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Bangkok Homekeeping

親孝行したいと心から思ったこと2

2016.12.22 13:26


前回、私がいかに卑屈な学生だったかをダラダラと書きましたが…


今回は社会人編でございます(笑)



新卒で就職活動をしていた私は、無事に内定を頂け、安心しきって卒業式を迎えました。

卒業式や、その後のパーティーもとても楽しく、長かった学生生活が終わる寂しさと

新しい生活への期待で満ちていました。


しかし、卒業式翌日。

内定取り消しの連絡が届きました。

もう、頭真っ白です。


慌てて会社に連絡をしても

「お答えできません」の一点張り。

当然のことながら、気持ちは落ち込みなにをする気にもなれず…

twitterやfacebookで友達が

入社式や新人研修、配属先の話なんかをしているのを見るのが辛かったです。

入社式のニュースが流れると、ソッコーで番組を変えたりしてました。


友達の新しい生活を羨みなら、私は学生時代から続けていたバイト先にお世話になることになりました。

そのバイト先にも、新入社員として同い年のスタッフが配属されて…

毎日比べては落ち込んでました(笑)


既卒として就活を続けていた私ですが、

契約社員として就職が決まりました。

本当に嬉しかったです。


前から憧れていた世界で仕事ができること。また、やっと親を安心させられると思うと本当に嬉しかったです。


このとき私は初めて一人暮らしを経験しました。

なれない土地で、仕事を覚えながらの一人暮らしはとても辛かったのをよく覚えてます。

仕事もとてもハードで、体力的にも精神的にも辛いことが多かっのたですが…

仕事に関してはプライドを持って日々務められました。


仕事に慣れてくると、辛い中にも楽しさ、やりがい等を見つけられ、周りの人にも恵まれやっと居場所が見つかったと思うようになりました。


これから、ドンドンステップアップしていこう!と考え出したころ、体を壊してしまいました。

どうしても仕事を続けることができなくなり、一年と持たずに退職。

実家に帰ることになりました。


楽しくて仕方の無かった職場だったので、かなり落ち込みました。

幸い、体調は回復し日常生活にもなんら問題はなく過ごせるようになりました。


ですが、無職で毎日家にいる自分が本当に恥ずかしく情けなく…

「どうして私ばっかり」と人と比べては落ち込み、自分はいつまで経っても一人前になれないと思い過ごしていました。



退職してから約4ヶ月間、

そんな日々が続きました。



いつまでもこのままではダメだと思い、転職活動を再開。

幸運なことに、就職が決まりました。

今回は実家から車で1時間ほどの距離にある会社での内勤営業です。


初めての営業、今度こそ失敗できない。

また、初めての営業課に女性が採用されたというとこで、プレッシャーも感じながら毎日を過ごしていました。

なかなか会社の人に馴染めないと思いながらも、積極的にコミュニケーションを取りながら仕事をしていました。

ですが、先輩の雑用で7時出勤•22時退社の毎日で、なかなか自分の仕事をさせて貰えませんでした。

仕事を見つけて取り組んでも、「それは今必要ないから」の一言で、また先輩の雑用…


ビジュアルが悪すぎる

お客さんの前に出れる見た目じゃない

ちゃんと化粧はしてるのか

もっと良いブランドを使え


などなど、見た目に関する事で注意を受けるようになりました。

もともと清潔感には気をつけていましたが、まだ足りないのかと、髪を切ったり化粧を変えたりもしました。

それでも足りないのか、

トイレに置いてある消臭ポットをデスクに置かれ、私が歩くと後ろから消臭剤をかけられ…

私が使ったものは汚くて使えない。などなど、中学生のような嫌がらせを受けました。


でも、もう私には後がないし、また仕事を辞めるのは嫌だ。

心配をかけるから、親には言えない…


誰にも言えずに、毎日耐えていました。

そんな生活が続くと、

ある日急に通勤途中、とある交差点を曲がると吐き気と頭痛がするようになりました。




もうダメだと、これまでのことを母に打ち明けました。


母は「そんな思いまでして続ける必要ない。あなたの体が心配だから、直ぐにやめなさい」と言ってくれました。

私も直ぐにやめて楽になりたかったのですが、これまでのこともあったので

辞めるという選択がなかなかできませんでした。


翌日、なんとか耐えて出社しましたが

「あぁ…やっぱりダメだ。辞めないとこれ以上無理だ」とふと思い、そのまま退職の意思を伝えました。


引き止められることもなく、すぐに退職の手続きがされました。


こんな簡単に楽になれるのに、どうしてあんなに毎日耐えていたんだろう。

と今考えると不思議でなりません。



自由の身となったわけですが、

まあ無職生活の幕開けでした…





つづく