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もしも黒猫様が悪女に転生したら17

2021.06.02 23:02

*****


「お前はまたやらかしてくれたな?!」

「なんでそうも問題児ばっかりに懐かれるんですかアーティス様。」

「おいライゼン!アーティをあそこまで警戒していたと言うのになんだその態度の変わりようは!!!」

「アーティさっすが〜。」


さて、部屋に戻ったもののライゼンのことを報告すると口々にお叱りや小言が飛んできた。


もちろん皇帝陛下もいる。

というかジーナが速攻で陛下に報告してくれたおかげで向こうからやってきたのだが。


ゼンはリリーの弟子であり、しかも宝石眼持ちだ。


皇帝が頭を抱えたくなるのも仕方ない。


「安心しろ。ゼンの継承権も返上する。処理しておいてくれ。」

「何故お前が決めるのだ?!」

「ゼンの身の振り方は全て僕が決める。そうだろう?ゼン。」

「うむ。俺は先生に従うぞ。」

「先生ってどう言うことだ?!」


皇帝陛下がギョッとするのも見慣れてきたな。


ていうかリリーたちもなんだその呼び方は?!とか言ってくるのだが、


「こいつがそう呼びたいって言うから。」


別に強要はしてないぞ?と言いつつ、ことの経緯を簡単に説明してゼンの役目を教えたのである。


「理事長の着任に関しては早急に行ってくれ。必要なことは僕が教えておく。あと、ゼンが僕と関わりがあることは知られないように頼む。」

「何故ですか?理事長との仲の良さはアピールしておいても良いのでは?」


ユランが問いかけてくることには全員が頷いて僕を見つめてくる。


まったく、わかってないやつらだな。


「いいか?こいつは僕のものである前にリリーの弟子でもある。どんな尾鰭がついて噂が立つかわからないだろう?それでなくてもリリーのこともまだ何も解決できていないんだ。最低でも首脳会議に参加するまではゼンのことは知られたくない。」

「まあ、ライゼンは影に潜むようなことは得意だからな。暗殺とかも得意だったか?姿を変える魔法は俺より上手いしな。」


リリーは何を聞いていたんだろうか?


僕のこの説明でにこやかにそんな情報を言う流れだったろうか?


いやまあ、暗殺系のタイプは居てくれると助かるのは事実だし、概ねそちら側で教育していこうと思ってたところだけれども!


「まあそもそも、理事長になってもらえば各国の貴族の情報も手に入る。僕と繋がりがあると知り、リリーまで背後にいるとなればそういう情報が手に入りにくいだろう?あらゆる面でゼンは役に立つんだ。楽して得られる情報があるというのにわざわざ仲良しアピールなんてしてたまるか。」


