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のらくらり。

あぁ、腹が立つ!

2021.06.07 08:19

59話ベース、ウィルイスの再会妄想。

ありえないけど、こうやってルイスがウィリアムに対して怒りを露わにするのもありかなと思った!

三年経ってもウィリアムはルイスに関してだけポンコツなんだなと思うともう改善は見込めない、それでこそウィリアムだぜ。


ルイスが幽閉されたアルバートの元を訪ねることは滅多にない。

離れ離れになった三年の間でルイスとアルバートが会ったのは、アルバートの翳りを晴らすべく向かった一回と、どうにも思うように振る舞えず心が折れそうになったルイスがアルバートに叱咤してもらうため向かった一回の、合わせて二回くらいだろうか。

会っては決意が鈍りそうだから、極力会うことを避けていた。

アルバートもルイスの決意は承知の上なのだろう、彼はいつだって窮屈な空間で一人孤独に過ごしている。

兄に対し特別依存的なルイスがウィリアムを喪い、アルバートにも頼らず、日々を英国のためだけに尽くす生き様に違和感を覚える人間はいなかった。

長く付き合ってきたフレッドやジャックを始め、MI6のメンバーは皆ルイスに兄の面影を見ているからだ。

誰もルイスのことをルイスとして見てくれたことはない。

モランがいればまだ違ったのかもしれないが、彼とは道を違えてしまったのだから、"M"として生きるルイスは信頼出来る仲間に囲まれながらも独りだった。

けれどルイスはそれで良いと思っていた。

ウィリアムのように、アルバートのように、他の誰より尊敬して愛おしく思う二人のようになりたいと頑張ってきたのだから、自分に兄達を重ねて見る仲間を見ていっそ誇らしく感じていたほどだ。

ルイスが立案したプランが成功すればウィリアムが褒めそやされ、ルイスが見事な采配を披露すればアルバートが褒めそやされる。

立派に二人の代わりになれているのだと、二人の分までモリアーティ家が背負う罪に対する贖罪を果たせているのだと、ルイスは至極満たされた日々を送っていると信じていたのだ。

その心に小さな小さな穴が空いていて、取りこぼすようにさらりとしたものが落ちていっていることに気付かないまま、長く三年の時間が過ぎる。


そんな中やってきたシャーロック・ホームズの存在は、ルイスが気付いていなかった心の穴をいとも簡単に大きく広げてしまった。


語られる過去に何も思わない自分を遠くから冷めた瞳で見つめているような、そんな心地だった。

ウィリアムが生きているという現実をまるで他人事のように受け止めている自分が信じられず、それでもきっとこの報告を知りたいと願っているであろう長兄の元に向かったのは、ほとんどルイスの無意識だ。

