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もしも黒猫様が悪女に転生したら9

2021.05.29 04:15

*****


翌日から僕たちは本格的に資料を読み解く作業を開始した。


アレンが資料を持ち運んできて、あとは部屋で篭りっぱなしの状態だ。


セルナンド卿とジーナの立ち入りも禁止したんだけど、


「私はべレロフォン嬢の護衛です。」


…とセルナンド卿が引かないので、


「いいのか?今から聞くことはどうしても上に報告しなくてはならないことだぞ?つまり僕を危険に晒すってことだ。それは護衛としてどうなんだ?」

「一体何をなさるつもりですか?!不審な動きをするならば容赦できません!」

「アレンへの協力だと言ってるだろう?お前の生真面目な性格を考慮してるからやめておけと言ってるんだ。秘密が守れるタイプでもなさそうだしな。」


嘘はもっと下手くそだろう?と見上げると、セルナンド卿は背後にいるアレンをチラッと見てから、


「そこまで仰るのであれば、私はこれから見聞きするものに関して自由騎士ではなく個人として立ち合います。」

「頑固なやつだな。後悔しても知らんからな。」

「はい。」

「あと個人として立ち会うなら敬語はなしだ。べレロフォン嬢とかいう呼び方もやめろ。」

「は…い?ではなんと、」

「アーティでいい。僕もユランって呼ぶ。」

「…………わかった。」


気まずそうな顔をしたものの、セルナンド卿もといユランは静かに了承した。


その姿をアレンも見ていたので小さく笑っている。


「じゃあ始めようか。」

「そうだな。古代兵器の資料はこれで全部か?」

「古代兵器?!!」


部屋に入った瞬間、ユランが愕然として叫ぶものだからほら見ろと振り返ってしまう。


「正気ですか?!そんな伝承でしかないものを調べると?!」

「敬語が直ってないぞ。」

「答えてください!」


そんなことはどうでもいいとばかりに食いついてきたユランに、僕はため息混じりに「そうだ。」と伝えたのだ。


事の経緯も簡単に説明してやると、あんぐりしたまま突っ立っている。


だから僕は頭が回るまで放っておこうと決めて資料を手に取り、読んでいったのだ。


古代文字ってやつは日本語だった…というオチが欲しかったが、小説みたいなご都合主義はないらしい。


転生したらチートになるとかそんなものもなかったしな。


ただ古代文字については研究しているものもいるし、部屋でダラダラ本を読んでいた時に古代文字に関する書物も読んでいた。


「アーティ、読めんの?」

「なんとなくな。」

「なんとなくでも読めるの?!なんで?!」

「ちょっと黙っててくれないか。」


そう、読めるのは前もって本を読んでいたから記憶しているってだけだ。


ただ、ここまで難解だと簡単な本の解説程度では先に進まない。


「ふむ、仕方ない。古代文字に詳しい専門家を知らないか?」


そう聞いた時、ユランが元に戻っていたようで…


「魔塔の主人に話しを聞いてみるのはどうだ?」


ちゃんと敬語も抜きになっている様子を見るに、ちゃんと受け入れられたらしい。


「魔塔の主人ってなんだ?」

「塔の魔法使いとも呼ばれていて、この城でも王族のみしか入れない場所に住んでるんだ。」


そこまで聞いた瞬間、記憶が蘇っていた。

そう、小説の記憶だ。


確か名前は…


「それって…、キブリー・ロンバルドのことか?」

「知ってたんですか。」


また敬語になってるが、まあいい。

記憶が正しかった証明をしてくれたからな。


なるほど。

小説の中では最強の魔法使いでありながら、考古学者でもあったと記されていた。