僕の言い分に納得したのはリリーとゼン、ユランとアレンのみ。


皇帝陛下は「またなにを考えてるんだ!」と僕に突っかかってきたが、


これに対してはゼンが誰よりも早く僕の前に出て皇帝陛下をジロリと睨みつけていた。


すると陛下の護衛が一斉に剣を抜いてゼンに向けたのだが、


「先生に向かって切先を向けるとは…、愚か者どもめ。」


ゼンの指パッチンで剣が一瞬にして消えたのである。


そしてどこに消えたのかと思われた剣はゼンの周りで切先を皇帝陛下に向けたまま浮いていた。


あまりにも一瞬のことで誰も反応できず、なによりもゼンがここまでやれる男だとも思わない見た目だったので呆気に取られる物が多い中、


「見事だライゼン。」

「すっげ〜。見た目すごい弱そうなのに〜。護衛騎士のユランも肩なしじゃん。」

「俺もあれくらいできますから!」


リリーたちは呑気なものだ。

なんなら拍手まできこえてきた。



ユランなんてゼンに対抗心すら燃やしていた。


「落ち着けゼン。一応皇帝陛下だぞ?」


ポンポンとゼンの肩を叩いて意識を向ければゼンはムッとしながらも皇帝陛下並びに護衛どもをかなり警戒していた。


僕と最初に出会った時と同じである。


こいつも人間嫌いに拍車をかけてるやつだな、まったく。


「いいからちょっと退いてろ。」


ゼンを宥めて下がらせつつ、陛下を前に悪かったと言えば、


「本当にトンデモナイ奴ばかり連れてきおって…っ。この国を乗っ取るつもりかと思われても仕方ない面々だとわかっているのか?」

「そう言われると思ったが、そんなことをする気は全くないぞ?」

「お前がそう言っても信じる者はいないだろう。ライゼンのことを隠匿するのは賛成だが、だからと言ってこれからお前が何をしでかすのかと思うと眠れぬわ!」


もう嫌だ!なんて言い出しそうな顔の陛下。


その護衛たちもうんうん頷いている。


流石に僕のやり方には慣れてきていた様子だが、リリーの弟子なんてめちゃくちゃ珍しい存在を連れてきたというのはびっくりじゃ済まないもんな。


しかもリリーと僕以外に全く興味のないゼンだ。


誰が敵になろうがこいつは立ちはだかる気満々だと、今目の前で証明されてしまった。


余計なことしやがって…。


「うまくやるさ。お前に迷惑はかけない。心労のほうはお前が心配しすぎなだけだから知らんがな。」

「誰のせいだと思っているんだ!?誰の!」


ぷいと顔を背ける僕に陛下は疲れ切った顔をしていた。


「お前はドーンと皇帝の椅子に座っとけ。やり方はどうであれ、僕の敵になる奴には容赦しないのが僕のポリシーだ。」

「それが!一番!怖いのだ!!!相手がむしろ哀れに思えるほどな?!」

「敵に情けなど無用だろう?お前が皇帝陛下でいる限り、僕はこの国への危害に一切の容赦はしないと約束しているんだぞ?」

「それは…っ。」


心強いが、と呟く皇帝だがそれでもどんな軍隊さえもこの少数精鋭と僕の策略があればなんでもないこと。


皇帝並びにその周りの護衛しか知らない事実である。


…が、僕もわざわざ争いたいわけでもない。


打てる策を事前に打ち、なんの火花も散らさないように終わらせるのが目的だ。


「敵を倒すのに血を流す必要はない。まあ見ていろ。」


ゆるく笑うと皇帝陛下と護衛たちは息を呑むしかない。


まさしく裏の皇帝に君臨したような目で見られていたしな。


まあそれもこいつが表舞台に立ってくれる間のみだ。


次の皇帝がどうするかは知らないからな。


「ほら、もう行け。お前の息子の教育はしっかりしとけよ?僕を敵に回したくないならな。」


にこやかに言ってやると皇帝陛下は顔を青ざめさせ、次の日からみっちり王子の教育を再度行ったことは言うまでもない。


****


「なるほど。政治とは面白い。」

「そうか?退屈だろう?」

「いえ、やり方ひとつで法の抜け道もある。それらを把握していれば裁判所命令なんて怖くないし、経営学の方も似ているので。」


楽しいです!とライゼンは屈託なく笑って僕の教えを素直に飲み込んでいく。


理事長の着任は書類上のことだから迅速に処理が行われたものの、