何の約束もせずに夜遅く訪ねてきたルイスを、アルバートは訝しげに思いながらも穏やかに出迎えてくれた。


「久しぶりだね、ルイス。調子はどうだい?」

「…変わり、ありません。アルバート兄様もお元気そうで」

「おかげさまでね、存分に悔いる時間を与えられているよ」

「……」


表情を乗せないルイスの顔を見て、アルバートは少しの違和感を覚える。

一人にしてしまった弟は以前にも増して表情に出すことを嫌うようになった。

けれどそれも仕方のないことだと理解していたが、それを踏まえたとしてもどうにもルイスの様子がおかしいのだ。

MI6の誰も気付かなかったルイスの変化にアルバートだけは気付いている。


「今日、ホームズが来ました。今後の計画をサポートしてくださるそうです」

「そうか。生きていたんだな、彼は」

「…兄さんも、生きているそうです」

「……そうか。生きているのか、ウィリアムは」

「…そう、言っていました」

「…良かった。本当に良かった…」

「…はい…」


そうしてルイスの口から語られた事実は、アルバートを驚かせながらも僅かな安堵を感じさせた。

死して償うと決めた彼の代わりに生きて悔い改めることを選んだけれど、兄としての感情は彼が生きていたことを素直に嬉しく思ってしまう。

この三年間でウィリアムがどんな成長を遂げ、犯してきた罪にどう向き合っているのかは興味深い。

けれど今ここにルイスがいて、シャーロック越しにそれを聞いたというのであれば、ウィリアムはまだルイスの前に姿を現してはいないのだろう。

口数少ないルイスだけれど、アルバートは的確に状況を察していた。


「きっとウィリアムはルイスを迎えに来てくれるだろうね」

「…そう、でしょうか」

「あぁ。ルイスが私達の分までよく頑張っていることは確かだ。ウィリアムもきっと認めてくれるよ」


それは間違いのない未来だと、アルバートは確信を持っている。

ルイスはいつだってウィリアムの拠り所で、唯一の希望だ。

懸命に手を尽くしてルイスを庇い守り切るため死を選んだ彼のことを、アルバートは悲しくも美しい愛の形だと認識している。

それをルイスが快く思っていないことは分かっているけれど、ウィリアムの思いはルイスを思いやるがゆえの暴走なのだから、アルバートにしてみればどちらの言い分も理解出来てしまうのだ。

事実、ルイスは必死に頑張ってきた。

三人で始めた罪の全てを一人で背負い、この三年をただただ罪を償うためだけに懸命に生きてきたのだ。

アルバートは誰よりルイスのことを誇らしく思っているし、ウィリアムもきっとそうなのだろう。

けれどルイスには思うことがあるらしい。


「ルイス」

「…はい」

「どうしてそんな顔をしているんだい?」

「え?」

「嬉しいんだろう?笑っていいんだよ」


表情を乗せず、むしろ恐ろしいほどに凍りついたその顔を見ながら、アルバートは優しく説いていく。

ウィリアムが生きていることを一番望んでいたのはルイスだ。

最も望んでいたことが現実になっているのに感情を表に出さないなど、アルバートには見ていられなかった。

笑えなくなってしまった弟の顔など見ていたくはない。


「で、すが…僕に、笑う資格なんて」

「…そうだね。私にもルイスにもウィリアムにも、笑っていられる資格はないだろうな」

「……」

「それでも、会いたかったんだろう?」

「…っ」

「彼が生きていて嬉しいんだろう?会いたいんだろう?資格はないかもしれないが、気持ちは誤魔化さなくて良い。浮かぶ表情を隠さなくて良い」

「…兄様…」

「嬉しいと感じてしまった以上に、この国へ尽くせば良い。一時の安らぎくらいは許されるはずさ。…ここにいる私が言うことでもないけれど」


相変わらず硬くて、柔軟性のないルイスの思考を解きほぐすようにアルバートは声を出す。

弟に向ける柔らかな声はルイスの心に染み渡っていくのに、空けられた穴を通して流れていってしまった。

アルバートの言葉なのに、どこか遠くから響いているような心地さえルイスには感じられた。


「でも、分からないんです」

「分からない?」

「嬉しいはずなのに、兄さんが生きていてくれて嬉しいはずなのに、どうしたら良いのか分からないんです。どういう表情をすれば良いのかも分からない。何を思えば良いのかも分からない。どうして良いか分からない…あんなに会いたかったのに、でも会いたいのかも分からないんです」

「ルイス」


虚な瞳で語られるルイスの言葉は、アルバートにしてみれば驚愕以上を通り越して得体の知れない音を持っていた。

どこを見つめているのかもわからない俯いた姿勢のまま、ルイスは通る声で淀むことなく語っていく。

分からないという割には、全て分かってしまっているような様子だった。


「どうしよう、兄様」

「ルイス…?」

「僕、兄さんに会いたくありません」

「何?」


そうして告げられた言葉にアルバートは眉を上げる。

ウィリアムが生きていたことに混乱しているのならともかく、それだけでルイスがウィリアムが生きていたことを喜ぶ以上に会いたくないという感情を優先するなど、可能性の一つも想定していなかった。

けれど絶望に満ちた表情はルイスの言葉が嘘ではないことをアルバートに伝えてしまう。

この弟は、もう一人の弟のことが信じられていないのだ。


「兄さんがホームズをよこしたということは、僕では力不足ということなのかもしれません。兄さんは僕のことを認めていないのかもしれません。僕では兄さんの代わりになれなかったのかもしれません」

