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時代への危機感を詠む 歌集「202X」を刊行 藤原龍一郎さん(歌人)

2018.06.06 14:37

https://www.tokyo-np.co.jp/article/3251 【時代への危機感を詠む 歌集「202X」を刊行 藤原龍一郎さん(歌人)】より

2020年4月11日

あえて流行の人物を詠み込むなど、「時代の表層」を切り取ってきた藤原龍一郎さん(68)が、約十年ぶりとなる歌集『202X』(六花書林)を出した。およそ歌集らしくない赤と黒のコントラストが際立つ一冊に、これまでになくメッセージ性の強い歌を収めた。そこには、時代へのただならぬ危機感がある。

夜は千の目をもち千の目に監視されて生き継ぐ昨日から今日

「コノクニヲ マモリヌク!」とぞ総統は叫ぶ ダレトタタカッテイルノ?

東京愛国五輪「日本ガマタ勝ッタ!」この永遠の戒厳令下

 ここ五年ほどの歌を中心に約三百六十首を選んだ。この間、安倍政権下で特定秘密保護法や安全保障関連法、「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法などが成立した。森友学園を巡る財務省の公文書改ざんも明るみに出た。

 「どんどん戦時中に近づいている気がするし、本当に小説の『一九八四年』と似ていますよね」。『一九八四年』は作家ジョージ・オーウェルが描いた全体主義的な近未来で、主人公は歴史改ざんなどの仕事をする。小説をモチーフに「不穏な感じで」と依頼した歌集の表紙デザインは、真っ赤な地に、ハットとコート姿の怪しげな人物が、イラストで黒く描かれている。「時代がテーマだから」と決めた書名の黒い文字と相まって、見る者の胸を妙にざわつかせる。

 五輪の歌は二年ほど前の夏、同調圧力を嫌だなと感じて詠んだ。ところが、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大で、東京五輪・パラリンピックは一年延期に。七都府県に政府の緊急事態宣言が出されることになろうとは、原稿をまとめ始めた一月初旬には思いもよらなかった。桜雨だった取材の日。最寄り駅まで人影まばらな道すがら、思わず自らの一首を思い出したという。

東京の午前を午後を生きのびて歩みて春は名のみの街区

 歌との出合いは、大学受験の浪人中だった一九七〇年。書店でたまたま手にした寺山修司歌集に、「短歌ってこういうことを歌えるんだ」と衝撃を受けた。歌人の春日井建や塚本邦雄、寺山らを世に出した作家中井英夫の『黒衣の短歌史』などを読み進め、大学入学後に雑誌「短歌人」の結社に入った。以来、四十八年になる。昨年十二月までの九年間は編集人も務めた。

 明瞭でよどみない語り口は、職業柄でもあるのだろう。長くニッポン放送でディレクターとして番組制作を担った。入社間もなくの日航ジャンボ機墜落事故や、昭和天皇崩御、湾岸戦争勃発など、緊迫したニュースを伝えたのは忘れられない。

 「今、この瞬間、ということがすごく脳裏に残りました。翻って短歌の表現でも、瞬間が言葉になっていることが大事なんだと。だから、人名などの固有名詞でも、その瞬間最も重い、または輝いている固有名詞なら入れてしまって、五年後、十年後にその名前が分からなくなってもしょうがないと思うようになりました」。意図して「時代の表層の部分」を残していくべきだとの信念で、間近に接した旬な芸能人らの名前を入れた歌は、かけがえのない個性になった。

 今回の歌集には、「時代ときっちり拮抗(きっこう)しないといけない」との思いがある。数年来、抱き続ける危機感からだ。「あらゆる表現は時代の影響を受ける。短歌が時代に対して存在理由を主張するためにはどうすればいいかというと、やはり時代を映し出すことなんじゃないか。炭坑のカナリアの役目として、危機を読者に伝えるような表現ができればいいなと思って」

 贈呈先から「共感した」と長い礼状が届くなど、今までにない手応えを感じている。「六十代の終わりかけた歌人がこういうことを詠んでいるんだと、若い歌人に考えてもらえたら」と期待するが、短歌の世界で六十代は中堅とも言う。この先、目指すありようは。

 「多少なりともいつも外を見て、多少でもいいから顔を上げて、少なくとも視線を水平にしていよう。そういう気はしているんです」 (北爪三記)