キブリーは偏屈で、誰にも心を開かないキャラクターだが、ヒロインには違ったのだ。


彼はたしか人間と魔族のハーフとして描かれており、幼少期からどちらでもない生き物として隔離されたり、いじめられたりと酷い人生だった。


ただずば抜けた魔力と博識な知性。

性格も温厚だった為に人間に害をもたらさないよう表向きは城の中で軟禁されているものとしているが、


実際は彼の魔法や歴史の知性を求める人間は多く、悪用されない為の措置でもあった。


本人は平和に暮らせるならそれが一番だと思うキャラで、その提案に乗ったのだ。


キブリーからの教えを乞おうと城の中のものは奔走したがひとことで断られ、


王族の子供たちすらも拒んだ。


長くこの城に居て今も生きているその存在はひっそりと、誰に教えるわけでもなく自分の研究だけをしていると語られる。


「好都合だな。わざわざ出向くにしても近いに越したことはない。」

「でも王族じゃないと入れないんでしょ?」

「だからなんだ?僕のわがままは絶対通るんだよ。お前らは行く準備だけしてろ。陛下に直接直談判してくる。」

「でも断られたら?!」

「その時は忍び込むしかないな。アレンがいるんだし、余裕だろう?」

「私の目の前で犯罪の話しはやめていただきたい!」

「後悔しても知らないって言っただろ。」


もう遅い、と僕が部屋を出て行くとユランが後からついてくるのだ。


ひとりで出歩かせるわけにはいかない!と、騎士じゃないとか言ってなかったっけ?と思いつつ好きにさせておいた。


そのまま陛下の執務室まで行き、ノックもせず入れば護衛が警戒してきたが、陛下の手で制されていた。


「なんだ、お前から会いにくるなんて珍しいじゃないか。」

「魔塔に行きたい。許可がほしい。」

「魔塔に?またなんで…。キブリーは未だに弟子も取らんし、教えを与えてくれるわけでも…」

「いや、教えを乞いに行くわけじゃない。やつの研究資料を全部読みたいだけだ。」

「だからってそんなことを許してくれるとは…」

「許させるから安心しろ。なんの算段もないわけじゃない。知識の強奪だけできればそれでいい。」

「真顔で物騒なことを言わんでくれんか?!心臓が持たんわ?!」

「じゃあ許可だけくれ。あとは自分でどうにかする。」

「キブリーを相手に死なない奴などおらんぞ?!呪われたり、はたまた一生寝たきりにされた者もおると聞く。いくらなんでも無謀では…」

「僕を相手にそれをさせると思うのか?僕は自分への危害に一切容赦をするつもりはないぞ?」


キョトンと小首を傾げて問いかけると、陛下はサアッと顔から血の気を引いていた。


うむ。どっちに転がっても最悪だと思っていそうだな。


「争いに行くわけじゃない。平和的に解決できるならそうするように心がける。」

「本当だな?!断られたらすぐ帰ってくると約束しろ!」

「わかった。」


僕が一つ返事で頷いたからなのか、陛下はものすごい疑いの目を向けてくるが知らんぷりしておいた。


そのまま許可証を受け取り、アレンを迎えに行って魔塔の前までたどり着いたのだ。


城の中にこんな塔があるとは圧巻である。


周りは木々に囲まれており、人の気配が全くない。


…が、


「すごいセキュリティの数〜。さすが最強の魔法使いだね。」

「わかるのか?」

「そりゃ泥棒だもん。俺魔眼持ちだしね。」


青い瞳に紋様が浮かぶ様を見せてくれたアレン。


どうやら魔法を可視化できる魔眼らしい。


便利だな。

そんな設定あったっけ?と思ったが今はどうでもいいかと塔に入ったのだった。



「誰だ。ノックもなく入ってくるやつは。」


塔だからてっぺんにいるのかと思ったのだが、中に入ると普通に部屋が広がっていた。


これも魔法なのだろうか?