「ルイス、落ち着いて」

「みんな僕じゃなく兄さんと兄様を求めてる。僕じゃ駄目だった、結局兄様のような"M"にはなれなかった。兄さんだって、僕よりもホームズを信頼している。だからホームズを僕のところに来るよう仕向けたんだ…!」

「…ルイス」

「僕じゃ、駄目だった…!兄さんと兄様の分までモリアーティのために頑張っていたけど、僕じゃ駄目だったんだ…!!」

「そんなことはないよ、ルイス」

「兄さんが生きていて嬉しい。嬉しいのに、会いたいのに、どうして良いか分からない…!どうしよう、兄様…!!」

「ルイス…」


涙ながらに伝えられる言葉は想定外の感情だった。

誰もルイスのことを見ていないなどあり得ない、と否定するには情報が足りず、むしろ過去の同志を考えるに十分可能性のあることだ。

ルイス自身も気付いていなかった現実を、シャーロックは無責任に暴いてしまったのだろう。

どうしよう、と迷子になった子どものように取り乱すルイスの姿がとても痛々しく見えた。


「会いたくない、兄さんに認めてもらえないなら会いたくないです…っ…兄さんはきっと、僕を迎えになんて来てくれないっ…」


そんなことはないよと、そう言ってあげたいのにアルバートの口は開かなかった。

自分の言葉ではルイスの心を埋められないと悟ってしまったからだ。

会いたいと願い、いつか迎えにきてくれることを願い続けていたルイスの微かな希望を、シャーロックの登場は簡単に砕いてしまった。

ウィリアムがシャーロックをよこした理由など、ルイスの負担を軽減するために他ならないのに、ルイスにはそれが嫌だったのだ。

当然だろう、それは今までの頑張りを無かったことにされたのと同義なのだから。


「……」

「…っ…、怖い……怖いんです、兄様…!兄さんに見限られていたらどうしよう…っ、迎えに来てくれなかったら、どうしようっ…」

「ルイス、大丈夫だから」

「…っ、アルバート兄様…っ」

「大丈夫だよ、ルイス。大丈夫」

「ふっ…ぅ、く…!」

「ルイス…」


一人にしてしまって以来、表情を失くしてしまった弟がこんなにも感情を露わにしている。

それが嬉しくも悲しくて、どれだけ言葉を尽くしたところでルイスの心に入ることはないのだろう。

懸命に頑張ってきたルイスの心に入り込めるのは、世界のどこを探してもたった一人しかいない。


「早く帰っておいで、ウィリアム。さもなければ、私がお前を裁いてしまいそうだ」


アルバートは泣きじゃくるルイスの体をそっと抱きしめ、逞しくなったはずなのに変わらず細くて華奢で頼りない弟の背をゆっくりと撫でる。

ウィリアムが何を考え、己の罪とどう向き合っているのかは興味深いが、ルイスを不安にさせてしまうような計画は愚かとしか言いようがないだろう。

いつになってもウィリアムはルイスのことになると思考が足りず、己のエゴのみで突き進んでしまう。

今回もその結果なのだろうなと、アルバートはルイスを抱きしめながら美しい緑に暗い影を落としていた。

弟を泣かせるような兄がいてなるものか。

アルバートにそう教えたのはウィリアムなのに、当人がそれをやってのけてしまうというのか。

万一のときには覚悟していろと、二人の兄としてアルバートは静かに覚悟を決めてはルイスが落ち着くのを静かに待った。




ルイスがアルバートの元を訪れ、年甲斐もなく泣き崩れてしまった翌日。

普段と変わりないルイスがいつものようにMI6のメンバーを率いて最後の打ち合わせをこなしていた。

誰もルイスの心境について察している人間はいないのだろう。

ここにいる誰もルイスのことをルイスとしては見てくれなかったのだから。

それで良いと承知していたはずなのに、本当はウィリアムもそうなのかもしれないと思ってしまった今、ルイスの心はとんと乱される。

何故ならいつもと同じ場所、いつもと同じメンバーの中に、異端分子であるシャーロックがいるのだから。


