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もしも黒猫様が悪女に転生したら8

2021.05.28 02:44

***


「納得いきません!」

「まだ言ってるのか…。」


アレンが来てから数日。

セルナンド卿が前にもましてしつこい。


「当たり前です!どうしてあんな奴には触れて私がダメなんですか?!」


そしてずっと押し問答している内容がこれだ。


人に触れられるのも触れるのもダメな僕だが、アレンはそうでもなかったのだ。


それを見られたのは今朝。

同じベットで普通に眠っていた姿を直視されたから。


お互い寝ていたから抱き合うような形になっているとも知らず、セルナンド卿に起こされて今の今まで文句を言われている。


アレンはそんなに人肌ダメな奴だったの?とキョトン顔で言うから、これまたセルナンド卿にとっては面白くなかったらしい。


「僕だって理由までわからないんだよ。嫌じゃなかったからそうしてるだけで…」

「納得いきません!」

「納得しろとは言ってない。でももうしつこいしうるさい。」


うんざりしながら押し問答をしていたら既に夕刻である。


この文句を一日中言っていたのかとセルナンド卿に変な感心をしてしまうものの、


まあ確かになんでアレンは1日足らずで特に嫌な気もなく触れられたのかは疑問である。


最初は隷属の契約のせいかとも思ったが、そあれは単純に主従関係を強制するものだ。


そんな効果はないはず。


じゃあ何故か、と考えていたんだけど…


「アーティ」


不意に呼ばれた名前に視線を向けると、アレンが僕の口の中にホイとひと口サイズのステーキを入れてきた。


「お腹空かない?簡単に作ってきた。」


本当に簡単な手料理が机に並べられている様をみつつモグモグしていれば、「納得いきません!」と背後でまだ言ってるセルナンド卿。


うーむ、確かにジーナの時すら時間はかかったからなあ。


食べる事に関してもこんなに簡単に誰かになれるなんて初めて…


と思ったがふと前世の記憶を思い出したのだ。


「いや、遥がいたか…。」


自由奔放で退屈なことが嫌いな奴。


快楽主義で無邪気に見えるが、実は一番本気にさせてはいけない奴。


感情の欠落が見られるものの、扱い方さえ間違わなければ害になる男ではなかった。


そういえばアレンと遥は似た部分があるな。


だからだろうか?

悪意を当然として生きていて、どんな残酷なことだって平気で見てられる。


自分がよけりゃそれでいいってスタイルも似てるしな。


そういえば時間なんて関係なく触れられることも触れることも容易くやってのけた例として遥がいた。


そうかそうか、なるほど。


「同じ匂いがするって感覚だったな。」


答えが出てスッキリしたので顔を上げて僕も食べようと思ったのだが、


何故かアレンとセルナンド卿にジッと見つめられていたから首を傾げた。


「ハルカって?」

「誰のことですか?」


どんなご関係で?と二人に問われる事に、名前を口にしてしまっていたのかと今更気づく。


だからって前世で少し関係があったやつだとも言えず、


「時間とか関係なく触れられても平気だったやつだよ。アレンが初めてだと思ったが、そいつが初めてだったなって思い出しただけだ。」


まあアーティスになった僕としてはアレンが初めてなのだが、記憶があるのだから二番目がアレンでいいだろう。


「へえ?俺の他にも居たんだ?」

「まあな。すごい変態だった。」

「どんな感想だよそれ。」


あははっと笑いながら隣に座ってくるアレンは、性質は遥にも僕にも似通う点があるが、


遥ほど変態ではないな、うん。


「でも過去形ってことはもう死んでんの?」


ヒョイと口にステーキを入れてあっさり問いかけてくるアレン。


これにはセルナンド卿が言い回しがもう少しあるだろう!と叱っていたが、


「さあ?どうなんだろうな。一時期一緒にいたが、そのあとは国外に行ってそれっきり会ってないし。」


生きてんのか死んでんのかもわからない。


前世で遥はそれなりに連絡をよこしてくれていたが、ある程度するとなんの連絡も入らなくなったしな。


ま、今更気にすることでもない。


結局のところ、僕もアーティスになってるってことは死んだんだろうし。


どんな死に方したかは覚えてないが、どっちにしろ前世に囚われるつもりはない。


「ふうん。好きだった?」

「僕が嫌いな奴をそばに置くと思うのか?」

「そりゃそうだ。」


くすくす笑いながらアレンは僕の膝に寝転んできた。


それに対してセルナンド卿は「一応御令嬢だぞ?!」と叱るのだ。


一応って…。いやいいんだけど。

怒り方おかしくないか?と思ったが放っておいた。


アレンは気さくなやつだ。

柔らかい髪を撫でてやりつつ、気を張ったり僕に遠慮したりということもなく、


同じように部屋でダラダラ過ごす相手ができてちょっと賑やかになった。


隣にいるのは落ち着くし、喋らない時の沈黙も嫌じゃない。


こうして触れる相手というのも中々に便利なこともある。(歩きたくない時に抱っこで運ばせるとか)


