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Mika Nakano Official Blog

スマートな自己実現

2016.12.23 00:49


あたり前のことに、

ある瞬間、ふと、気づくことがある。


今日気づいた“あたり前のこと”とは、 


  “How”の前に“What” 


10年ほど前、あたり前に“わかっていた。

でも、今回は、それといっしょに、

こんな図も浮かんだ。 


このピラミッドのヒエラルキーが重要。 

“What”とは、ビジョンのことで、 

“How”とは、アクションプラン、つまり施作。 


ボトムにあって土台となるのは、 

“ビジョン”つまり「なにを現実化したいか。」 

どんなふうにありたいか、 

どんなふうになりたいか、 

という、イメージやビジュアル。 


 “ビジョン”という言葉は、 

ビジネスや自己啓発などあちこちで使われ、 

そのために “使い古された感”のある言葉になった気がして、個人的には残念に感じている。 


本当の“ビジョン”っていうのは、

ひとの“こころ”または“魂”のイメージする、

 “内面にある青写真”のようなもの、と思う。 

私たちの内に青写真があるから、 

何をしたら良いかも見える。 


そして、それがどこから来たか、

どのような感覚をもたらすのか、 

の内的探索を次のステップで行う。 


わたしはこの一手間を大切にしたい。 


ビジョンと思っているものが、 

ひとのモノマネだったり、 

あるべき論から来ていると、 

つまり、心からのビジョンでないと、 

“変化したくないわたしたち人間”は、

ビジョンを達成する十分な力が出ない。 


場合によっては心からのビジョンの障害が

ここで見つかる場合もあり、 

そういう場合は速やかに処理をすればいい。 


そうして出来たプランとアクションプランは、 

かなりパワフルで成果が出る。


ところが、本当のビジョンでない場合、

「どうしたらいいか」ということばかりに、

 気がいくことになる。 


What=どうなりたいか、がないまま、

「ここでないどこか(今よりマシなところ)」

 に行こうとしている、ってことが結構、ある。


こうなると、

How=どうしたらいいか、に走ってしまう。


辛いと思えば思うほど、

マズイと思えば思うほど、

空回りになるアクションプランが先行する。

そうなると、”泥試合”になる(ことが多い)。



"How"ではなく、"What"

--せわしない時期だからこそ、

ちょっと立ち止まって問いかけてみるのもいい。



今日も人生の扉を開いて出会ってくださり、ありがとうございます。 

しかし、図にすると、急に無味乾燥な感じになってしまうなぁ。