「昨日も思ったけど、良いプランだな。兄貴の手が加えられてないのにこれは中々だぜ、ルイス」

「…そうですか」

「これなら少しの変更で十分に成果を上げられる。さすがリアムの弟じゃねぇか」

「っ…」


ルイスが秘密裏に練っていた計画を元に、シャーロックの妙案を加えられたこれは、もはやルイスが立案したプランではない。

あのモランが関わる案件を目標通りに達成することは難しいと分かっていたが、それでもシャーロックが手を加えたこの計画は過程を重視するルイス含め、メンバーの人間皆が納得したようだ。

シャーロックに場を掻き回されることを良しと思わない人間はいるのだろうが、トップであるルイスが何も言わないのであれば彼らは場を乱すようなことはしない。

ルイスもルイスで、ウィリアムが差し向けたシャーロックの存在に劣等感を覚えながらも彼を否定する気にはなれなかった。

彼はちゃんとルイスの依頼をこなしてくれた、いわば恩人なのだから。

それでも気持ちは付いていけないのだと、友人の弟として馴れ馴れしい男とはあまり関わり合いになりたくなかった。


突如シャーロックが現れた昨日から、ルイスは度々考えることがある。

何故ウィリアムは彼をルイス達MI6の元へよこしたのだろう。

やはりルイスでは力不足ということなのだろうか。

それならば今のルイス達の動向はウィリアムの預かり知るものだという何よりの証だ。

シャーロックではなくウィリアム自身が帰ってきて指揮を執るのと、一体何が違うのだろう。

ルイスでは足りないのならはっきりそう言ってほしかった。

そうしたらきっと今まで以上に頑張れたし、素直にウィリアムが生きていることと会えたことを喜べたのに、今のルイスは嬉しさも悲しさも悔しさも全て無い混ぜになっている。

どうしてウィリアムが帰るのではなくシャーロックをよこしたのか、いくら考えてもルイスには皆目検討もつかなかった。

会いたいのに会いたくない。

自分のことを認めてくれない兄に、どんな顔をして会えばいいというのだろう。

ルイスはルイスらしくないことを考えつつ、実行の瞬間をひたすらに待った。




そうして全ての計画が終わったあと。

ルイス達の目の前には、かつて自分達を魅了して止まなかった一人の人間がいた。


「ウィリアムさんっ」


闇夜に紛れるかのように漆黒の外套を身にまとい、風で外れたフードからは何年経とうと薄れない美貌を持つ彼がいる。

月明かりに浮かぶ金髪は外気に靡いていて、顔に負った傷が痛ましくもその美しさを数倍に引き上げていた。

美しい顔に痛々しい傷跡、真っ直ぐな紅い瞳。

まるでルイスのようだと、そう思ったのはこの場にいるルイス以外の全員だった。

フレッドが興奮したようにその名を呼び掛ければ、苦笑した彼は静かにルイス達を見渡した。

ルイスを先頭に後ろにはメンバーが配置し、シャーロックは更にその奥にいる。

つまり、今一番彼に近いのはルイスだった。


「…久しぶりだね、みんな」


聞こえてくる声は思い返す必要もないくらいに刻まれた声と全く同じだった。

あぁ、今目の前にいるのは紛れもなく自分の兄なのだと、ルイスがそう認識した瞬間に心が潤うような心地がした。

やっぱり自分はこの人に会いたくて、こうして予期せず会えたことを嬉しく思っているのだ。

昨夜あんなにもアルバートに縋り付いてしまったけれど、ルイスの心は今も昔も何も変わっていない。


「ただいま、ルイス」


けれど、聞こえてきた言葉にルイスの歓喜はすぐさま薄らいでしまった。

ルイスの目の前にいるのは誰よりも焦がれた兄で、ルイスが最も大切に思う愛しい人だ。

一緒に生きてきたときからずっと、ルイスはルイスなりに精一杯その想いを伝えてきたつもりなのに、結局彼はルイスを同じ場所へ連れていくどころか、連れていく可能性すら微塵も考えていなかった。

