もしも黒猫様が悪女に転生したら18
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「ドラゴンなんて孵化させたらまた皇帝陛下に怒られますよ?」
「そんなこと言ったってリリーとの約束なんだ。仕方ないだろう?」
現在、僕はようやくリリーとの約束を果たすために魔塔で研究資料を読み漁っていた。
リリーはようやくこの日が来たと言わんばかりにニコニコと上機嫌。
ユランはいつも通り僕の護衛としてついてきている。
ただアレンだけはキスしてからかってやった日から不貞腐れているのだ。
まさか僕も寝落ちすると思ってなかったから、ギャンギャン言われることにどうどうと宥めることしかできず、
結局アレンは持て余した熱をどうにかしてくると言って出て行ったきり。
数日帰ってきてないが大丈夫だろうか?と思いつつも、学園のことも落ち着いてきたし、なによりゼンの手腕を最早疑う余地も無くなってきたので、
今日はのんびりリリーに付き合うことにしたのだ。
「あ、そういえば聞きましたか?皇帝陛下が皇子殿下を再度しごいていること。」
「ああ、僕が脅したからか?」
「そりゃそうでしょう?まあ皇子殿下はそつなくこなしているようですが。」
「ふうん?それをなんで僕にいうんだ?」
「皇帝陛下がまたなんでこんなことを言いつけてくるのかと、少し探っているようですよ?」
「まあ、知られて困るもんでもないだろう?ゆくゆくは世代交代するんだ。その時に僕をどうするのか決めるのは次の皇帝だしな。」
そもそも皇子といえばこの小説のメインヒーローじゃないか。
ヒロインとくっつくことが約束されている奴。
小説では確か、幼い頃から出会っていて皇子殿下は自分の正体を隠し、度々ヒロインに会いに行っていたって設定があったはず。
田舎の貴族であるヒロインと結ばれるために王都に呼び、城で滞在させ、婚約するまでの一連の中で、
ユランやリリーたちとも出会って、みんなヒロインに心奪われるという典型的な逆ハーである。
「皇子殿下には想い人がいるのも城の中では知られてることだろう?再教育で時間を取られて怒ってるとか?」
ユランが不意にそんな情報を聞かせてきたので何かあるんだろうと思って問いかけると、
「いえ、それが最近はあまり出向いていないそうです。」
「ふむ。まあ忙しいだろうからな。」
時期継承権を渡したのだ。
皇帝になるための教育はもちろんだが、公務もあるだろうし。
そう頻繁に会いに行けないのは王族の運命ってやつだろうに。
「というか、あれだけ熱を上げていたのにそういうきらいが全くないとの噂でして…。」
なにかあったんでしょうか?と警戒しているユランはこれを言いたかったらしい。
小説の中ではヒロインを独占するために皇子の独裁的なやり方がよく描かれていた。
こういう奴を踏み躙って言うことを聞かせるのがいいのだと姉の椿は言っていたが、
僕からしたらあまりにも非現実な話しだったし、そこまで執着されると逆に怖いと思うが?と思ったものだ。
ただまあ、その物語をだいぶ荒らしている僕の存在で皇子にも影響が出ているとしたら…。
厄介なことは避けたいのだが、どうなるか予想もつかないな。
「最近では公務や教育をそれなりにこなしながら、空いた時間に読書をしておられるだけのようです。」
いつもなら時間が開けばすぐに馬車を走らせて田舎道を駆けていたというのに、と言いたいのだろう。
そんなこと言われてもな。
僕は直接関わっていないし、皇子の心境変化まで面倒見る気はない。
「寧ろ皇子が最近気にしておられるのは皇帝陛下が何かに怯えていることだそうです。」
「完全に僕じゃないか。あいつの肝っ玉の小ささはどうにかならんのか。」
「そう言われましても…。アーティス様のやり方は散々ですからね。」
にこやかなユランの言い方には舌打ちしそうになる。
散々っていうけど、そうでもしなければ皇帝陛下にあれらの問題が処理できたか?