「ノックしたら入らせてくれないと思ってな。」


実際、小説でもノックして入ろうとしたら鍵がかけられて結界魔法が作動していたしな。


しかも相手はヒロインだった。


出会いからして偏屈な奴だったから、ノックなんてしないに限る。


そんな僕の返答に目の前の男は眉間の皺を寄せるだけだった。


長い黒髪に、赤い瞳。

魔族の色だ。


小説では夜のように美しいなんて表現がされていたがそんなことはどうでもいい。


美丈夫だろうがイケメンだろうが関係ない。

必要なものを手に入れたいだけなのだから。


「なんの用だ。」

「古代文字の研究資料を読ませて欲しい。」

「はい、そうですかと渡すとでも?」

「無理だろうな。皇帝陛下にも断られたらすぐ帰ってこいと言われた。」

「断る。だから帰れ。」

「そうはいかない。」


そもそも約束なんてした覚えはない。

僕はわかったと言っただけだ。


指切りすらしてない。

なのであいつの言い分は聞いたが、それを了承なんてしてないので聞く必要はない。


僕が即答すると背後ではユランが何が言いたげにしていたが、


「ゲームをしないか?僕が勝ったら資料を見せて欲しい。負けたら帰る。」

「はあ…っ。どうしてそんなことに俺が付き合わなければならないんだ?」

「そうだな。付き合ってもらえないなら強行突破しかないからだろうな。」

「そんなヒョロイ身体で俺と張り合おうと?」

「いいや、肉弾戦なんて元よりする気がない。」

「じゃあどうやって…、」

「脅しかな。」


ひと言。

それでキブリーの表情が一旦停止したかのように見えたが、次の瞬間にはなんの躊躇いもなく僕に手を出そうとしてきたのだ。


だから、


「心臓の隠し場所は誰にも言ってないらしいな?」


ボソッと呟くと僕の首に手をかけようとした手が寸でのところで止まった。


軽く目を開いたキブリーの驚きように僕はにっこりと笑うだけである。


思い出せるものを思い出しておけてよかった。


キブリーは魔族とのハーフ。

高い魔力と人間ならざる身体の構造により、己の肉体から心臓を取り出して保管することも可能なのだ。


そしてキブリーは心臓を自ら封印しているという設定だった。


命を狙われることも多い男だ。

最強と呼ばれていても人智を超えた知識に縋ろうとする人間は多くいる。


強者と戦いたいと思うものもいる。


それにキブリーが何より恐れているのは魔族からの攻撃。


人間に何をどうされようが死なない自信はあっても、魔族の面汚しだと思われて迫害されているキブリーにとって何よりの敵は純粋なる魔族。


だからこそキブリーは心臓を隠し、いくら死んでも死なない身体にしているのだ。


まあだからって安全なわけではないし、心臓が見つかったら一発で終わり。


それに心臓がない故に本来の力は出しきれないっていう設定だったはず。


あんまりにもくだらない小説とよくある設定に流し読みしてたから思い出すのに手こずったがな。


「どうしてお前がそれを知っている。」

「隠し事はいつか絶対バレるものだ。秘密がそこに置いてあったらお前は見てみぬふりができるのか?パンドラの箱と同じだ。誰だって気になると開けてしまうものだろう?」

「…………正確な情報とも限らないはず。」


人を疑い続ける眼差しに、僕は振り返って二人に外で待つよう命じていた。


大丈夫なのかと心配されたが、僕が大丈夫じゃないと判断してわざわざ一人になると思うのかと問えば渋々出ていってくれたのだ。


そして、キブリーと二人きりになったことで僕は心臓の隠し場所を告げていた。


「世界樹の根元に埋めたんだろう?」

「どうして…っ。」


キブリーは咄嗟の判断で結界を起動させていた。


普段から魔力なんて僕は使わないが、それでもアーティスの身体はちゃんとそれを察知してくれる。


音を遮る結界と二重か三重構造で張られてるようだ。


「言ったろう?隠し事はいつかバレる。」

