迷える子羊❼
007.迷える子羊
みなさん、おはようございます。
今日はいい天気なのでわたし、あまりしない外出中です。
「やっとマトモな休日だ〜っ。」
隣でげっそりしている空さん。
昨日、映画鑑賞を一日中やっていたのですが、どうやら空さんはあんまり映画とかドラマを見て楽しむという感覚はないらしい。
なので今日は空さんが過ごしている休日をわたしが体験することになったのです。
「ヒツジばっかりずるい!俺のも一緒にしよう!」と誘われたので。
「どこにいくんですか?」
「別に行き先はいつも決めてない。散歩だよ散歩。」
「なるほど。空さんらしいですね。」
いく当てなんてなんにもなくて、気ままに行きたいところへ歩くだけ。
空さんの休日の過ごし方は自由気ままなお散歩をすることらしいのです。
ほんとうににゃんこみたいだなあと思ったのは口にしてません。
「あ、あれはなにしてるんですかね?」
「見にいく?」
「はい!」
わたしはいつもひとりで部屋で過ごしていたので少し新鮮です。
目についたものを指さすと、空さんはふはりと一緒に立ち寄ってくれました。
「手品ですね!」
「お、空じゃねえか!まーたふらふらしてんのかお前!」
「痛いよおっちゃん…。」
商店街の催しものだったらしいのですが、空さんの顔の広さを間近で見ることができました。
だってこの人どこに行っても…
「空〜!たい焼き食ってけよ!」
「うん〜。クリームとこしあんとピザと抹茶とあと…」
「全部じゃねえか?!」
誰にでも声かけられてるんですよね。
「そ〜ら〜!あたしらともデートしてよ〜!」
「お腹空いたら誘いに来るよ〜。」
しかも老若男女問わず、
「空ーっ!あれとってー!全然取れないんだよー!」
「えー、めんどくさ…」
「ほら!姉ちゃんにいいとこ見せられんぞ!」
「わかった…。」
子供まで空さんのことを知ってるようで、ゲームセンターのUFOキャッチャーに誘うのです。
最近のお子様はわたしより空さんの扱いに慣れている様子。
わたしにいいところを見せたいがためにゲームする空さんも空さんですが…。
「ほれ。」
「さっすが空ー!お姉ちゃんにも取ってあげなよ!」
「え、ヒツジぬいぐるみとかいる??」
欲しいの?!とお子様の言葉を間に受ける空さん。
お子様も欲しいよね?とわたしに声をかけてくれるので、
「そうですね。取ってくれるなら…」
「任せて!」
そんなくだらないお散歩コースはいく当てがないのに楽しかった。
「空ちゃん、駄菓子買わんかね。」
「おばちゃん、俺にばっか買わせてない?買わんかねって言い方おかしくない???」
「気のせい気のせい。お嬢ちゃんも好きなもの買ってもらいなさい。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
行く先々で声をかけられてはお店に寄って、サービスしてくれるものを食べ歩きながら、また次の声がかかる繰り返しでした。
まあそんな中でも、
「今日という今日こそは絶対お前に勝つ!!!」
「…………誰だっけ君?」
「毎度毎度名乗らせる気か?!覚える気なしか?!!」
「うん。」
「即答?!」
喧嘩を売られても空さんは空さんでした。
喧嘩って怖いものだと思ってたんですが…、
「おー!やれやれー!空に買ったら店のもん好きなだけやるぞーチンピラ〜!」
「勝たなかったら承知しねえぞ空!」
「空〜!負けたらあたしらとデートだかんね〜!」
などなど、声援が沸き起こるのです。
喧嘩が一種のイベントのようになっていてびっくりです。
「俺喧嘩する気分じゃないんだけど…。」
散歩中なだけなのに…、と空さんの空気を読まない態度もいつも通りでしたが…。
離れたところでやんややんや言われている空さんを見ていれば、駄菓子屋のおばちゃんがわたしにひとこと。
「あんたもなにか言ってやりなよ。」
なんて言うもんですからうーんと考えて…
「え、えーっと、空さん。頑張ってください〜!」
これでいいんでしょうか?と小首を傾げると、
「頑張ったら何かくれるの?」
空さんの反応速度、多分0.1秒とかそんな感じでした!
いつの間に?!と思うほど、わたしの目の前にちゃっかりいて聞いてくるのです。
「え、えーっと…」
「キスくらいしてやりなってお嬢ちゃん!」
「おばあちゃん!そんなこと言ったら…!」
「キスくれるの?!今度こそ唇?!」
ほらあっ!空さんが反応するじゃないですか!!
もう!とわたしが怒るとおばあちゃんはウィンクしてくるのです。
わかってないですこの人ぉぉぉっ!
「ヒツジ!約束だからな!キス!」
「あ、ちょっと…!」
わたしの話しを最後まで聞いてください!
空さんは勝手に約束を取り付けて、秒速で相手を戦闘不能にして頑張ってきた!とすぐ戻ってきたのです。
こんな喧嘩有りですか???
空さんの圧勝により、商店街も盛り上がり、色んなものを持たされますし。
お相手の人はからかわれながらも街の人たちが手当てしていました。
こんなにいい人ばかりいたなんて長く住んでるはずなのに知りませんでした。
「ヒツジ!早く!早くご褒美!」
「えええっ!待ってください!荷物がいっぱいで…!」
ていうか、周りがものすごい好奇心で見てくる中でキスとか無理ですよぉぉぉっ!!!