否、褒められこそすれ、責められる謂れはない。
「ま、どのみちその田舎貴族の娘は王都に呼ぶんだろう?」
「その手筈は既に済んでおりますが…。」
「なら大丈夫だろう。親より心奪われた娘が来れば気にしなくなるだろうし。」
考えてみればもうそんな時期が間近なのかと思う。
ヒロインがくれば城の中はどうなるだろうな。
アーティスはいじめ抜いていたが、僕はそんなことする気はないし。
ていうか関わりたくないからしばらく身を潜めるのもアリかもしれない。
「その田舎娘はユランも惚れる相手かもな。」
「はい?何故そのようなことを?」
「何も知らない純真無垢な娘だろう?」
田舎暮らしが長く、王都での生活にまるで染まっていないヒロインは攻略キャラをどんどん落としていく。
ユランだって例外ではないのだ。
「ユランはそういう裏表のない奴が好みだと思ったんだが?」
「はあ…。私の主人はアーティス様です。他の娘に気を取られるほど、半端な慕い方などしていません。」
キッパリと言い切られ、心外だと睨まれることに僕は肩をすくめていた。
「おい、アーティ!さっきから騎士とばかり語りおって!俺を無視するな!」
さなか、リリーが奥の部屋から色んな資料を持ってきてくれながら僕の隣に座ってくるのだ。
「じゃあリリーはどうだろう?その田舎娘に心奪われて腑抜けになるとかさ。なあユラン?」
小説の中ではそうだったんだがなあ、と思いながらカマかけしてみたら、
「俺がアーティ以外に興味を持つと?」
「アーティス様、それはあんまりかと。」
どう考えてもあり得ないでしょう?とユランがやれやれといった顔で見つめてくる中、
リリーがイラついた顔で僕を見下ろしてくる。
「そもそも頭の悪い奴は嫌いだ。それに俺は一途なのだ。アーティと決めたらアーティとしか話すことはしないし、協力もしない。」
ムンと言い張るリリーの不貞腐れた顔を見て、ユランがほらね?と言ってくる。
いやだって小説ではヒロインにそういう気持ちを全部向けていたんだぞお前ら?
まあ僕が先になんだかんだ懐柔してしまったから今はこう言ってくれるんだろうけどな。
それにリリーは頭が悪い奴は嫌いだというが、実際は裏表がなく嘘をつかない人間を好むのだ。
だからヒロインに心奪われていたのだが、よくもまあ僕に懐いたもんだ。
そりゃあ僕も嘘はつかないが、ヒロインほど喜怒哀楽が激しく無能で守られるだけの女ではないし、女も捨てた身。
そこら辺を踏まえると心変わりとかするのかなと思ったんだけど、
「じゃあ二人とも、ずっと僕のそばにいる気か?」
「当然です。」
「なんで今更そんなことを聞くんだ?」
リリーが怪訝な眼差しを向けてきたので僕は資料に目を落としつつも、
「まあ…、ちょっとな。不安だったのかも。」
離れることはないとわかっていても、ヒロインはヒロインだからな。
理屈のない力が働くのであれば、僕はまた一人になる可能性もある。
寂しいと、そう思ってしまったから聞いてしまったのだろう。
最初はぼっち引きこもり生活を目指していたのに。
ふう、と息をついていた僕に何故かリリーが抱きあげてきてポンポンと撫でられていた。
「可愛い奴だ。」
「????」
すりすりされてぎゅうぎゅうされているんだけど、どこで可愛いとか思ったんだこいつ?