ライゼンは理事長の仕事をこなしつつ、わからない資料を僕に見せてくるようになった。


勿論、こいつが学びたがっていた世情やその他の学問も教えている。


最初の見窄らしい見た目はなく、今はミステリアスな好青年にしか見えない。


魔力が高い分、成長がリリーよりも幼いところで止まっているからだ。


まあ理事長としてのライゼンには魔法で変装させてそれっぽい見た目のまま通ってもらっているがな。


こいつのことを知られるのは一番避けたいし。


とは言えだ、無名の人間が王立学園の理事長に着任したことは世間を騒がせるにはもってこいのネタでもあった。


貴族連中の子供を預かる場の最高権力者である理事長なのに、聞いたことも見たこともない奴が座っているのだ。


そりゃあ反発もされているが、それらを卒なく解決していくライゼンの手腕で皆を黙らせることも早かった。


というかこいつ、


「あ、先生。今日はこの貴族に少しお灸を据えておいたぞ。」


にこやかに要領を学んで事後報告してくるくらいには笑顔で酷いことをしている。


いや、血が流れるようなものではなく法的にだが。


見せられる資料にはきちんと証拠も提示されており、財産の半分を没収する罪状まで書かれていた。


裏でどんなことをしていたのかを事細かに記載しているあたりがゼンらしい。


ていうか僕に似てきた気がする。


自らの手を汚すことなく歯向かうものや逆らうものに容赦がない。


そしてゼンは褒めてくれる?と待機している状態だ。


ここまで有能だとリリーたちすら肩なしに見えてくるんだが…。


「ああ、よくやったな。ていうかもうこの程度なら報告の必要はないぞ。お前のことは信頼しているし、」

「それじゃあ俺が褒めてもらえないし触ってもらえないからちゃんと報告する!」

「そこかよ…。」


よしよしと頭を撫でてやるとライゼンは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうな顔をする。


犬の尻尾でもあればブンブン振ってそうだ。


しかも見た目が青年止まりだからか、本来なら僕よりも年上なのに見た目を悪用して懐っこく僕に抱きついてきたりするようになっている。


アレンを真似てな。


こいつは人を映す鏡のようだった。


信じると決めた相手のことをそのまま自分の学びとして吸収していく。


リリーが見初めるのも改めて理解できたほどだ。


なんならユランからは空いた時間に剣術を習っているらしく、その成長速度は恐ろしいものだと報告されている。


こいつは化物にでもなるつもりなんだろうか?


頭から手を離すとゼンは物足りなかったのか僕に抱きついてきて、もう少しこのままと甘えてくるのだ。


そして最近それを見ていたリリーたちが、


「いい加減アーティを独り占めするのはやめろライゼン?!俺との時間が全くないじゃないか!!!」

「そーだよー!俺だってアーティと遊びたいのにっ!」

「アーティス様、そいつを斬ってもよろしいでしょうか?」


鬱憤を溜めて文句を言ってくるようになった。


しかもユランが一番物騒なことを言うんだよな。


ゼンがあまりにも優秀すぎて嫉妬するとかではなく、僕の時間を全部ゼンが掻っ攫うことを不満に思ってるらしい。


そしてゼンは僕にかまってもらうために、リリーたちへの仕事を裏から手を回して忙しくさせていることも知っている。


こいつ、本当に頭が切れる。


一度教えたことは絶対忘れないし、日常の些細なことにすら普通に使っているのだ。


「ゼン、そろそろ離れろ。」

「チッ。もう少し仕事を振って拘束しておくべきだったか…。」


そして最近のライゼンがものすごく腹黒い。


にこやかに黒い。


僕の前でだけはワンコのくせに。


ていうかもう僕離れしてもいい頃合いなんだけどな。


なんて思いつつもゼンが離れた途端にリリーとアレンが僕の引っ張り合いを始めるのだ。


「あーもう!鬱陶しいわお前ら!僕にダラダラさせろ?!」

「ゼンにはあんなに構うのになんで俺らはダメなのさー!」

「アレンに愛称を呼ぶ許可をした覚えはないが?」


背後で気配もなくにこやかに立つゼンよ。


お前本当に怖いぞ?


