レコード蒐集日記 trk.8 CYNDI LAUPER - SHE'S SO UNUSUAL (JPN:EPIC SONY) 1984

2014.06.01 13:24

 はじめて入るリサイクル屋にてシンディ・ローパー「N.Y.ダンステリア」のピクチャーディスクを発見した。

 さしてめずらしい盤ではないが300円なら買っておきたい。しかし帯が残っていなければたとえ300円でも妥協しないのがコレクター心理。どうしようかと迷っていると中からきれいに二つに折りたたんだ帯がころんと出てきた。こういうこともあるのでよく点検したい。ゲートホールドジャケットの奥からヘソクリが出てくることもめずらしくない。これを「スペシャル・インサート」と呼ぶ。


 まえの持ち主は間違いなく女性であろう。人よりもすこし遅れて買ったためにピクチャー盤を手に出来たのだろう。彼女はこのときのラッキーを覚えていただろうか。リサイクル屋に二束三文で買われたとき、いくらかの躊躇いはなかっただろうか。1984年の若き日々を映し出す鏡のような一枚である。高校を出て、都会に暮らし、大人の味もちょっぴり覚えた。キャンパスの瑞々しいポプラの薫りや、慣れたフリをしてドキドキしていたディスコのざわめきや、アパートに転がり込んだ彼氏の寝息や、そうした青春の欠けらはいまも心のスーツケースにあるだろうか。そして――。"Time After Time"はいまもハートに鳴り響いているだろうか――。ジャケットを手に、しばらくの間、「彼女」を想った。

 

 米国の歌手シンディ・ローパーは53年ニューヨーク生まれ。本作「N.Y.ダンステリア」(原題:SHE'S SO UNUSUAL)でソロデビュー。全世界で500万枚を売り上げ、4枚のシングルがいずれもトップテンヒットとなるなど数々の金字塔を打ち立てた。

 内容も然ることながらジャケットの芸術的評価が極めて高い作品として知られる。バラの花束をマイクに見たてて踊るシンディ。肘、肩、腰、一寸の狂いもない見事なポーズに誰もがため息をつくことだろう。

 ニューヨーク郊外、コニーアイランド遊園地に通じる「青い外壁の路地」で撮影は行われたという。ブルーとイエローの強烈なコントラストはニューヨーク現代美術そのものであり、オレンジの髪の毛やレッドのパラソルをちりばめた総天然色は音楽と映画とがドッキングしたMTV時代の到来をたわわにしている。まさしくアンユージュアル(そんじょそこらにはない)。

 米本国でのリリースは83年。高校三年生の私はリアルタイムど真ん中で、しかし、まったく好きになれなかった。「ベストヒットUSA」で顔が出てくるたびに嫌悪した。重大なミステイクであることに気づいたのは30歳をとうに過ぎた頃だった。


 最新のエレクトロニクスをふんだんに織り込んだサウンドというイメージをついつい持つが、意外にもプリミティヴかつラフである。その印象は時代を追うごとに強まっていく。80年代がレトロとなったことと無関係ではないが、「ペシャン、パシャン」と鳴るドラムスは本作品特有の味わいと感じる。

 選曲およびアレンジが抜群によい。出だしの3曲が男性歌手のカヴァーであることは早くからいわれていたことだが、即座に原曲とを聴き比べられるYouTube時代のいまプロデュースの力を実感する。わけても「ハイスクールはダンステリア」は魔法のような仕立て直しである。

 どの時代の誰とも違うヴォーカルは聴くごとに味わい深く聴くたびに新たな発見がある。情熱的で躍動感にあふれ野蛮でありながら洗練され気品に富む。やはりアンユージュアル(とてつもない)。


 本作品より遡ること三年前、80年にシンディはバンド<BLUE ANGEL>で世に出ている。セールスは振るわずバンドは解散。一敗地にまみれた。どん底からのリヴェンジだった。即座に思い浮かぶのは76年のブロンディ、そしてデビー・ハリーであろう。デビーもまたバンドで失敗を乗り越えてようやく掴んだスターへの切符だった。奇しくも両者ともに再デビューは30歳のときであった。演歌の苦労物語に聞こえるだろうか。いや、しかし。グラミーの壇上にあがるシンディにニューヨークの地下住人たちは静かに拍手を贈ったに違いない。あの阿婆擦れがとうとうやりやがったと。アンダーグラウンドの粋を思う。


 ことしアルバムリリース30周年。ボーナストラックを多数収録した記念盤がショップを賑わせている。ピクチャーディスクの持ち主だった彼女もどこかで手にとっているだろうか。