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⑫「いいですよ、そういうことしても」のシーンはみくりが初めて見せた成長の兆し?

2016.12.18 13:00


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田中「まず、あん時のみくりの『いいですよ、私は。平匡さんとだったらそういうことしても』っていう態度が大胆すぎるって意見もあるみたいだけど」

小林「まあ、あるでしょうね。世の中には、女性が性欲を持ってるっていう、ごく当たり前のことすら受け入れられない男もいますからね」

田中「音楽・映画ジャーナリストの宇野維正とかね」


PJハーヴェイ特別対談 田中宗一郎×宇野維正


小林「でも、みくりらしいっちゃあ、らしいじゃないですか。唐突だし」

田中「いや、違う。あの行動は『逃げ恥』が始まって以来の彼女のすべての行動とは明らかに逆なんですよ」

小林「というと?」

田中「これまでずっと理性と論理でのみ行動してきたみくりが、初めて感情と欲望に素直に従ったシーンなんですよ」

小林「う~ん。でも、そう言えば、そうかもしれない」

田中「で、みくりのあの大胆な態度って、傷つくのに慣れすぎちゃった人の典型でもあると思うんだよね」

小林「傷つくのに慣れすぎちゃった人?」

田中「俺みたいな」

小林「知りませんよ! なんか今日は自分に寄せてきますね」

田中「要はさ、みくりって、自分が良かれと思ってしてきたことがことごとく裏目に出てきた人生なわけじゃん」

小林「あまりに想像力豊かなもんだから、他人からは言動が素っ頓狂だとか、突拍子もないと思われたり。あと、良かれと思って、他人のことを分析的すぎたり、思わず詮索したり」

田中「で、知らず知らずのうちに周りの人たちを傷つけてきたわけじゃん。それで他人からは迷惑がられたり」

小林「彼女自身には悪意はないんだけど」

田中「ドラマのいろんなプロット観る限り、これまでもずっと全部そうだったわけでしょ」

小林「恋愛でも仕事でもそうですよね」

田中「でも、どの行動も感情に導かれた行動じゃないんですよ」

小林「確かに。常に彼女なりの論理がありましたもんね」

田中「そう。でも、それが人には伝わらない」

小林「人は感情的な生き物だから」

田中「その通り。だからこそ、論理でしか考えない彼女の言動はまわりの友人たちからは冷血なものとして映ってきた」

小林「で、傷つくんだけど、自分のせいにしちゃう。それもまた理性的な行動だ、と」

田中「そうなると、もう何をしていいのか、わかんなくなっちゃうのよ」

小林「つまり、自分の行動の基準が失われてしまう、と」

田中「それが積み重なっちゃうと、最後はその時々の自分の直感とか、欲望に忠実になるしかないんですよ」

小林「え? どうして、そうなるんですか?」

田中「だって、それまでの経験から、どれだけ理性的に、合理的に考えようが、結局は上手くいかないと思っちゃうわけだから」

小林「あー」

田中「傷つきすぎた人間というのは、最後の最後はもはや自分の直感とか、欲望ぐらいしか頼るものがなくなるんですよ。ま、責任は本人にあるんだけどね」

小林「なるほど。そう考えると、あの『いいですよ、私は。平匡さんとだったらそういうことしても』というのもなかなか重みがある行動なわけですな」

田中「あの行動も、『みくり=突拍子もない』という文脈で見ることも出来るけど、でも、それまでの彼女の突拍子もなさというのは彼女の合理性とか論理性に裏付けられてたわけじゃん。でも、あの瞬間は違うでしょ」