「そうだそうだ!俺との語らいはいつしてくれるんだ!!!ライゼンなどもうとっくに一人前ではないか!」

「師匠…、下手なこと言うと刺すぞ?」


だからゼン、顔が笑ってんのに目が本気なのマジでやめろ。


わんわんすがってくるこいつらを見つめつつ、静かに壁際で立つ唯一の騎士、ユランはため息をついて群がることに入ってはこない。


なんだかんだ言って、一番僕のやりたいことを知ってる奴だなと最近思うようになった。


「おい、ユラン。ついてこい。夕飯作るぞ。」

「俺らのこと無視?!」

「酷いぞアーティ!何故ユランなんだ!」

「あいつが一番静かだからだ!いいから大人しくしとけ!夕飯抜きにするぞ!」


まったく、と呟きながら部屋を出るとユランは静かについてきた。


やっと騒がしいのがなくなったことにホッとしていると、


「また裸足で歩いて…。あの、もう私が触れても大丈夫でしょうか?それであればお運びしますが?」


見てられないので、といつもの小言をサラリと言ってくるユラン。


いつも距離を保ってくれて、あいつらみたいにわがままも特に言わない。


言うとすれば僕の格好やらなんやらにケチをつけてくる程度。


流石にあーだこーだ言われ続けていると慣れてくるし、触れるのも問題ないだろうかと一度手を差し出してみた。


「あの、これは?」

「握ってみろ。嫌じゃなかったら抱っこされてもいい。」

「…なんだか、警戒心の強い野良猫のようですね。」


フッと笑いながらも僕の手を掴んできたユラン。


大きくて剣を使うからかゴツゴツしている。


…が、最初の頃ほど嫌じゃない。


まだちょっと慣れる必要はありそうだが、これくらいなら問題ないだろう。


「よし、抱っこしろ。」

「やっと合格ですか。」


長かったですね、とユランは言いつつも僕を片手で軽々と抱き上げるのだ。


サラッと流れる銀髪と涼しい眼差しを見ると、なんとなく落ち着いた。


「あー、疲れた。僕のぼっち引きこもり生活がどんどん遠ざかる。」

「変なもの拾いまくってますからねえ。」

「拾ったつもりはないんだがな…。」


向こうが勝手に懐いてきてるだけだし。


まあ使い勝手はあるので目を瞑ってはいるけど。


「散歩でもしますか?軽く。」

「うーん、任せる。」

「かしこまりました。」


ラフな格好のユランに抱かれて夕暮れ時の庭園を静かに歩いていく景色に微塵も綺麗だとかは思わなかったけど、


風の匂いとか花の香りとか、そういうものを感じると静かで心地よく思えた。


外出って嫌いだから前世でもこんなふうに散歩したことはなかったけど、意外と良いもんだなと思った。


「どこか行きたいところとかありますか?」

「いや、特には。散歩なんてしたことなかったしな。」

「ではこのまま大回りして厨房までいきましょうか。」

「任せる。」


そんな程度の会話しかせず静かにのんびりと歩いてくれるユラン。


ガキの相手ばかりしてるような毎日だったから、大人びたこいつにすぐ触れることはできなかったけど、


慣れるとすごく心地よく思える。


「そういえば、夕焼けは物悲しくなるものだと何かで読んだことがあります。」


不意にそんなことを呟いたユランは、本当にふとしたことを思い出したと言わんばかりだった。


でもそういうのは前世でもあった。


詩人とか、はたまた小説の中とかで見かけた気がする。


「思いを馳せやすいという解釈しかしたことないが、悲しみに浸る瞬間なんて一番無駄な時間だよな。」

「アーティス様は何かに悲しまれたことがないと?」

「ないわけないだろう。」


むしろ前世の頃から悲惨な人生だったし。


でも、


「僕の場合は悲しむより先にやり返す方法を考えてただけだな。」

「……アーティス様らしいですね。」


やれやれと苦笑されることを見上げながら、僕は前を向いたまま呟いていた。


「だって悲しんだところで起こったことは変わらないだろう?自分の不甲斐なさが招いた事実を泣いてどうにかできるなら僕だって悲しむさ。」


でも現実はそうじゃない。


泣いたって誰も慰めてやくれないし、慰めがなにかを変えられるわけでもない。


起きたことを悲しむならば、その時間を有効活用しようと思うだけだ。


「では、大切な人が亡くなってもアーティス様は悲しまないと?」

「ふむ、まあ寂しくは思うだろう。それに死に方にもよるんじゃないか?死は普遍なものだ。理屈と感情は違うかもしれないが、僕なりにちゃんと弔いくらいするだろう。」

「論理的ですね、本当に。」


ユランが静かに言うことに、返答を間違っただろうかと考えた。


けれど僕の答えはこれなのだから、そんなこと気にするのもおかしな話しである。


「ユランはすぐ泣きそうだな。」

「ははっ。では泣かせないでくださいね。俺の唯一の主人なのですから。」

「大丈夫だ。率先して盾になってくれる物好きが4人いるからな。」

「そうですね。」


クスクスと笑うユランの声音を聞く散歩も心地良く、厨房に辿りつくまでそんな他愛のない話しをしたのだった。


****


「あー!やっとアーティと二人きりだーっ!」


夕飯も終えて風呂に入り、就寝の時間になれば各自部屋に戻っていく。


唯一この部屋で共に寝ているアレンだけが残っており、ベットに座っていたらガバッと抱きつかれていた。


「重いんだが?」

「アーティは変なもの拾いすぎだよ!」

「それ、ユランにも言われた。」


しゅーんとしながら擦り寄ってくるアレンの柔らかな髪を撫でてやると、ため息が耳元で聞こえる。


「アーティにとってはみんな駒なの?役に立つ便利な奴らって思ってんの?」

「どうしたんだ急に。」

「だってさ〜。俺はアーティのためならなんだってしてあげたいと思うけど、アーティはそれを当たり前に思ってるってことじゃん?特別感なくない?」


駒呼ばわりされるのはいいらしい。


そんなむすっとした顔でズレた視点での疑問を問われると目をパチクリとしてしまう。


「僕に当たり前に思われることこそ特別だとはわからないのか?」

「うん?」

「誰彼構わず触れられないし、触られたくもない。嫌いな奴は徹底的に排除するし元より他人なんてどうでも良いと思っているのが僕だぞ?そんな僕が認めてそばに置き、当たり前にお前らと接することは特別じゃないと?」