そうだというのに愚かなルイスはウィリアムの言葉を信じてしまって、挙句彼に置いていかれてしまった。

二人の兄の分まで英国に尽くすことで己の罪を償ってきたけれど、本当はずっとずっと彼に会いたかったし、アルバートとも一緒に三人で自らの贖罪を果たしていきたかった。

その日を夢見て一人頑張っていたのに、目の前の彼はルイスの想いを知っているのかいないのか、すぐに会おうともせず三年もの時間が経ってから今こうしてルイスの目の前にいるのだ。

告げられた「ただいま」を待ち望んでいたはずなのに、この瞬間のルイスにはそれがきっかけとなって、一杯一杯だった心は大きな穴を中心に裂けてしまった。


「っ、兄さんの馬鹿っ!!!」


一歩前に足を踏み出し、両手を握り締めたルイスの口から出てきたのは、およそ思ったこともなければ使ったこともない悪意ある単語だった。

声の限り叫んだ言葉は風に紛れて消えるはずもなく、届けられた本人どころか他の人間まで圧倒している。


「生きていたのならどうしてすぐ帰ってきてくれなかったんですか!?どうしてホームズを僕のところによこしたんですか!?兄さんが帰ってきてくれればそれで良かったのに、どうしてホームズ経由で兄さんが生きていることを知らなければならなかったんですか!?」


呆気に取られたように目を見開くウィリアムをよそに、ルイスは険しい顔つきのまま思いの丈をぶつけていく。

ルイスが声を荒げる姿など、ウィリアムは初めて見た。

ウィリアムが初めて見たのだから他のメンバーは当然のように見たことがないのだろう。

信じられないものを見るような目でルイスを見つめ、次にウィリアムを見つめる同志達がいた。

けれどただ一人、シャーロックだけがこの状況を「面白くなってきた」とばかりに表情豊かに見守っている。


「ルイス、それは」

「兄さんはいつも自分勝手です!昔だって僕の気持ちなんて無視して留守番ばかりさせていたし、そんな中でもやっと僕が自分の気持ちを伝えたのに、それでも兄さんは僕を置いていった!」

「っ…」

「どうして僕を置いていったんですか!?」


ウィリアムの顔が悲痛そうに歪められ、同じくらいにルイスの顔も歪んでいく。

どうして、など聞かなくても分かっている。

ウィリアムはルイスの命なんてほしくなかった。

罪を償うため一緒に死んでくれるルイスより、全ての罪を自分が被った上でルイスが生きることを望んでいたのだ。

ルイスはウィリアムに生きていてほしいと伝えたことはない。

それはウィリアムの足枷になると分かっていたし、兄が掲げる理想はルイスには理解出来なかったけれど、間違ってはいないと思っていたから。

悪人など死んで当然だと思っていたし、本音を言えば今でもそう思う気持ちがある。

けれどウィリアムはそうではない。

悪は等しく裁かれるべきなのだと、ウィリアムがそう願うからルイスは「生きていてほしい」というたった一つのわがままを言えなかったのに、ウィリアムはそんなルイスの気持ちに気付かないふりをして置いていった。

生きていて嬉しい。

ウィリアムとこうして会えて、ルイスは嬉しいと思っている。

けれどそれ以上に、こんな形での再会は望んでいなかったのだと、今までの激情が全て溢れ出してしまっていた。


「僕は兄さんが生きていればそれだけで良かったのに…どうして僕だけに生きてほしいなんて思ったんですか!?どうして兄さんは自分のことばかり考えて、僕の気持ちを見てくれないんですか…!!」

