「日曜小説」 マンホールの中で 4 第二章 10
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第二章 10
八幡山からの眺めは、以前と全く変わっていなかった。まだ、ゾンビが出始めてから4日しかたっていないが、それでも何かもう一カ月以上、長い長い時間がたってしまったかのような感じがしていただけに、そこにいた時田も次郎吉も、その他の人々もみな、全く変わらない景色に何か安心を感じた。
「時田さん、何故ここに繋がっているんですか」
しばらく眺めた後、次郎吉は時田に聞いた。
「実は私の先祖、といっても四代前くらいになるが、一億総特攻でアメリカ軍が日本本土に上陸するという前提から、東山将軍がここの町を舞台にアメリカ軍を食い止める計画を立てたのは覚えているな」
時田が言ったように、第二次世界大戦当時、日本軍は劣勢な戦争状態において、一億総特攻というような概念で、アメリカ軍を日本本土に引き込んでアメリカ軍を倒すという、あまり現実的ではない計画を立てた。当時、陸軍中野学校出身の東山という将軍は、この町とその後ろにある街、そして軍事基地などを連携し、この辺の町の中に要塞を作り、迎え討つ計画を立てたのだ。
「しかし、当時日本軍には制空権が無かった。つまり陸上にある施設であれば、当時のB29などの空襲ですべてやられてしまう。当時の日本には、高高度爆撃機に対抗する手段はなかったし、また、迎撃飛行機があったとしても、それを飛ばす燃料が無かったんだ。そこで、東山将軍は、この町だけではなく、この地域全般をすべて地下通路でつなぎ、ちょうど日本の城を真っ逆さまにして地面の下に埋め込んだような、地下の多層構造を作り出した。それどころか、遠いところは線路で結び、線路を引いて高速で移動できるようにしたんだ」
時田は、まるで見てきた話であるような話をした。
「そうなんですか」
「そうだ、そのうえ、その間にいくつもの居住区や弾薬倉庫を作り、そして、爆弾や火炎放射などに耐えられるように複雑な構造を作った。」
時田は、八幡神社の階段に腰を下ろして言ったスネークとランボーは銃を構えて周辺に気を配っている。このような所でもゾンビがくるかもしれないからだ。しかし、時田は全くそのようなことは気にしていないようである。
「でなぜ時田さんが」
「それは、その四代前くらいになる先祖である時田重蔵が、この町の小学校の校長だった。当時校長先生というのは、学校内に天皇陛下のご真影をいただくことから、地元の名士でなければできなかった。まあ、私の先祖が名士であったとは言わないが、それなりの責任のあった地位であったようだ。東山将軍は、自分の子供などを含め、地元の名士と土木作業員や人を集められる人物を探した。特に若い男性は、ほとんどが兵役で南方や沖縄に行ってしまっていたために、貴重な労働力であった。そこで、うちの先祖などが率先して働ける人間を集め、全てこれらのトンネルを作った」
時田は何かを思い出すように話していた。
「手で掘ったんですか」
横で聞いていたスネークが言った。
「手で掘った方が、銃で敵を狙撃したり、途中で様々な仕掛けを作るのいいんだ。機械で掘れば当然に機械を入れるだけの大きさにしなければならない。つまり、敵の戦車も入ってこれてしまうということになる。しかし、人間が掘れば、人間一人が通る廊下の奥に大きな部屋を設けることもできる。」
「なるほど」
「そのうえ、学徒動員で配置された学生も少なくなかった。土木などの作業員は郷田の先祖が、この辺の土地や水脈などは小林の先祖が、そして学徒動員の学生たちの面倒を私の先祖が、それぞれ担当して巨大な地下要塞を作ったのですよ」
時田は言った。
「それでも東山の遺産はわからなかった」
「そう、あれは旭山の山頂だった。あれは東山将軍が自分の部下だけで作ったんだ。そして、そのことから時田、つまり私の先祖は、仮にも軍人を指揮していたことから、この施設全般の管理を任されたということになる。そこで、その子孫である私が、まあ道も外れてしまって鼠の国を作った。元々あの鼠の国は、弾薬庫と武器庫があった場所だ。だから最も周辺の岩盤が強いし、他のトンネルともうまくつながっている。そんなことで、もっとも使いやすい場所を使っている。逆に言えばもっとも逃げやすい場所ということになるんだ」
誰も声は出さなかったが、なるほどと思った。もっとも逃げやすく、様々な場所に繋がっている場所でありながら、鼠の国の住人であっても、その出入り口を知らないという感覚はさすがである。時田のマネジメントがかなり優秀であることを示している。
「さて、そろそろ行こうか」
水筒の水を一口飲むと、時田は立ちあ上がった。
「俺とマサとランボーは、この表参道の石段を下がってゆく。そのうえで、無線連絡して侵攻する。その間、次郎吉と五右衛門とスネークは、裏参道から川沿いに行ってバス会社に行き、裏山の中から入ってカメラの仕込みと資料の盗撮」
「終わったらスネークが信号を出す」
「はい」
「じゃあ、頼むぞ」
次郎吉はそのまま八幡神社の裏参道に入っていった。
「さて、一仕事だな」
時田はパトカーだまりの近所に来ていた。周辺にはゾンビが多くとても近づける状況ではない。
「どうするんですか」
マサは、心配そうに言った。
「ランボー、信号弾」
「へい」
ランボーといわれた男は、通常自動車に積んである信号弾をカメラに向かって撃った。信号弾はパンという音がすると、そのまま光を発し、そして徐々に下に落ちていった。ゾンビたちは、その光と音に反応し、その方に群がるように行った。
「こちら本部、戸田。パトカー動かします」
時田の持っている無線機から声がした。警察の信号をハッキングしていたために、元商社マンの戸田がスイッチを入れて、一斉にそこにあるパトカーがサイレンを鳴らし、そして動き始めたのである。
ゾンビたちは、その音に驚き、そして三々五々、パトカーに縋りついた。
「行くぞ」
「へい」
時田は、そこから走り出すと、最も近い場所にある警察車両のバスの中に入った。マサとランボーも合わせて同じパトカーの後部座席に乗った。
「こちら時田。行くぞ」
「本部了解」
パトカーはゆっくりと動き始めた。全てがサイレンを鳴らし、動き始めた。他のパトカーもすべてがそのバスの動きに合わせた。
「少しより位置してゆこうか」
「どちらに」
マサは言った。ランボーは、何も言わず武器の手入れをしていた。警察のバスの中には、最低限の武器や「さすまた」といわれる長い棒、それに信号弾など様々なものが入っている。それらも確認していたのだ。
「街の自衛隊の壁の周辺のゾンビもつれてこよう」
「わかりました。本部に連絡します」
マサは、そういうと、警察バスの中の無線機に手をかけて、警察署に無線で連絡した。
「誰だ」
警察署の対応者は、かなり不機嫌そうである。
「誰でもいいだろう。今荒壁の外側を走るが、そのパトカーは攻撃しないように。ゾンビを引き離す」
「そんな危険な事、危ないぞ」
「まあ、大丈夫だよ」
バスで、何人かのゾンビを跳ね飛ばしながら、バスはある程度のスピードを出して、壁の外側を走った。サイレンに反応したゾンビたちは、パトカーを追いかけ、壁から離れていった。
「さて、後は次郎吉だな」