ユランまで微笑ましい眼差しを向けてくるではないか。
なんか気持ち悪いのでとっととドラゴンの卵の研究に取り掛かろうと話題を変えたのだった。
*****
アーティスが皇宮の離れで騒がしい生活を送っている中、皇子殿下はというと…
「は?皇子?!皇子ってなんだよ?!どういうことだ!?」
数日前からちょっとおかしいと噂になっていた。
それもそのはず。
自分のことを全身鏡でまじまじと見つめていたかと思えば、公務や再教育に対してもまるで素人のようなミスをしたりする。
はたまた、
「あのさ、どこ行くんだ?」
毎日の日課と言っても過言ではない、想い人の所へ馬車を早急に走らせているとそんな疑問すら問われるのだ。
皇子殿下の側近も困惑しながら教えるほど。
「どこって…、マリア令嬢のところではないですか。いつも早く行けと仰っていたのにどうしたんですか?」
「いや、なんでもない…。」
顔を背けながらも頭の上にハテナをいっぱい浮かべているようにすら見える殿下である。
そうして心待ちにしていた場所に辿りついたというのに、今日の殿下はいつも一目散に待機を命じて令嬢の元へと馳せ参じるのだが、
「えーっと、直接訪問していいのか?」
なんて聞いてくる始末。
一応周知の事実ではあるので正門から堂々と入ることは何も悪いことではないが、
いつもの殿下ならば早く会いたいがために、挨拶をすっ飛ばして中庭に向かわれる。
「どちらでも構いませんが、今日は挨拶をして中に入るんですか?」
お供しましょうか?と側近まで困惑状態である。
けれど殿下はそうしてくれと頼むのだ。
いつもの殿下らしくない。
いつもであれば誰にも令嬢を目に映させないよう、馬車で待機を命じるだけなのに。
それでも今日はそうすると決めたのであれば従者らしく、門を叩く殿下に付き従うしかない。
田舎貴族とはいえ王族の訪問にはかなりの緊張感が漂う広間での挨拶となり、
けれど両親も殿下が娘に熱を上げているのは知っているので早々にマリア嬢を呼んでいた。
淡い水色の髪は長くふわっふわで、大きな眼差しは溢れそうな同じ色味。
花が咲いたように笑って「妖精さん!」なんて言って駆け寄ってくるのがマリア嬢である。
幼い日に親の目がない場所で出会った二人。
マリアは田舎育ちで貴族ということもあり大切に育てられた故の孤独を持て余した純粋な御令嬢だった。
殿下はそんなマリア嬢の唯一の話し相手をされるようになり、ここへ通う日々。
幼いマリアに皇子だという身分を明かすのは簡単だったが、
殿下の美しい容姿と自然の中での出会いに、夢みがちなマリアは妖精ですか?なんて聞いたところから始まるのだ。
なので今でも名前は知っているだろうに、妖精さんと殿下を呼ぶ唯一の人である。
そしてそんなマリアの姿にいつもならば甘ったるい目を向ける殿下は、
「え…、」
ふんわりと抱きついてくる御令嬢を受け止めつつもすぐに肩を押し返していた。
「えっと、」
そして殿下は困惑しながらも、
「元気にしてたか?」
なんて当たり障りのないことを聞く。
毎日のように訪れているのにその質問はなんなんだと周りが思うのも無理はない。
…が、殿下の今の心境は以下である。
(誰だこいつ?!俺ってこんな奴が好きなの?!悪いけど全く好みじゃねえ…!)