「…ルイス」

「兄さんはいつもそうです…僕のことより自分のことばかりで、兄さんの押し付けがどれだけ僕を苦しめていたか、全然理解していない…!」


ウィリアムはいつだってルイスのために行動しているけれど、それは全て自分の欲求ゆえだ。

ルイスの気持ちを考えたことはきっと一度もない。

ルイスにはこうあってほしいという理想ばかりを押し付けて、雁字搦めになった弟を良しとしていた。

あの頃は気付かなかったけれど、こうして離れて過ごした時間がルイスに気付かせてくれたのだ。

ウィリアムは昔から自分勝手で、ルイスの気持ちなど考えずにシャーロックをよこしたという現実は、その気質がまるで変わっていないのだと言っているようなものだった。


「ルイス…ごめんね、君の気持ちも考えず…」

「…どうして、ホームズを僕達の元へ差し向けたんですか」

「ルイスの助けになってほしいと思ったから」

「どうして兄さんが直接来てくれなかったんですか」

「まだ、会うに会えないと思ったから」

「……」

「僕が巻き込んだのに、一人頑張るルイスに会えるほど僕はまだ自分の生き方を見つけていない…だから、会いにいけなかった」

「……!」


声を荒げるルイスが呼吸するタイミングで、ウィリアムは激情を露わにする弟の姿を目に焼き付ける。

こんなにもはっきりと自分に対し意見を言う弟の姿は初めて見た。

それはとても貴重で、ただでさえ三年もの期間を会っていないウィリアムの心は一気に満たされていくようだ。

けれどその言葉の内容は確かにその通りで、ウィリアムはルイスの気持ちより自分の気持ちを優先して生きている。

シャーロックを差し向けたのだって、ルイス一人ではいずれ押し潰されてしまうだろうと考えたがゆえの結果だ。

それ以上も以下もないし、こうして今姿を見せてしまったのだって失敗だった。

本当は影から皆を助け、そのまま場を去るつもりだったのだから。

会えないけれどルイスのことは心配で、その両方を満たすにはシャーロックの存在は都合が良かったのだ。


「っ兄さんの、馬鹿っー!!!」

「ぇ」


神妙な顔でウィリアムの言葉を聞くMI6のメンバーは、深い闇を抱えつつも自分達をサポートしようとしていたウィリアムの言葉に胸を打たれていたのだが、ルイスだけは違ったらしい。

真っ赤な瞳に真っ赤な炎を燻らせるように、はっきりした怒りを見せていた。


「兄さんの馬鹿!僕がホームズから兄さんが生きていると知ったときの気持ち、分かりますか!?彼が僕の依頼をこなしてくれて嬉しかったのに、嬉しいと思うはずだったのに、兄さんがホームズを差し向けたと分かった瞬間に嬉しさなんてどこかへ行ってしまった…!僕が立てる計画では駄目なのだと、暗にそう言われているようで心からショックでした!!」

「ルイス、僕は決してそんなつもりはっ」

「なかったのでしょうね、えぇそうです、兄さんはそういうお人ですから!僕の気持ちを考えず、僕のために行動を起こしてしまう!でも僕は嫌だった…ホームズのプランで動かなければならないなんて、僕が守ってきた兄さんと兄様の居場所を踏み躙られたように思ってしまった!彼の頭脳はよくよく理解しています、僕よりも数段優れていることなんて分かっている!でも、それでも…!!」