「誰に聞いた?!」

「そんなことは重要じゃない。心配するな。僕以外に知ってるものはいない。断言できる。」

「そんなこと…!」

「もう死んでる。」

「…?!」


情報源がいるなら他にも知ってる奴が居ると思っているのだろう。


生憎、これは僕の前世の記憶による情報だ。


そして小説でもキブリーの秘密は後半で、自らヒロインに告げるという形でお披露目される。


つまり、本当に僕しか知らない情報だ。


けれどそれをそのまま伝える事はできないからな。


でも嘘じゃない。

環は死んだ。


アーティスの中で生きてはいるが、環の身体は既に死んでいる。


「それを信じろと?」

「疑り深い奴だな。じゃあ嘘だとわかるなんらかの方法でもあるのか?」

「隷属魔法だ。」

「なるほど。そりゃあいい。かけてみろ。」

「そんな簡単に…!」

「嘘かどうか確かめるだけだろう?それともなにか?僕をそのまま隷属させておいた方が安心ならそれもいいと思うが?」

「自分の人権を放棄するというのか?!俺が何者かも知らないのに!」

「そんなことお前に関係あるのか?僕は資料が読みたいだけだ。」


偏屈で疑り深く、誰にも心を開かないくせに根は真面目だし純粋な奴だと小説にもあったし。


まあこう返されるのは想定内。

むしろ狙って言っている。


「僕を隷属させれば秘密は守られる。そうだろう?嘘をついているかどうかも常にわかる。お前にとって都合のいいことしかないのに何で怒るんだ?」

「俺にしか都合が良くないからだ!何を企んでる!」

「僕は資料が読みたいだけだと言ってるだろう。」

「人権を投げ打ってでも欲しいものだとでもいうのか?!」

「そうだ。」

「なん…!」


即答する僕にキブリーはギョッとして口を開けていた。


まあ勿論、古代文字についての資料のためだけに人権を捨てるなんて気はさらさら無い。


単純に、


「もういい、わかった。お前みたいな変な奴は初めてだ。」

「お前だって充分変じゃないか。」

「一応、嘘かどうかは確かめさせてもらう。確認が終われば好きなだけ資料を漁れ。」


この言葉を待っていた。


魔族とのハーフであるキブリーは悪だと思われがちだったが、実際は率先して悪いことになんか手を出さない。


人としての良識はきちんとあると小説にも書いてあったからな。


そこを利用させてもらったのだ。


「いいのか?僕がそのまま他の人に言うかもしれないぞ?」

「言うのか?」

「言わないな。興味ないしな。」


うん、と頷くとキブリーは大きなため息をついていた。


現在進行形で隷属の魔法をかけられてる時だったから尚更なんだと思う。


「ていうか僕は嘘つかないぞ。」

「………本当のようだな。嘘をつかない人間なんて居ないものだが……。」

「嘘なんてすぐバレるぞ?正直ものが一番だろう?」

「………それは、そうだが………。わかってても人間は嘘をつく生き物だ。」

「そうだな。そんな馬鹿と同じにしないで欲しいな。」

「………」


魔法がかけられている状態の僕は、嘘をついたら身体に激痛が走るようになってるらしい。


勿論、最初から嘘をつく気が全くないので痛みはない。


そしてそのことに一番言葉を失っているのはキブリーだった。


「ていうか質問がいくつかあるなら資料を読みながらでもいいか?」

「え、ああ…。」

「外の二人は中に入れない方がいい質問もあるか?」

「………そうだな。お前だけが読め。あれらはいくらでも待たせたらいい。」

「わかった。」


二つ返事で頷いた僕にキブリーはいまだに納得できない様子で僕を見つめながらも、資料の保管庫に案内してくれた。


「この塔はどうなってるんだ?外から見たら高いだけの塔だったのに。」

「魔法で外観を変えてるだけだ。中も魔法で空間を拡張してる。」

「便利だなあ〜。」


よいしょっと言いながら僕は資料を集めて床に置き、その場に座り込んでいた。