でもそろそろちゃんと話をしないとな。


そう思った今日の夜。

ベットに座って本を読んでいた僕の隣にいつも通りアレンが入ってきて寝そべるのを見てから口を開いたのだ。


「国と引き換えにしてまで欲しいものってなんなんだ?」

「やっと聞いたね。いつ問いかけてくるのか、それとも俺から話さないといけないのかわかんなかったよ。」

「嘘つけ。初日は疲れてすぐ寝たし、次の日からもなんだかんだ心配してくるセルナンド卿やジーナが部屋の前にいただろ。」

「ああ、やっぱそこらへん気にしてたんだ?」

「当たり前だ。」


聞かせていい話しじゃないだろ、と言えばアレンは起き上がりながらゆるく笑う。


プラチナブロンドの髪は月明かりに透けると綺麗だったが、甘い顔から放たれる内容はなんにも可愛くなかった。


「古代兵器って、聞いたことある?」

「書物で読んだ程度には。」

「この国にそれがあるのは?」

「言い伝えは残ってるしな。本気にしてる奴がいるとは思わなかったが。」


やっぱり聞かせていい話しじゃなかったなと思うとホッとする。


古代兵器とか、もうその単語だけで色々やばいだろうなとわかるからな。


「それで?なんでそんなものが欲しいんだ?」

「古代兵器そのものが欲しいんじゃない。古代兵器の核が欲しいんだ。」

「だからなんで?」

「世界にふたつとないお宝だから。」


にっこり笑うアレンの天使のような微笑みは、内容を聞いてる側からすると矛盾感が半端ない。


天使の笑顔で古代兵器の核が欲しいから一緒に探して?っておねだりなのだ。


顔に騙されるような僕ではないが、違和感がすごい奴だなこいつは。


「裏世界じゃちょっと有名なんだよ。金額なんてつけられないお宝だし伝説級だ。ロマンもある。一度でいいから見てみたいと思わない?」


最高のスリルと宝探し。

男なら乗るでしょ、とアレンはいう。


いや、乗らないだろ。

そんなものに命をかけて得られるものが金額のつけられない兵器の核って…。


現実的に考えて遊べるだけの金を盗んだ方がよくないか?と思ってしまうのだが、


アレンはそうじゃないらしい。


子供っぽい笑顔でワクワクしている眼差しを見ると、出かけた言葉も飲み込んでしまった。


「だから国を人質にとっても目的の遂行はできるし、むしろその古代兵器があるかどうかも確かめられる。捕まったとしてもブラックリストがあれば殺されることなく城の内情もさぐれるって算段だったのか。」