「……」

「兄さんだけは、僕のことをちゃんと見てほしかったのに…!!」

「ルイス…」

「会えないなんて知らない、巻き込まれてなんていない…僕はずっと会いたかった…!兄さんに会いたかったのに、こんな形で会うなんて…!」


誰にも見てもらえなかった三年間なのに、ウィリアムすらもルイスを見てくれないのだと知ったあの瞬間の絶望を、目の前で狼狽えている彼が知ることは一生ないのだろう。

それでもルイスは嫌だった。

他の誰に認められずとも、ウィリアムにだけは認めてもらいたくて頑張っていたのに、結局彼はルイスの成果よりもルイスの安否だけを気にしていたのだから。

いつまでも守られているばかりの弟から抜け出せていないことを突きつけられるようで腹が立つ。

そう、ルイスはウィリアムに腹が立っているのだ。

いつまで経っても自分を見てくれない、自分の理想ばかりを押し付ける、昔も今も変わらず優しくて強いこの人がだいすきなのに、とてもとても腹が立つ。


「兄さんの分からず屋!傲慢!大馬鹿者!」

「…ごめんね、ルイス」


感動の再会を期待していたわけではないけれど、それでも秘められていたルイスの感情全てをぶつけられるというのはウィリアムにとって嬉しいことだった。

自業自得とはいえ、三年ぶりのルイスなのだ。

会えて嬉しいし、取り繕うことなく本音を伝えてくれて本当に嬉しく思う。

あのルイスがこうも衝動にかまけて怒鳴ることなど、きっと今が最初で最後に違いないだろう。

その言葉は至極真っ当で、ウィリアムは心から反省しながらも浮き足立つ気持ちを隠せなかった。

かろうじて表情だけは作っていたけれど、それもウィリアムの本心だ。

自分はもう変わることなど出来ないからルイスが変わってくれて何よりだと思う。

息荒く呼吸するルイスを見やり、ウィリアムは一歩ずつ足を彼へと近づける。

ゆっくりと、けれど確実にルイスの元へ近寄るウィリアムの表情は伸びた髪に隠れてよく見えなかった。

見えないそれを恐れる気持ちなどルイスにはもうない。

どうせこの兄にとって自分は一等大切な存在で、三年経ってもこの有り様なのだから、彼の中での自分という存在は昔以上に大きいのだろう。

それがようやく理解出来たように、ルイスは怒りを露わにしていた瞳を伏せて呼吸を整える。

ウィリアムに大切に想われているという現実はルイスの裂けた心を治すと同時に、揺るぎない自信を与えてくれた。


「兄さん」

「ルイス」


手を伸ばせば触れられる距離まで近付いた兄へ向け、ルイスは大きく手を広げる。

ようやく頭が冷えて周りの皆が驚きにどよめいている様子に気付いたが、今はそれにかまけている場合ではないのだ。

彼はルイスに言ってくれたのだから、ルイスも彼に届けなければならない言葉がある。


「おかえりなさい、兄さん。ずっとずっと、待っていました」


月明かりの中でも分かるほどに晴れやかな、それでも涙を溜めた瞳のままルイスは言う。

生きていて良かった、無事で良かった、会えて良かった、こうしてまた会話をすることが出来て良かった。

さっきまで怒鳴っていたはずなのに、そんな気持ちを全身で表現しているのだから堪らない。

ウィリアムはその笑みに惹かれるよう足を動かし、記憶よりも逞しくなったその体を抱きしめる。


「ただいま、ルイス」


埃っぽい匂いに混ざって感じられた互いの匂いは、すぐさま二人をあの頃に戻してくれた。




(ルイスは?)

(今回の振り返りと反省をしていますよ。みんなと一緒にいる)

(良いのかよ、そっち優先させて)

(今のルイスは"M"だから、私情を優先させるわけにはいかないでしょう。あなたこそ今回の計画では功労者でしょうに、こんなところにいて良いのですか?)

(あー…あんなこと言われてノコノコ出ていけるほど、空気読めない男じゃないんだよ)

(読めるんですね、空気)

(おい)

(ふふ、冗談ですよ)

(…大人しそうに見えて、過激な弟だな。おまえの予想じゃ、会ったときのルイスは泣くんじゃなかったのか)

(僕がいない間にずいぶん強くなっていたようです。寂しいことにね)

(嘘つけ、嬉しくて仕方ないって顔してんぜ)

(おや、それはいけない。…でも、今だけは喜んでも許されるでしょうか。僕達、あれが初めての兄弟喧嘩なんですよ。初めてで嬉しかった)

(マジか。つーか喧嘩というよりルイスが一方的に喚いていただけだろ、リアムは何も言ってないじゃねぇか)

(全部事実だったからね、弁明のしようもないよ。ルイスの気持ちを考えずに君を差し向けてしまったのは僕の落ち度だから、あの怒声も甘んじて受け入れる他なかった)

(嬉しそうな顔してしおらしいこと言ってんなよ、ったく)

(ふふ…)