そんな心境など誰も知る由がない中、マリアが中庭でのお茶会に殿下を誘うまでの流れについていくしかなかったのだ。
(これってやっぱ転生ってやつなのか?そうだよなあ〜…。どうやって死んだかはわからねえが、目が覚めたら皇子って…。似合わないにも程がある。)
そう、皇子殿下の様子がおかしいのはそのせいだった。
にこにこと花が似合うふわっふわのマリアにベタ惚れだった皇子はもういないのだ。
(三千院 遠だった記憶だけははっきりあるが…。ロード皇子の…つまり今の俺の身体の持ち主とは好みが全く合わないのが大問題すぎる。)
継承権第二位であるロード皇子殿下は美しい薔薇のような真紅の髪に、エメラルドの眼差しを持つ男だ。
厳しくどこか残酷な面もあるが、公務や教育には眉ひとつ動かすことなく淡々とこなす奴。
けれどもマリアの前ではその仏頂面も柔らかになるというのに、遠が入ってしまった皇子殿下は全くもってマリアには何も感じなかった。
むしろ、
(俺の黒猫様はどこにいるんだ?!俺が転生したならあいつだっているんじゃないのか?!いや…、確率はかなり低いだろうが…っ。だからってこんなふわっふわで王妃とか絶対向いてなさそうな馬鹿女と一緒になんかなりたくねえっ。)
早急になんとかせねば!と、転生してしまった人生を立て直すべく頭を働かせていたのである。
けれどもロード皇子殿下とマリアの仲はどうあがいても周知の事実。
なんならロードは既にマリアを城に住まわせる段取りも終わらせていたのだ。
卒なく彼女が訪れる日を待ち侘びるだけのタイミングで遠が転生したという流れは最悪すぎた。
ただ、城に住まわせる段取りは終わっていても婚約しているわけではない。
そこだけが唯一の抜け道だったのだ。
だからこそロード(遠)はマリアとのお茶会も早々に済ませて帰路につき、
それからはマリアに会いに行くなんてすることなく、皇子としてやらなければならないことを把握しながら、
ありがたいことに再教育を命じられたことにもう一度勉強のし直しを快く引き受けていた。
勿論、ロードの記憶もないことはないのだが…。
ほとんどがマリアとの記憶で公務やら礼儀やら人脈作りなんてものには全く興味がないようだったのだ。
裏から手を回して、自分に害なすものを殺害するなんてことは普通にするくせに、
なにか大きな功績を残したということもない。
ただただ卒なく皇子という義務をこなしつつ、マリアのことだけを考えて動いていた。
あり得ない。無能すぎる。
遠がそう思うのも無理はないほどに、ロードの記憶はマリア一色。
あんな女のどこがいいんだと遠は思いながら、城の中で信頼のおける人物や、そうでないものを把握していく日常が続いたのだ。
側近の従者であるリニアはそんな変化を間近で見ながら困惑しつつも、ロードの求めるものを持ってきてくれた。
ロードの記憶によるとこのリニアもまた元暗殺者でロードが一番信頼を置いている部下である。
怖すぎる。
自分が暗殺されるとは思ってないのだろうかと考えるものの、そんなことはない。
ロードのおかげで命を拾われたリニアの忠誠心は見上げるものだったのだ。
ただこんな皇子に拾われてかわいそうにと今のロードは思うのだが。
そんな中身が遠になってしまったロードは最近の世情も調べており、起きた事件や解決した内容の報告書にまで目を通していた。
嫌々ながらも継承権を示す、エメラルドのような宝石眼を持っている皇子は継承権持ちだけでなく皇族。
皇帝陛下になろうがなるまいが、勤めはあるのだ。
そのためにはやはり世論を知る必要があったし、この国の歴史も学ぶ必要がある。
そこらへんは再教育とロードの記憶があったのでなんとかなっているが、
世情に全く興味のなかったロードなので、ここは一から見直す必要があったのだ。
そしてその中に、
「リニア、賭博場で荒稼ぎしていた事件は誰が解決したんだ?」
「報告書に記載はないのですか?」
「自由騎士のユラン・セルナンド卿と書かれているが…。」
「であればその方なのでは?」