「……それはそうなんだけど……。その人数が増えてくるとなんか特別感薄くなってきてさ。」


最初は僕に触っても平気だったのはアレンだけだった。


それが尾を引いているのだろう。


拗ねたように言われるとなんとなく心くすぐられてアレンの髪をわしゃわしゃと撫でくりまわしていたのだ。


「人数が増えたと言っても4人だろう?それが多いって思うのか?」

「そりゃあね。あと抜け駆けする奴もいるし?なんか最近楽しくないんだもん。」


あーあ、とベットに寝転がるアレンが遠い視線を天井に向けるのを見ると、僕は身体を起こしてアレンを覗き込んでいた。


「じゃあお前の好む特別感を与えてやろうか?」

「今更そんなものある?」


ジト目をつけてくるアレンを見てフッと笑った僕はそのまま顔を寄せてアレンに口付けていたのだ。


好きな人としかそういうことはしたくない、なんて思考は僕にはない。


前世からそんなもの木っ端微塵にされてきたし、無理矢理なんてこともあったからな。


ただそれでも、潔癖症が故に自分の身体を後からボロボロになるまで洗った記憶は鮮明だ。


けれど今回は僕の意思でしている。


アレンの気持ちが離れかけているのを見て咄嗟に思いついたことだった。


まあそれに、アレンに触れるのは嫌じゃないし、貞操観念もないとくれば、キスひとつに躊躇いなんてものはない。


しっとりと押し付けて、啄むように角度を変え、軽いキスをして離れるとアレンは目を丸々としながら呆然としていた。


「僕のファーストキスだ。この上ない特別じゃないか?」


フッと悪戯っぽく笑ってやれば、アレンは自分の唇に触れてから僕を凝視するのである。


これは夢か、それとも現実か、なんて思っていそうな顔だった。


キスひとつで大袈裟な反応だとは思うが、この世界ではキスひとつを軽くしあうなんてあり得ない。


貴族ならば尚更だ。

早いうちから決められた婚約者を裏切る行為はできないし、家紋に泥を塗るような行いだって言語道断


平民ならばあるのかもしれないが、一応僕はまだ公爵令嬢であり、継承権を返上しているもののまだ公式的な発表はされていない。


それなのに僕から平民の、しかも泥棒に口付けたという事実はかなり衝撃的なものだろう。


実際アレンは言葉も出ない様子で固まっているしな。


それでも僕からしたらそんなくだらない理由に縛られるつもりはないし、貞操を守る義務なんて捨てているも同然の身。


使えるものは使うし、躊躇わない。


だからってそれはアレンが便利な駒だからって理由じゃなく、可愛いことを言うからしたくなったというだけのこと。


僕にしてみれば実に非論理的な理屈だったし、感情で動くなんて滅多になかったのだが、


こうも素直に拗ねられると驚かせてやりたくなったのだ。


「なんだ、気に入らないのか?」


クスッと笑って問いかけてやるとアレンはハッとして、ほんのりと紅潮しながら顔を左右に振っていた。


「……っどう、受け止めて良いのかわかんなくて……。」


正直な気持ちなのだろうアレンの静かな声音に僕は笑っていた。


子供のような顔で、素直に喜びたいのにそれは間違っているという世の中の常識が頭にあって、手放しで喜べないことなのでは?と考えているんだろう。


「な、なんで笑うのさ…っ。」

「いや、今更僕が貴族令嬢の義務に従うとでも?髪を切り、ドレスを脱ぎ捨て、化粧道具も持ってない。女なんて捨てた僕に対して今更、常識を当て嵌めようと?」

「…そ、それはっ。」


わかってはいても理屈じゃないだろと、アレンは視線で訴えてくる。


キスすれば素直に喜ぶものだと思っていたが、普段からゆるいキャラに見えても頭の回転は早い奴だ。