お姉ちゃんがんばれー!なんて子供の声まで聞こえてくると余計に恥ずかしい!
なんなんですかねここ!
なんで空さんも恥ずかしがらないんですか!
「荷物は俺が持つから早く!」
「せめて場所の移動くらいしましょう?!」
お願いします!と泣きべそ顔で言うと、空さんはやっと周りに気づいたらしく、
「見せ物じゃないぞ!なんでこんなに集まってんだよ!」
「だって空のご褒美あたしらも見たいし?」
「若いっていいわねえ〜。」
「空の彼女にしてはマトモだよな?」
「いいじゃねえか!ぶちゅーとやれよ!」
色んな言葉を投げかけられる空さんはわたしの手を握ってきて、
「俺のご褒美なのになんでおまえらにご褒美あげるような真似しなきゃなんないんだよ!」
行くよヒツジ!とぷんすかしながら離れる空さんの背中に、
街の人たちはドッと笑っていたのです。
「また来いよ〜!サービスするから!」
「悪かったな嬢ちゃん!」
「空をよろしくねえ〜!」
などなど。
本当に空さん、愛されてますねえ〜。
みんな空さんのこと大好きなんですね!
なんて平和な気持ちを抱きながら移動したものの…、
「ご褒美は?」
ジーーーーッと見つめられてもう何分?何時間??感覚がわかりませんが、
小さな公園に移動して休憩がてら座ったのですが、
空さんがご褒美で頭いっぱいなのです。
駄菓子屋のおばちゃんさん!
余計なこと言うから!!
「でも空さん、わたしたち友達ですよね?」
「友達だけどご褒美は別でしょ?」
「…………」
ダメだ、説得できそうにありません!
もうこうなったら覚悟を決めます!
女は度胸だってどこかで聞いたことあるので!
「わかりました。じゃあ、目を閉じてもらってもいいですか?」
「え、なんで?やだ。全部見てたい。」
「…………」
真顔なんですけどこの人!
そういうこと面と向かって言います?!
余計に恥ずかしいんですけど?!
「お願いします。恥ずかしくて死にそうなので…。」
「………」
「目を瞑ってくれないならほっぺにチューにします。」
「わかった。」
即答でしたね。
目閉じてしまうのも、返事も。
まったく駄々っ子じゃないんだから。
なんて思いつつも空さんってほんと美人さんです。
癖のある黒髪に、目を閉じてるからわかる睫毛の長さとか肌の白さとか。
怖いと思ってた人とまさか本当に友達してるなんてなあと感慨深く思っていると、
「ねえ、まだ?ヒツジいるよね?逃げてない???」
目を閉じたまま、空さんがそんなこと言うのです。
あ、逃げればよかったのか!と思ったのも束の間。
そんなこと思ってもできません。
だってこんなに信頼してくれているのに。
「ちょっと待ってくださいね。そのままじっとしててください。」
カバンの中から取り出したのは滅多に使わないグロス。
ていうかナツさんがこの色使わないからってくれたんですけどね。
わたしはもっと使わないと思っていましたが、使う日が来ましたね!
そう思いながらわたしは自分の唇にグロスを引いて、ポケットティッシュを取り出し、
薄いティッシュを隔てて空さんにチュッとキスを贈りました。
目を開いた空さんは「なんか違和感が…」と唇に触れつつわたしを見て、
「それ…」
「はい。証拠もちゃんと残しました。」
わたしがキスしましたという唇の形のグロスがついたティッシュを見せると、
「ずるい!ファーストキス貰ったと思ったのに!!!」
「ふふふっ。ファーストキスをあげるとは言ってませんでしたからね。」
空さんがやられた!と嘆きつつも、ティッシュはちゃっかりポケットに仕舞い込んでおりました。
記念にでも取っておくんでしょうか?
「あー!クソ!ヒツジにはいつも騙される!俺別に頭悪いわけじゃないのに!」
なんで?!と振り返ってくる空さん。
本気で言ってるんでしょうか?
それなら可愛いですよね。
だって、
「そりゃそうですよ。騙されるのは相手を疑ってないからでしょう?空さんにわたしが悪いことすると思いますか?」
「…!」
「ふふふっ。これくらいの悪戯はしちゃうかもですが、わたしは空さんのこと傷つけたりしませんので。騙されててもいいじゃないですか。」
わたしだってきっと立場が逆なら空さんに騙されてしまうでしょう。
もう!と怒るかもしれませんが、許せるでしょう。
だって信じていますから。
空さんが約束してくれた、わたしの嫌がることはしないってこと。
クスクスと笑っていると、空さんは驚いていたと思ったのに次の瞬間にはふいっと顔を背けてしまう。
「バカじゃん。そんなの当たり前だし。」
ほんのりと耳が赤くなっているのを見つけたので照れ隠しでしょうか?
「次はどこに行きますか?」
「気の向くままに、どこへでも。」
「そうですね。」
土日の過ごし方ってこんなに楽しかったっけ?
なんて思ってしまうくらい新鮮な休日でした。
わたしは空さんの隣に並んで、気の向くままに歩きながら、他愛のない話しをして笑うのです。
こんな日々が当たり前になったら素敵だなって、そんなことも考えていました。
でも、
空さんはその日以降、姿を消してしまったのです。