小林「感情や欲望に素直になっただけですよね」

田中「もうひとつあるとすれば、『平匡なら、自分を受け入れてくれるんじゃないか?』っていう直感があったかもしれない」

小林「で、それもみくりらしからぬ非論理的な行動だった、と」

田中「でさ、結局は上手くいかなかったわけだけど、また自分のせいにしちゃったわけじゃんか。平匡に腹を立てながらも。『理性的に考えれば、自分の方が間違ってた』つて」

小林「実際、みくりは平匡を責めはしませんでしたからね」

田中「ただ、状況としては受け入れられないから、いたたまれなくなって、平匡の部屋から出ていっちゃうんだけど」

小林「そう考えると、二重に切ないですなー」

田中「でも、あの時のみくりは初めて自分の直感や欲望に従ったわけじゃん。要するに、恋愛感情という狂気を受け入れて、理性よりもエゴを優先したわけですよ」

小林「ですね」

田中「つまり、実は、この場面は、このドラマの中で、初めて彼女が見せた成長の兆しだったんですよ」

小林「というと?」

田中「だって、ずっと彼女は理性だの、論理性だの、合理性だのに従って、自分の感情をずっと押し殺してきたわけでしょ? でも、それじゃダメなのよ」

小林「ダメ? 何故?」

田中「てことは、何よりも彼女が大切にしている理性や論理性、合理性という価値観だけは無傷なまま担保されるんですよ」

小林「なるほど。自分自身はいくら傷つこうとも、悪いのは自分の感情や欲望、エゴだ、と納得出来るから」

田中「でも、やっぱりそれもダメなのよ」

小林「何故?」

田中「だって、さっき小林くんも言ってたけど、そもそも人間というのは感情と欲望の生き物なわけじゃん。それを否定しても意味ないのよ。でしょ?」

小林「なるほど。感情と欲望を解き放って、かつ、それを乗りこなしていくことこそが人としての成長だ、と」

田中「理性や論理というのは、本当の意味でのウィズダム、英知へと至る最初の入口でしかないんですよ」

小林「お、なんかパンチ・ライン来た!(笑)」

田中「これ、『スター・トレック』映画のミスター・スポックの台詞なんだけどさ」

小林「借り物かよ!」

田中「どっちにしろ、理性や論理、それと感情や欲望を両立させてこそ、初めて人は成長するんですよ。その時にこそ、その相反するふたつが昇華されて、思いやりや慈しみに変わるっていう」

小林「なるほど。タナソウさんの中では、愛情や理性よりも、思いやりや慈しみの方が上位概念なんですね」

田中「だって、この世の中にそれ以上に大切なものなんてないよ!」

小林「また興奮し出しちゃった」

田中「で、『逃げ恥』はそれを描こうとしてるわけじゃん!」

小林「製作者も迷惑な話ですよね。こんなに身勝手な解釈や身勝手な期待をされたりすると」

田中「でもさ、特に恋愛感情なんて、下手すりゃすぐに執着に変わっちゃうわけじゃんか」

小林「ですね。しかも、執着というのは、思いやりや慈しみとはまったく逆の概念ですからね」

田中「巷のラヴ・ソングが歌ってる愛なんて、ほぼ90%が執着についての歌なわけですよ」

小林「でも、星野源の“恋”はそうじゃない、と」

田中「で、『逃げ恥』の大半のキャラクターがどうにもチャーミングなのは、第三者に対する愛情がエゴイスティックな執着に変わることだけは絶対に回避しようとしてるところなわけじゃんか」

小林「恋愛に自信がないだけじゃないんですよね。それはよくわかります」

田中「でも、それじゃダメなのよ。平匡もみくりもダメ。どうしようもなくダメなの」

小林「え? どこかどこが?」

田中「平匡は自分の心の平穏を優先することで、恋愛から逃げようとするよね」

小林「ですね」

田中「みくりにしても自分がどれだけ傷ついても、ずっと自分の支えになってきた論理や理性をかなぐり捨てはしないでしょ」

小林「強いて言えば、『いいですよ、私は。平匡さんとだったらそういうことしても』のシーンが初めてですよね」

田中「言ったら、それも執着なんですよ。自分自身の何かを守ってるだけなの。守るべき自分とか、ホントどーでもいいのに」

小林「そんなものにかまけてるうちはガキだ、と」

田中「もっと感情や欲望に振りまわされて、もっともっと傷つかないとダメなんですよ。二人とも」

小林「でも、ドラマのタイトルは『逃げるは恥だが役に立つ』じゃないですか。要するに、『つらい時には、逃げちゃえばいいんだ!』ってことでしょ?」

田中「俺も基本的にはそう思う。必要以上に傷つく必要なんかないわけ。逃げ出せばいい。特に、自分の正しさを証明するために闘う必要なんかない、と常々思ってる」

小林「いきなりザ・フーの歌詞の引用ですか(笑)」

田中「でも、誰かと距離を近づけたいと思うなら、必ず傷つくことからは逃れられないのよ」

小林「今度はATフィールドですね」

田中「だって、逃げても逃げなくても必ず傷つくんですよ」

小林「平匡の場合、自分が逃げたことで、みくりを傷つけ、そのことにようやく気付くことで、また自分も傷つくことになった」

田中「で、そうやって傷ついて、そこから学ぶことだけが成長なんですよ」

小林「つまり、一度は逃げたことが役に立った、と」

田中「ホント子供は手間がかかるな、っていう」

小林「いやいや、別にあなたの子供じゃないんだから。でも、そういうところがチャーミングなんでしょ?」

田中「うん。めっちゃキュート」

小林「(笑)じゃあ、二人にどうなって欲しいんですか?」


<続く>