ライゼンとは違って、人として利口な奴だから常識も踏まえているのだ。


むしろそれがまたおかしくてからかってやりたくなった僕はアレンの額に口付け、目元に口付け、頬へと下りていき、


また唇へと接近したが寸止めしてゆるく笑ってやったのだ。


「複雑な心境を持て余してるなら、これ以上はやめておくか?」


なんて聞いてやるとアレンは先ほどの自分の言葉を逆手に取られた状況に眉根を寄せていた。


「そのやり方、ズルくない?」

「ズルい?特別感が欲しいと言ったお前の望みを叶えてやろうとしたことなのに、受け止めきれないことならやめておいた方がいいんじゃないのか?」

「〜〜〜〜っわかってて言ってるだろ!悪どすぎる!!!」

「悪い女に嵌められた。それだけのことじゃないか?素直に嵌められて喜んでおけばいいだろう?僕が乗り気になってるのに、それをみすみす逃すならそれでも構わないがな。」


静かに微笑み、悪い顔をしていただろう僕の言葉に。


アレンは焦れるような顔をして葛藤していたみたいだったが、すぐに諦めた顔で僕の頬に触れてきたのだ。


「馬鹿な男に成り下がって、与えられる気まぐれな蜜を啜ってろって聞こえるね。」

「そういうのは嫌いか?」

「………嫌いなはずなのに、嫌えないからやるせ無いんだよ。」

「ふうん?そういやアレンの好みのタイプってなんなんだ?聞いたことなかったよな?」


ちゃっかりアレンの上に寝そべって見下ろしている僕に、アレンはふうっと息を吐いてから、


「宝石みたいな人。」

「うん?」

「盗みたい、見てみたい、手に入れたい。そう思える人がタイプだと思う。泥棒だし、気の向くまま欲しいものを盗んできたからね。でも…、」


アレンは僕の髪を梳いて、そっと頬を撫でてきた。


「物に対してなら俺の欲求は盗めば満たされるけど、生きている人間に対してそんな感情を持ってしまったら…?俺は愛情なんて形のない好意を盗む手段を知らないんだよね。」


どうやったら俺だけのものになってくれるの?と問いかけてくるアレンには即答してやっていた。


「履き違えるな。アレンが僕のものなんだ。」

「…!」

「アレンが僕のものだからこそ、僕はお前の独占欲を悪戯に満たしてやることもできるし、放置することもできる。そうだろう?」

「随分と、タチが悪くない?」

「そんなタチの悪い奴に構われたくてこんなことしてるんじゃないのか?」


そして僕は気分的に珍しく構ってやりたくなったからキスまでしたのである。


それ以上もそれ以下もない。


にっこりと笑ってやると、アレンは考えることを放棄したのか、


僕の体を押し倒して体制を逆転させてきたのだ。


「なんだ?理性は捨てたのか?」

「ごちゃごちゃ考えるのは後でいいや。今目の前のご馳走逃したら勿体無い。」


そうでしょ?と言ってアレンから深々と唇を奪われる熱。


それにトキメキなんてなかった。

本当にただの気まぐれで、アレンが欲することを満たすための行為でしかなく、


前世で遠に感じたような身体の熱さもない。


頭はすごく冷静だった。


だから思ったんだ。

やっぱり僕は恋愛なんて向いてないし、愛情とかそういうのもよくわかってないんだろうと。


ただ気まぐれな慰め合いに過ぎない熱に…


「アーティ?あれ?アーティ???ちょ、待って!寝たの?!嘘だろ?!この状況で寝たの?!!」


心地よくて、微睡を我慢できず、寝落ちしていたらしい。


翌朝、アレンにものすごい責められることになるのだが…


「アーティってばあーーーっっっ!!!!」


それはまだ数時間も先のことである。