落ちていたFUJIYAMAのチケット
先週末、長女と富士急ハイランドに行き、キングオブコースターこと『FUJIYAMA』に乗ろうと順番待ちをしていたときの出来事です。
順番待ちの最後尾に着いたとき、反対側の通路に1回券のチケットが落ちていました。
娘が氣付いて拾いましたが、最初はそのままそこに置いておこうかという考えがよぎり・・・
ですが置いたままにしようという考えに違和感を感じ、娘も同じ考えだったようです。
入口ゲートの所にいるスタッフに渡そうということになりました。
順番待ちが終りゲートにたどり着き、スタッフに落ちていたチケットを渡すと、
ちょうどこれから出発する、みんなが乗り込み終ったでジェットコースターの向こう側に、1人立ちすくんでいる男性がいました。
どうやら、チケットを落とした人だったようです。その落ちていたチケットをスタッフがバーコードを『ピピッ』をスキャンした後、その男性は乗り込み、友人と一緒に3分30秒のスリルを味わいに出発していきました。
完璧なタイミング☆
私達が「自分とは関係ない」事として、落ちていたチケットをそのままにしていたら、この男性は乗ることができなかったでしょう。
あと2~3分遅く、私達が入口ゲートの所にたどり着いていたとしたら。
5分後に他の人が拾ってスタッフに届けていても、このチケットは無駄になっていた。
これが逆の立場で、自分がチケットを落としていたら。
拾ってくれて、同じシチュエーションだったら何とありがたく感じたことかと思います。
見知らぬ男性が運良く乗れた出来事だったけれど、自分に対してしている感覚でした。
もっと大きな視点で見ると、大いなる力によって自分が動かされていたというのが真実だと思います。
今回、氣付いたことは・・・
・一見、自分とは関係ないようなことでも実は関係している。
「関係ないから、まぁいっか」という分離の意識ではなく、「自然だなと感じる感覚」(全体性)を大切にするとよいこと。
・自分が掌握しコントロールできるのは自分の意識なので、どんな選択でも自分に対してしていることと同じだということ。
リアルタイムで他の人と関連しながら、人生劇場が進んでいることを実感した出来事でした。