その様子をキブリーは静かに見つめながら質問を続けてきたのだ。


「そう言えばお前の名を聞いてなかったな。私は…」 

「キブリー・ロンベルド。名前は知ってる。」

「では、」

「僕はアーティス・べレロフォンだ。」

「べレロフォン?!つまり…!」

「継承権は返上したし、公爵の後を継ぐ気もない。今のところ次の継承者が皇帝に着くまでの期間軟禁されている身だ。」

「な…!はあ?!」

「悪女は飽きたからやめた。」

「はあぁぁぁぁっ?!!!」


叫ぶことしかできないキブリーの反応なんてもう慣れっこである。


皇帝陛下も含めてこの話しは幾度としてきたからな。


それより、


「なあ、キブリー。古代文字についてどこまで解読できてるんだ?」

「どうしてそこまで古代文字に興味があるのだ。」

「多分知ったら後悔すると思うがそれでもいいなら…」

「……ほとんど解読は終わっている。読み方さえわかれば容易いからな。」


つまり聞きたくないという態度で教えてくれるキブリーに、ふむと頷いていた。


それであれば都合がいい。


まだ解読できていないことがあるとなれば、古代兵器の文献も100%解読できないかもしれない懸念が残ったが、それは杞憂に終わったのだ。


「それより本当にあのべレロフォン嬢なのか?それなら余計に信用できないのだが…」

「隷属の魔法が働いてるだろ。嘘は言ってないし、お前の秘密を口外する気も全くない。」

「……どうしてだ。俺の力を自分のもののように使える脅し文句を手に入れたと言うのに。」

「手に入れたとして何に使えと?継承権も返上したし女としての全てを脱ぎ去った。貴族としてもすでに表舞台には立てない身だ。」

「それは…」

「それに、僕は皇帝と同じ権力は有している。僕の機嫌を損ねようものならこの国は自動的に終わるぞ。」

「どういう意味だ。」


あ、そうか。

これは公式発表してないし、暗黙の約束だったな。


まあ人と魔族のハーフってだけで迫害されてきた奴に報告する上司やらなんやらはいないだろうからいいか。


なので僕は賭博のことを交えて経緯を説明したのだ。


これにはあんぐりとするキブリー。

空いた口が塞がらないとはまさに今のこいつだろうな。


「まあ心配するな。今の皇帝陛下はなんだかんだ僕の扱いはわかっている。僕だって別に国の転覆なんて望んでいない。安全で快適な今の環境を害する奴の方が敵だ。」

「お前は本当にあの悪女なのか?!まるで極悪人みたいなことをしている自覚はあるのか?!それなのにどうしてお前をのさばらせているんだ?!」

「利害の一致だろう?僕が自由に動けるからこそ解決できることもある。表と裏。どちらもあってバランスが取れるんだ。世の中そんなもんだろう。」


サラッと言い放つとキブリーは愕然としており、最早疑うこともやめて僕との話しを続けていた。


「お前みたいな奴は一番危険だろうに…。」

「誰かにとって何よりの敵になれる奴が味方になれば?それほど心強いこともないだろう?角度を変えてものを見ることも大事だぞ。」

「…………噂とは全くアテにならないものだな。まさか悪女ではなく極悪人だったとは。」

「失礼だな。悪意の使い方を知ってると言ってくれ。僕は別に気に食わないからなんて理由で人を殺したりしない。自分への危害には一切容赦するつもりはないがな。」


資料に埋もれながら読み込んでいく僕に、キブリーはなるほどと頷いていた。


「それが一番恐ろしいんじゃないのか?」

「そうかもな。でもそれは、僕を知らず、己の欲に囚われ、誉められないことばかりする人間のような奴だろう?自業自得じゃないか。」

「………」

「僕は善人面する気もないし元より善人ではない。だからって偽善者でもない。誰かを害することに躊躇いもないし、酷いことだって普通にできるがその瞬間は間違えない。ヒーローになる気もないしヒロインになる気もない。僕は自分のためにしか動かない自己中心的な人間だからな。」


