『順慶陽舜房法印 葬送次第目録』(じゅんけい ようしゅんぼう ほういん そうそうしだい もくろく)
天正12(1584)年8月11日に病歿した筒井順慶の葬列に参加した人々とその役割を記したのが「樫尾文書」にある『順慶陽舜房法印葬送次第目録』です。筒井氏が多くの皆様に支えられていたことを伝える貴重な文書ですね。
ちなみに、敬称の有無で筒井家との関係に意味の違いが分かり、内衆には敬称「殿」はありません。
気になるお名前もたくさん含まれています。もしご先祖様のお名前が含まれる方がおられましたら、是非とも当研究会に情報提供をお願い致します。
順慶陽舜房法印 葬送次第目録
アリカタ與四郎
一番火 (大守)コモリ寿清 橋本主馬 水モチ彌二郎
火ケシ新三郎
柏木 菊田掃部 森五郎次郎
二番挑灯 福西 今中 大和田
清須美半助 喜田助七
三番行器 (筒井金蔵院) 西和泉 南蛸介
四番馬 (アント東坊) 市川 甚次郎 助二郎
源四郎 彌三
嶋左近(清興)殿 嘉幡田殿 山田殿
五番幡 (へこや宗春、市春織)
井戸(良弘)殿 今市殿 古市殿
龍田殿 岸田殿
六番引導役者
経頭一室明本房
灑水宗禅房、明禅房
引頭明存房、明識房
鐃本明房、眉間寺、本通房、実舜房
榮春房 榮儀房
鉢
良順房 堯圓房
己上十三人、布施丗九貫、人別三貫づゝ
合配衆沙汰次第
圓秀房 新俊房 榮算房
榮圓房 潤明房 圓良房
理敬房 堯珍房 尊算房
春等房 己上甘人 廿貫づゝ
榮源 春涛
鏡持 二貫五百文づゝ
敬音 明源
七番引導者 長老高範和上(南都圓證寺住)
御布施黄金壱枚、奉書三束長老ヘ
別当圓宣房一人三貫文づゝ
比丘侍者 尊識房 本寿房 明慶房
沙彌侍者 尊昌房一人
チンヲヨ一人 宗栄房
齊戒 三人 比丘侍者、沙彌侍者、斉戒
少將 十人 (少将小者、チンヲヨ、覚悟、力者、荷物以下者)
覚悟 一人 甘貫來ル
小物 十人 (惣合七十五貫來、右ノ外長老輿代五貫文來、)
乗物 チリトリカ者、法師四人、(イシャウ白也)
荷物持八人
(林小路)宗春、(クレヤ)禅識、清須美春一殿、
岡崎次郎衛殿、戌亥
八番持花 和田與作 中四郎兵衛 中坊
飯田新八郎 村上次郎 豊浦彦三
九番花瓶 筒井良順 布施新介殿
十番燭台 筒井了賢 飯高殿
十一番香呂 極楽長順 鷹山殿
十二番位牌 (市)宣春、成身院
十三番善綱 (南宝良胤 北室良誓・春善
寺林正清 市 福住殿)
西讃路 菊田源太郎 新山中子
中甚太夫 村田五郎 小川奥小八郎
堀口忠蔵 井幡又一 西橘内村田藤七郎
喜田甚五郎 清須美甚四郎 奥源七郎
和田孫太夫 堀口源之丞 龍池、中尾
福成院 豊浦彦三 別所左馬介
堀口源一郎
此外御前衆弐百人餘
作田 柏原
十四番中童子 橋本彌七 小柳
十五番大童子 西嶋 今西
十六番龕 (先 中坊丹波顕舜坊宗圓) アリカタ今中源内
(後) 四郎殿様 アリカタ堀江杢助
脇輿(先) 上嶋橘蔵 善八郎
井上九郎三郎 孫三
(後) 伝内殿 岡崎
主水 杉彌平太
十七番天蓋 十市殿
十八番御太刀 右 善春 八條殿
同従 左 宝蔵院
十九番水亀角盥 助二郎
廿番草鞋 八才大師
廿一番笠持 又三郎
廿二番後墦 (金紅) 中西 実春 飛騨 松田
彌二郎 森(玄良)猪之助 松倉右近
雨ブニ人 寵ヘノ笠モリ 彦九郎
筒井順慶法印葬礼次第如此也
天正十二年甲申十月十六日午刻 圓宣