「さすが。」


まさにその通り、と頷くアレンを横目にため息をついてしまう。


こんなことに協力しないといけないのか、と思わずにはいられない。


まあ、暇つぶしできると考えよう。


「それで?その古代兵器の情報はあるんだろう?全部教えろ。」

「任せて!」


アレンはやはり情報収集には長けていた。


貴重な資料は隠してあるというので明日にでも取りに行くとのこと。


内容は全部覚えているからと語って聞かせてくれた。


まあ、ざっくり言うと…


「古代兵器がある場所はこの国だってことしかわかってないじゃないか。」

「だって資料も全部古代文字なんだよ!読めないものは理解できないだろ。」


だからこそ読めるもの。

読めなくても資料に記された絵や図でなんとなく理解できるものが欲しかったらしい。


できるだけの資料は集めたけれどそれをどうにか解読できる存在がいなかったと言うのだ。


仕方ない。

明日、その資料とやらを見てみるしかないな。


「ていうか具体的に古代兵器ってどんなものか知ってるのか?」

「知らない。」

「おい。」

「でも噂じゃあ、国ひとつなんて一発で滅ぼせるとかいうよ?」

「噂じゃアテにならないな。」

「そういうのを突き止めていくのも楽しいでしょ?」

「まったく…。」


ゴロンと再び寝転がるアレンを見ながら肩をすくめてしまう。


あいにくロマンとかスリルとかは求めていない僕からすればそういうことにワクワクするなんて感覚はやっぱりよくわからないが…。


呆れながらもアレンの頬を撫でてやる程度にはこの無邪気な好奇心を見せられると仕方ないなって思ってしまう。


前世からそうだったけど、おそらく僕は大人が嫌いなのだ。


遥やアレンになんの嫌悪感もなく触れられるのは、子供のように無邪気な面があって純粋だから。


大人の理屈や常識に囚われていないから。


だから平気なのだろう。


ふっと笑いながら僕の手に擦り寄ってくるアレンはそのまま手首を掴んできて僕を引き寄せるのだ。


「アーティはさ、欲しいものとかないの?」

「うん?」

「俺は泥棒だからスリルが好きだし欲しいものは盗んできた。自由でいるためのしんどいことも受け入れてきた。アーティはそういうのないの?」


僕を腕に抱きこんで問いかけてくるアレン。


それはなんとなく思った疑問なのだろう。


別に下心とかも感じなかったし、抱き込まれる体温はあったかいだけで嫌悪感もなかった。


そして問われた内容に思い出したのは…


「……………」


遠の顔だった。


前世の恋人であり、僕の旦那だった男だ。


最初は大嫌いで何考えてるかわからない奴だったし、


いろんな意味でやばいやつだったけど…


「アーティ?」

「………もう一度会いたい人はいる。」


ポツリと言っていたけど、世界が違う。

転生した僕は記憶をたまたま引き継いでいるだけ。


この世界に遠がいる可能性なんてあまりにも低いだろう。


「会いたい人?それって…」

「僕が唯一、愛した人だった。」


記憶があるから恋しく思ってしまうのだろうとわかるし、


別に前世でどんな死に方をしたかわからないなりにも、あいつとの関係に後悔とか未練はない。


十分愛し合ったし、一緒に過ごした。


でもふと思い出すと会いたくなる。


思わずアレンの胸に顔を埋めてしまうくらいには、女の顔になってしまう自分を見られたくなくて縮こまっていた。


「………今も、愛してる?」

「そりゃ……。いや、僕が寂しがりなだけかもな。後悔するようなことはしてないし。」


単純に、ただ恋しくなる。


それはきっと、


「僕だけを欲してくれた奴だったからな…。」


周りにはドン引きされ、恐れられ、恨まれ。

好意なんて抱かれたことのない僕を、それでも欲してくれた奴だったから。


恋とは無縁だと思っていたし、形のない感情だけで迫られることも理解できなかった僕を、


それでも諦めずに口説いてきた奴だったから。


「過去形で話すんだね。」

「過去形だからな。」

「なに?別れたの?未練があるってこと?」

「ちょっと違う。」


前世のことだから、とは言えず僕はアレンの胸に顔を埋めたまま…


「未練も後悔もない。でも…」


アーティスとして生まれ変わった僕は、前世の人生の中で一番満足した記憶に耽っているだけだ。


この世界で恋愛なんてしようと思ってはないし、前世でも恋愛なんて縁遠いものだった。


それでも形のない好意を受け入れた前世の事実を考えると…、


「ひとりが寒いことは知ってるって言いたいだけさ。」

「………」


なんだかんだ僕だけを見てくれた奴が前世にはいて、


それは鬱陶しくも暖かく、怖いこともあったけど気持ちよくて、


度が過ぎるほどの甘さに腹も立ったけど嫌じゃなかった。


僕が欲しいものは世界にふたつとない宝でも、最高権力でも地位でもない。


単純に、


「僕が僕であればそれでいいって言って欲しいだけなのかもな。」


何の価値もない。

なんの取り柄もない。


それでも君が君ならそれで良いと、そう言って欲しいだけなのかもしれない。


偏見と噂で見られることは慣れているからこそ、そう思うのだろう。


前世ではそう言う奴がいたから尚更。


新しい恋に発展せずとも、僕のわがままにいちいち喜んで何でも与えてくれて、


嫉妬はにこやかに行われ、僕のしたいことをさせてくれた遠という存在の大きさを今しがた実感してしまった。


未練を残すような過ごし方はしてなかったから、住む世界も顔も違う今の僕は記憶だけを残してるって状態だ。


恋しく思うことはあってもそれは前世での拠り所だったからで、居心地の良かったあの隣が恋しくなってしまうのは仕方ない。


この世界で同じようなものが作れるかはわからないけど、なんだかんだ上手くやってると思ってるし悲観してるわけでもない。


単純に、


「自分の居場所。」

「え、」

「僕の欲しいものだ。」

「…!」


多分これが適当だろう。

勿論、居場所がなかったのはアーティス本人のせいだがな。


それに今はちゃんとここに馴染んでるつもりだし。


まあそれも一応は時期皇帝陛下が着任するまでと言ってあるので、ちゃんと次は探しておかないといけないが…。


「ま、時間はあるし気長に探すさ。僕は自由でいられたらそれでいいしな。」


勿論、そんな僕についてきてくれる奴がいるなら嬉しいが、


今のところセルナンド卿は陛下の命令で監視役してるだけだし、アレンも契約のせいでここにいるだけ。


また恋をしてみたいなんてことは特にないし、そもそも僕が人を好きになるなんてあれが奇跡的だっただけの可能性が非常に高い。


フッと笑いながらもアレンがじっと聞いてくれていたことに「もう寝る。」と言って目を瞑っていた。


するとアレンはそっと僕の身体に腕を回してきて、


「噂なんてアテにならないね…。実際の悪女は、単なる寂しがり……か。」


ポツリと呟いた言葉僕は拾わず眠ったフリして本当に眠りに落ちていたのだった。