だから悪役にだってなろうと思えばなってやれるが、続ける気もない。


僕は僕として生きるために必要なことしかしない。


前世からそうやって生きてきたのだ。

変える気もない。


表の顔は双子の姉。

裏の顔は僕だった。


その形が変わっただけで、やることは変わらない。


「つまり、お前は…。いや、べレロフォン嬢は自分のためにしかその悪意を使う気はないし、だからといって欲望としてはあまりに信じがたいが平穏な生活を望むと?」

「アーティでいいぞ。敬称とかも不要だ。こんな格好でこんな髪型なんだ。御令嬢って姿でもないしな。」

「俺もリリーで構わない。誰も呼ばない愛称だが、アーティの嘘をつかない主義は語らいでわかった。魔法ももういいだろう。」


指を鳴らして魔法を解くリリー。

名前だけ聞くと女みたいだな。


でも実際はこの世界で最強と言われている魔法使いだ。


ていうかリリーと呼ばせるのはヒロインにのみだったはず。


まあ話しの内容は僕が大きく変えてるから仕方ないのだろう。


「誰にも心を開くことがない魔塔の主人と聞いていたが、やけにあっさりと信じてくれたな。」


ニヤリと笑えば、リリーは眉を顰めてどこがあっさりだった?と僕を訝しげに見つめてくる。


隷属の魔法までかけて確認してきた徹底ぶりを言っているのだろうが、僕からすればそんなことでいいのかと思う内容だ。


実際、小説ではヒロインもリリーにはかなり煙たがられる出会いから始まるし。


ちゃんと心を開いてくれるのもかなり後半の場面でだ。


そんな苦労を考えると魔法で確認されるだけなんてすごい簡単だと思う。


「それより、読みたい資料は見つかったのか?」

「ああ、あらかた古代文字の読み方はわかった。これで解読できそうだ。」

「何を解読する気で…。いや、聞かない方がよかったのか。」


ゴホンと咳払いをするリリーはかなり使えそうだ。


だから、


「古代兵器の資料が全部古代文字なんだ。読めないと話しにならなくてな。」


サラッと教えてやるとリリーは保管庫から他にも資料がないか探してくれていたのに、


ドンガラガッシャーンと様々なものを倒して床になだれ込んでいた。


驚愕の顔を向けて資料に埋もれているリリーを見ると思わず噴き出してしまう。


「はははっ。お前すごい格好してるぞ。そんなに驚いたか?」

「当たり前だ?!古代兵器の資料なんてどうやって手に入れた?!あれを見つけて何をする気だ?!」

「何もする気はないぞ?男のロマンを叶えてやる取引なんだ。」

「はあ?!」


アレンとの経緯を話してやり、僕は興味が全くないけど協力しなきゃいけないことを聞かせてやると、


「滅茶苦茶だ…っ!そのためだけにここに来たのか?!」

「そうだ。まあ暇つぶしにもなると思ってな。古代文字の読み方を知るのも面白そうだしな。」

「一度読んで理解できるものではないだろう?また明日も来るのか?」

「いや、全部覚えたし明日からは古代兵器の解読だな。」

「全部覚えただと?そんなことできるわけないだろ!どれだけの情報量だと思って…!」

「そこらの馬鹿と一緒にするな。こういうのは得意なんだよ。学習能力だけは高いんでな。」


だから他にも資料があるなら見せてくれと、今読んでいたものは全て記憶したと言ったのだ。


実際、前世の能力を引き継げていて助かった。


アーティスの頭ではこんなことできないからな。


そんな僕の姿にリリーは何を思ったのか、一枚の紙に古代文字を書いて読んでみろと言ってきたのだ。


「お前は頭がおかしい。ふむ…、おかしくて悪かったな。」

「本当に読んだのか?!嘘だろう?!この短時間で?!天才でもない限りそんな芸当…!」

「その天才だったみたいだ。ほら、他にも資料はないのか?これで全部ならとっとと帰るが…」

「待て!お前ならば今俺がしている研究についても読解力が早そうだ!ちょっと見てくれ!」


資料をバッサーと掻き分けて僕に迫ってきたリリー。


ガシッと手を掴まれることにゾワッとしたが、純粋な眼差しを見るとそれも一瞬だった。


こいつ、生まれが人でも魔族でもないだけで誰も受け入れることはないキャラではあったが、


心を開いた相手にはまるで探究心の塊でしかないな。


そこまで考えているとズルズル引きずられてもっと奥の部屋に入れられたのだ。


「帰りたいんだけど…?」

「まあ待て!これを見てくれ!」


目の前に出されたのは何かの卵みたいだった。


「見たぞ。帰っていいか?」

「反応薄すぎないか?!これが何か気にならないのか?!」

「ならん。卵料理にしたら物凄くうまいとかならひとつくれ。」

「貴重なドラゴンの卵だぞ?!食べるな?!」


ささっと腕に抱え込むリリーに恐ろしい奴だな!と言われてしまった。


いやいや、ドラゴンの卵って…。

本当にこの世界はファンタジーだな。


そんなもの見せられてもわかるわけないだろ。

こっちはバリバリの現代っ子だっつーの。


「興味ないから帰る。」

「待てって!この卵についての研究を聞いていけ!」

「なんでだよ?僕はドラゴンなんて物騒なものに関わりたくない。」

「ドラゴンの卵の孵化をしているのだがなかなかうまくいかないんだ。他の生物と違って孵化するための栄養が足りないのだとは思うのだが、それがなんなのかを突き止めたい!」

