のように説明しようとした。

「遅かれ早かれ、本当に真実であることが、それこそ繰り返し確認されるだろう。真実だと真摯に思っていたことがそうではなかった場合、科学的プロセスを何度も何度も繰り返していると、突然、『あれは何かおかしい』と気づくことがある。自己修正を受け入れられるほど、科学が謙虚でオープンで透明性がある限り、それは美しいプロセスなのだ」。だが、たとえばマスクやワクチンの有効性についてなど、科学的知見が政治的発言として解釈されると、科学は意図した通りに機能できない。

政治家は、科学的に間違った情報を当初から広めていた

最後に、アメリカ社会では公共の言説における微妙な差異を受け入れる能力が失われている。諸問題や政策が、白か黒かはっきり区別されるものとして枠にはめられ、またそのように見なされる。グレーの濃淡や複雑さに対する許容度が低いのだ。そのため、このパンデミックで何が起こるか正確にはわからないが、多様な選択肢があり、それぞれが一定の確率で存在するので、状況に応じて行動すべきだと、科学者が伝えることが難しくなる。やみくもに信頼することも、完全なパニック状態に陥ることも正当化されない。

サウンドバイトの時代に、理解し始めたばかりの病原体の複雑さに科学者が対処することは、容易な仕事ではない。感染症のアウトブレイクは指数関数的に拡大するため、意思決定者が気づきにくく、結果として一般市民への対応が遅れることが多くなる。

これまで述べてきたように、複雑で不確実で危険な時代に簡素と確実性を求めれば、当然ながら、政治家や宣伝屋が嘘や誤った安心感を広めるようになるだろう。大統領とホワイトハウスの側近を含むアメリカの政治家たちは、明らかに科学的に間違った情報を当初から広めていた。無症状感染は実際にありえた。非医薬品介入は実際に何千人もの命を救った。新型コロナウイルスは実際にはインフルエンザよりもはるかに深刻だった。