「自由騎士は確か、最近別に主人を持ったと聞いた気がするんだが…。」
「何をおっしゃりたいのですか?」
毅然と立っているリニアは新緑のような髪に深々とした森のような眼差しが特徴的な奴だ。
そして従者ながらに長年連れ添っているからか、ロードと二人きりになると面倒臭いと顔にありありと示したりもする。
「内容が薄いというか…。解決しました、はい終わりってだけの報告書って受理されるものなのか?」
「そこは皇帝陛下の采配ですからね。何か裏取引があったのか、はたまた表に出て出せない人物が関わっているのか。そういう理由でしょう。」
「最近の皇帝陛下は様子がおかしいと思わないか?」
「お父上のご心配…ですか。初めてですね、そんなことを仰るのは。」
「………」
そりゃあロードではないからな、と言えたらどれだけいいか。
普通両親の心配くらい当たり前だろうと思うが、ロードにとってはマリア以外は赤の他人同然の接し方だ。
義務的な会話はするし、陛下もそれなりに息子を愛でているというのに、ロードはそれを当たり前のものだとしか思っていない。
「そういや、俺の継承権は第二位なんだよな?一位は誰なんだ?」
「かの有名な悪女。アーティス・べレロフォン公爵令嬢です。それこそ今更なのでは?」
もう変な主人に慣れてきたのか、問われたことに即答していくリニアは本当に深く突っ込んでくれなくて助かる。
それにしたってかの有名なと言われても、ロードの記憶の中ですらそのアーティスという人物が悪行を行なった光景など見ていない。
すべては聞き齧りであり、わがままで身勝手な女という噂しか知らないのである。
まあどちらにせよその人物が皇帝陛下になってくれるのなら、いくらか仕事の量も減るだろう。
元より皇帝とか全くの向いていないのだから。
「ロード殿下、そろそろアーティス・べレロフォン公爵令嬢の暗殺の計画を実行しますか?」
なんて思っていた時にリニアがサラリとそんなことを問いかけてくるのでゴホッと飲みかけのお茶を吹き出していたロード。
はあ?!と言いたかったが、ロードの記憶には確かに第一継承権を持つアーティスが邪魔だと言って皇宮に訪れる前に殺すか、
それとも皇宮でとりあえず様子を見るかの判断に悩んでいた。
「暗殺はしない。むしろ、皇帝陛下に代わりになってくれるならそっちのほうがいい。」
「はい?マリア嬢のために城の中についてはロード殿下が全ての実権を握れる状態にしておきたいと仰せつかっておりますが?」
「やっぱりやめると言ってるんだ。」
「…………」
女一人のためになにをやらかそうとしていたんだロードは!とロードの身体で頭を抱える遠である。
そもそもマリアの何がよくて惚れ込んでいるのかさっぱりわからない。
庇護欲をくすぐったのか、それとも単純に見た目が好みだったのか。
考えてはみるがどれもこれもピンとこなかった。
「なあリニア、俺はなんでマリアに惚れていたんだ?」
「…まるでもう惚れていないと仰っているように聞こえるのですが?」
「いいから、何か知らないか?」
「はて。拾われた時には既にぞっこんでおられたので俺からはなんとも。」
サクッと切り捨てられたような返答に、ロードは顔を引き攣らせていたものの…
「じゃあリニアはマリアをどう思う?」
「正直に言ってもよいのですか?」
「ああ、正直に頼む。」
「妃など到底務まらない無能で無知な田舎者、ですかね。」
すごいディスるな、と思うロードだったがそれに共感しているのも事実である。
「だよなあ?なんであんなのに懸想してたんだ?」
「それは俺が聞きたいくらいですが…。」
「取り敢えずもうマリアが城にくることは決まってるんだろう?なら好きにはさせるが、俺からは会いに行かないからそこらへんをうまくやってくれ。」
「かしこまりました。」
深いことはやっぱり聞いてこないんだなと思うリニアの反応にはやはり助かっている。
取り敢えず、マリアに関してはそれで距離を置くとしても、気になる報告書がいくつかある。
