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イタリア🇮🇹で出逢った皆様に✨心から感謝‼️

2021.06.02 13:00

本日2021.6.2はイタリア共和国🇮🇹75周年記念日🎉です😊

僕は音楽家として、イタリアという国には大変お世話になってきました。

イタリアはクラシック音楽発祥の地でありオペラ発祥の地です。

crescendoクレシェンド、pianoピアノ、andanteアンダンテ、fermataフェルマータ…等々、楽譜に用いられる記号の殆どがイタリア語なのは、発祥の地であるが故です。

日本で声楽を勉強する場合、まず最初に練習するのはイタリア古典歌曲であることが多いです。

音大や芸大への入試の際も、入学してからも、声楽のレッスンを受けると大抵の人はイタリア古典歌曲でレッスンを受けます。

ですからクラシック音楽関係者の殆どの人は、イタリア語を音楽記号で知るだけでなく、イタリア語の歌も歌ったことがあるのです。

声楽を専門に勉強する人はなおさらです。

大学の声楽科では、世界で広く使われる英語やスペイン語などより、一番勉強するのはまずイタリア語です。

というわけで、僕も長い間イタリア語と付き合ってきました。

僕が初めてイタリアに降り立ったのは1990年代でした。

それまでにイタリア語をずっと勉強してはいましたが、実際にイタリア人と喋った経験は、東京藝術大学でイタリア語を習ったギッツォーニ先生とぐらい😅💦なのにミラノの駅に一人着いた途端に周りがほぼ全員イタリア人だった衝撃は(当たり前のことなのに ^◇^;)今でも忘れられません。

「わーっ😅ここはホントにイタリア人ばかりで今からイタリア語でしか話せないんだぁ💦こりゃ大変だぁ〜⁉️」などど思ったわけです🤣🤣🤣

当時僕は音楽教師をやっていて、長期休暇にミラノへ飛び、週に一回とかではなく毎日、色々な先生にレッスンをしてもらっていました。

そしてレッスンの合間にミラノを散策したり、レッスンが全て終わったら、フィレンツェ、ボローニャ、ローマなどを散策し、ローマの空港から日本に戻ったりしていました。

ある日ミラノでレッスン後にスカラ座前のベンチでのんびり座っていると、見覚えのある方が目の前を通り過ぎました「ああぁ〜っ😍⁉️鈴木先生‼️」と大声でお声掛けしたのは東京藝術大学での恩師鈴木寛一先生でした。卒業後は東京でも滅多にお会いしてなかった鈴木先生とミラノのスカラ座の前でお会いしたのです‼️驚きでした。せっかくなので、鈴木先生と一緒に来ていた同じ鈴木クラスだったテノール望月哲也君と、当時ミラノ在住で同じ鈴木クラスだった板波利加さんと4人でミラノのドゥオーモなどを散策したのは、今思うととても不思議な巡り合わせでした。

そんな中、当時ミラノ在住だった友人のバリトン谷友博君に、僕が大好きなテノール歌手ジュゼッペ・ジャコミーニさんの住所や電話番号を調べてもらって(当時有名な音楽家の連絡先は手帳に書いて販売されていて誰でも購入することができたのです。今では考えられないことですが…谷君には心から感謝しています。ちなみに上の写真はミラノで谷君が撮ってくれたものです。谷君ありがとう!)ミラノのホテルからジャコミーニさんにレッスンしてほしいと、いきなりお電話をしました。

ジャコミーニさんは気さくにお話に応じて下さり、明日からヨーロッパツアーで会えないが、今度日本に歌いに行くので、その時だったら会ってよい、と仰って下さいました。

そして来日の際に宿泊先のホテルを訪ねてレッスンしていただきました。

ジャコミーニさんは当時オペラ歌手として非常に多忙で、弟子はとっていないとのこと。

自身の発声法を教えられるのは世界でこのマエストロただ一人と、当時ミラノスカラ座の発声監督というポジションだった、パリデ・ヴェントゥーリ先生を御紹介下さいました。

次回のイタリア訪問の際、事前に日本からヴェントゥーリ先生にお電話すると、日本人声楽家澤木和彦さんを御紹介下さいました。そして澤木さんにお電話し、その導きでヴェントゥーリ先生を訪ねることになりました。

そしてイタリアへ飛び、ボローニャにお住まいのヴェントゥーリ先生にお電話すると、なんと急に体調が悪くなって会えないとのこと…予定を早めて日本に帰ろうと思ったときにふと、藝大の同級生だったテノール佐野成宏君が近くのモデナに住んでいることを思い出して電話をかけました。佐野君はちょうどローマ公演から戻ったところで時間があるからモデナに遊びにおいでよと言ってくれました。その夕方、ちょうどクリスマス前でモデナの街はライトアップされ華やいでいました。佐野君御夫妻は自宅に呼んでくれて、近くの馴染みのトラットリアで美味しい夕食を御馳走してくれました。それに僕の予算に合わせてホテルも手配してくれました。そのときの佐野君への御恩は忘れられず、数年後に小さなことですが佐野君のコンサートにお土産を持って訪れたことがあります。友達ってありがたいです。

次のイタリア訪問では、澤木さんのイタリアオペラツアーに参加して、ヴェントゥーリ先生に毎日散々レッスンをしていただきました。ツアーには何十人も参加なさっていて僕はその中の一人だったのですが、ヴェントゥーリ先生は毎日僕ばかりを指名してレッスンして下さいました。当時僕としては周りの皆さんに対して恐縮至極でしたが、その時に教えて頂いた発声法は今頃になってテノールの発声に大きく影響してきています。

ヴェントゥーリ先生からディプロマを頂いた別れ際に「ジャコミーニには、いい生徒を紹介してくれてありがとうと伝えとくよ!」と仰って下さいました。嬉しかったです。こちらこそ素晴らしい御指導をありがとうございました‼️

ヴェントゥーリ先生に何度も何度も徹底的に教え込まれたことが無駄な労力だったと天国でガッカリなされないよう、それにあのとき僕ばかりレッスンしていただいて待ちくたびれたかもしれない沢山のレッスン生の皆様に申し訳なかったことにならないよう、先生の発声法をこの日本に居ながらもっと実現したいと、僕は毎日精進し続けています。

イタリアでいただいた様々なご縁やご恩に僕は心から感謝しています💞

皆様本当にありがとうございました✨

イタリア共和国🇮🇹発足75周年の日にこの文章を書くことができて、誠に幸いです❣️

Grazie all'Italia!!

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