「がんばれ?」

「違う!手伝おうとは思わないのか?!」

「思わんな。じゃ。」


帰るわ、と部屋を出ようとすると腕を掴まれて引き戻されていた。


なんつー握力だよこいつ。


片手で人間を引き戻すとかマジかよ。


「お前は人間のくせに博識だ!手伝え!ドラゴンの生態系を知るには孵化させないと始まらないんだ!」

「僕のメリットがなんにもないじゃないか。」

「暇潰しになるだろ?」

「今は古代兵器のことで暇つぶしは間に合っている。」

「じゃあさっさとそっちを終わらせて次は俺の手伝いをしろ!俺も手伝ってやる!」

「………」


キラッキラした目を向けないでもらいたい。


こちとらなんの興味もないことに協力するような暇つぶしの仕方を当然にしているわけでもないのに。


でもこいつ、全く聞く耳を持ってない。


何を言っても引き止められるし、馬鹿力に抵抗できるような戦闘的能力は持ち合わせていないので、


押し問答を続けたらこれで夜が開けそうだ。


全く…。

必要なものが手に入ればそれでよかったのに、後から後から面倒な…。


ただ考え方を変えてみればこの世界の知識が一番豊富な奴が協力すると言っているのだ。


アレンのほうが早く片付くのは都合がいいし、リリーとの関係を深めておけば知りたいことをすぐに知れる。


最新の情報収集はアレンができるにしろ、その解読や経緯など過去に何があったか、どんな歴史を踏まえて何が残ったかはリリーの方が詳しい。


手札が増えたと思えばドラゴンの孵化に協力するくらいはお釣りが出るほどか…。


ふむ。


「わかった。わかったよ。じゃあ古代兵器から進めよう。卵は一旦置いておけ。僕の部屋に戻って解読から進めるぞ。」

「よし!」


やった!とリリーが顔を輝かせて笑いかけてくる姿は見た目と違ってあまりにも子供のようだった。


怖がられ畏怖されている魔塔の主人が実際は好奇心旺盛なだけの奴だったとは誰も思わないだろうな。


なんて考えつつ待たせていた二人の元へ戻れば、二人とも口をあんぐり開いているではないか。


「どうした?必要なことは記憶してきたから戻るぞ。」

「い、や!いやいや?!その人も一緒に来んの?!てかなんかすごい親しげになってない?!」


アレンがびっくりして叫ぶことに、隣ではユランも首を縦に全力で振っていた。


まあ、お前は最高だ!なんて言って後ろから抱きつかれた状態で扉を開けてしまったからだろう。


さっきまでかなり鬼気迫るようなやり取りをして、外に出された二人だったから。


リリーがこんなに人懐っこく変わっていることに信じられない目を向けるのも仕方ない。


「リリーのせいですごい面倒臭い状況なんだが?」

「俺のせいではない。お前が変なんだ。」

「僕は必要なものが手に入ればよかったのに、お前がついてくるからこうなったんだろう?」

「む。俺が邪魔だというのか?そうなのか?酷いぞ!さっき手伝うと言ったではないか!」


めっちゃ顔近いんだが?


そしてこのやり取りにすらびっくりして固まっている二人への説明がものすごく面倒だ。


ていうかなんでリリーが拗ねる?

僕の苦労を誰も理解しようとしないのか?うん?


「リリーは邪魔ではない。むしろ便利だが、お前の変貌っぷりにこいつらが使い物にならなくなってるだろう?」


あと近い、と押しのけようとしたんだがこいつビクともしない。


リリーはチラと待たせていた二人に視線を送り、まるで興味がなさそうに僕に向き直ってきた。


「こいつらが俺より役に立つと?」

「そういう捉え方をするか…。なるほど。」

「どうなのだ!俺の方が優秀だぞ!こいつらのほうが不要だろう?!」

「うむ。もういい。取り敢えず戻ろう。話しはそれからだ。」


リリーの変な嫉妬心を刺激してしまったらしい。


そこじゃないんだがな。


なので一旦話しを中断して歩き出した僕に、リリーは付き纏ってきてさっきのことをクドクド言ってくる。


これはユランの小言のほうがマシだな。


なんて思いながら部屋に戻り、古代兵器の資料にとりかかりたいものの…、


「アーティ!どういうことか説明してよ!意味不明なんだけど?!てかなんで魔塔の主人を愛称で呼んでんの?!なにしたの?!」

「なにもしてない!勝手に懐いてきたんだ!」

「そんなことあるわけないでしょう?!あなたという人はまったく!どんな脅しをしたんですか?!」

「リリーが脅して懐く変人だと今遠回しに言ったぞユラン?」


ちょっと落ち着け、と言ってジーナにお茶を頼もうと振り返ったら一目散にどこかへ走り出していた。


やっばい。

あいつ絶対皇帝陛下にチクる!!!


そう思って追いかけようと飛び出したものの、ジーナは既にいなかった。


どんだけ足早いんだよ!!!


ああ!クソが!

色々と面倒なことになった!


リリーの引きこもりは筋金入りすぎだ!

そこから出てきた理由が僕となればわあわあ言われてもしかたない。


「アーティどうかしたか?排除したい奴がいるなら言ってみろ。これでも最強と謳われている。」


お前になら力を貸すぞ?と背後から抱きついてくるリリー。



僕が今一番排除したいのはお前自身だ!!!!