それに伴ってロードの父である皇帝陛下が再教育を今更言いつけてきたのもおかしい。
ロードはこんな奴だが公務や勉学はひと通りこなしているし、別に悪い成績ではない。
マリアのためという執念は凄まじかったが、そこを除けば再教育の必要性は特に感じないほど卒なくこなしているのだ。
「リニア、皇帝陛下への謁見を取り付けてくれ。」
「いつ頃がよろしいですか?」
「できれば早い方がいい。」
「かしこまりました。」
そのやり取りの後、皇帝からの呼び出しがすぐに出されて陛下の執務室へと入ることになったのだ。
*****
「ロード、どうした?なにか問題でもあったか?」
皇帝陛下は最近やつれている。
何が原因かを探ってはみたが、政務に支障はなく、大きな事件があったわけでもない。
ならば何故?と考えながら中身が遠のロードは「少し気になることがありまして。」と賭博場の報告書を出したのである。
「内容が薄いにも関わらず、陛下が処理されたこの報告書。なにか隠していることがあるのではと思いまして。」
静かに言い放つロード(遠)は、一応前世が三千院という財閥の生まれでもあるのでこういうのは見慣れているのだ。
社交会やらなんやらの礼儀作法等も再教育でやり直してはみたが前世と似通っている部分もあった。
なによりも父と接するという当たり前のことをするためにも敬語は必要で、アポを取らないと会えないという環境もよく似ている。
だから特別そこら辺に不満もないし、現皇帝陛下はよくやっているほうだと過去の資料を見ても思う。
…が、だからこそこの皇帝陛下に賭博場の問題を解決できたとは思えないのだ。
あくまでも彼は法に則って問題への対処をしている人だ。
そして賭博という荒稼ぎは法に遵守していたし、公的な逮捕状も出せない状況だった。
にも関わらず報告書の中身はおざなり。
解決したのならそれでいいと思うのは国民たちだけで、同じ城の中で住まい、血を分けた父が何か隠していると気づくのは普通のこと。
そしてこれまでの資料を読んでいるからこそ、この報告書と最近のやつれた顔を見る限り、
「裏で陛下を操るものでもいるような気がしてならないのですが。」
遠も馬鹿ではない。
そしてロードもだ。
中身が入れ替わっていなくてもロードだって気づいただろう。
それを見ないフリしていたのはマリアにしか興味がないから。
けれど遠は違う。
もしも本当に裏で皇帝の権力を操っている人物がいるのならそれは由々しき事だ。
放っておけば国の存続の危機にすら繋がる。
どういう人物が関わっているのか確かめないと、と思うのは一応立場的な理由もあるが、
それだけ機転が回る奴なら一度話してみたいと思った程度の好奇心。
ロードの鋭い推察に皇帝陛下はうーむ、と黙り込んで考えていたが、
「……………そうだな。時期皇帝になるのだ。お前も知っておくべきだろう。それでどうするのか…、自分で決めるがいい。」
皇帝陛下はまさしく裏に誰がいることも、皇帝の権力を操っているという事実も認めた発言をした。
なによりもこの日が来てしまったか、と言いたげな顔は心配と不安の色に悩まされている。
「どこへ行けば会えますか?」
「離宮に行けばわかる。すぐ向かうのか?」
「できればそうしたいです。」
「わかった。伝えておこう。」
そんな言葉で終わった会話にはどこの誰がとか、どうしてそうなったのかという内容が一切なかった。
つまりは離宮にいる人物に全て聞けということだ。
「リニア、支度を頼む。」
「本当にそんな人物がいたとは…、驚きですね。」
「驚いているように見えないんだが?」
「会ってどうするんですか?」
「さあな。会ってから決める。」
「そうですか。」
なんて会話でロードとしての二度目の人生を迎えていた遠は、結構真面目に皇子殿下をやりつつも、
「あー、猫と遊びたい。」
「猫、ですか。買ってきましょうか?」
「いや、そういうんじゃないから。」
前世でそれはもう可愛がっていた顔を思い浮かべながらも、そんな記憶のせいで今回は恋愛なんて無理そうだなとがっかりしながら離宮に向かうのだった。