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東京オリンピックと臨海部交通

2021.06.16 10:42

1.はじめに

 日本では1964年以来の夏季オリンピックとなる大会が2020年に開催される予定です。イスタンブール、マドリードを抑えて選ばれた今大会は、アジアでは初の同一都市での複数回開催となります。

 ところで1964年大会では東海道新幹線が開通するなど交通アクセスが飛躍的に拡張されましたが、今回はそういったニュースはあまり聞きません。

 というわけで今回はオリンピックの開催される臨海部の交通について研究しました。

2.臨海部とオリンピック

 2-1 2020年東京オリンピック

 東京オリンピックでは、中央区晴海や江東区臨海部を「東京ベイゾーン」と名付け、オリンピックの中心の一つとしました。特に晴海には選手村が設置されるほか、有明テニスの森(テニス)や東京辰巳国際水泳場(水泳・水球)など多くの競技会場が指定されています。また、大会後は選手村跡地を高層住宅地にする計画もあり注目されています。

▲2020年東京オリンピックロゴ

 2-2 臨海部交通の実態

 今回「東京ベイゾーン」に指定された臨海地区は東京臨海副都心ともよばれ、バブル期や都市博覧会の開催時に整備する計画でした。しかしバブル崩壊や都市博覧会の中止により整備は思ったように進まなかった、という経緯があります。その後1988年の東京メトロ有楽町線、2000年の都営地下鉄大江戸線、2002年のりんかい線、そして2006年ゆりかもめ開通と、交通インフラの整備は着々と進んでいます。

 しかしこれらの公共交通機関はいずれも地域の“横”をつないでいる路線で、“縦”に繋ぐ路線というものは都営バス程度に限られているのが現状です。今回のオリンピックですと、都心から臨海地区に向かうには新橋・大崎・大井町などに向かう必要があり利用客の集中が見込まれます。また臨海地区と都心部を結ぶ主要道路(橋)は3本しかなく、しかもいずれも交通の要所であるので渋滞が頻発する恐れがあります。

 この事態を解消するために、東京都・大会委員会はBRTの導入を決定、“縦”の動きを創出しようと計画しました。


 2-3 BRTの導入

 BRTは「Bus Rapid Transit(バス高速輸送システム)」の略称で、専用道路上をバスが走ることで鉄道より安価ながら定時・速達性を確保できるシステムです。日本では東日本大震災で被災した気仙沼線・大船渡線の代替として走るほか、廃止された日立電鉄線跡を走るひたちBRTがこれに当たります。

 都の計画では、新橋から一部建設中の環状2号線を通って晴海・臨海方面に向かう、とされており、片側2車線の環状2号線の上下1車線ずつをBRT専用レーンとするほか、大会期間及びその前後は大会関係者など専用のオリンピックレーンにするとされています。

 さらにバス自体も連接バスを導入することで定員を増加させ、案内等も多言語で導入され、増加する外国人観光客への対応も備えられています。

 しかし、この計画に大きな誤算が生じました。それはBRTだけでなく大会自体の成否をも左右する重大なものでした。

 2-4 計画の失敗

 2016年8月、小池都知事は重大な発表をしました。築地市場の移転延期です。地下の汚染物質や巨額な費用、不透明な情報など様々な問題が絡んだこの発表は、環状2号線に大きな影響を与えました。

 環状2号線は新橋から隅田川を渡り晴海へと向かう道路ですが、そのルートは丁度築地市場を通るようになっています。予定では築地市場の豊洲移転後、跡地に道路・トンネルを敷設するのですが、この発表により工事も延期され、BRT計画も2019年の開業が危うくなりました。

 そしてさらに追い打ちをかけるように2017年12月の記者会見で「BRTの開業は大会後」という内容を示唆する発言をしました。これによりBRT計画は完全に頓挫、それだけでなく臨海地区の物流も不穏な成り行きとなりました。

3.問題点

 ではBRT、ひいては環状2号線の計画頓挫、総じてオリンピックへ向けての交通の未整備が及ぼす影響はどのようなものなのでしょうか。

 3-1 来場者の集中

 競技会場の集中は、会場間の移動の手間が省けるというメリットがありますが、来場者も一地域に集中してしまうというデメリットも持ち合わせます。会場の分布をみると大半がりんかい線・ゆりかもめ沿線に位置するため、この両路線の利用者が増加することは目に見えています。

 来場者の集中によるトラブルとして積み残しが挙げられます。東京湾大花火祭やコミックマーケットの開催時には、会場付近を通る交通機関、特にゆりかもめが非常に混雑します。事実、花火大会の開催時にゆりかもめの新橋駅では入場規制がかかり、乗車までに1時間以上かかったなどという情報が出ています。


▲新橋と豊洲を結ぶゆりかもめ イベント開催時は非常に混雑する

 3-2 交通の麻痺

 3-1ともつながる話ですが、重度の混雑は交通機関の遅れをもたらします。競技会場が集まる臨海部へのアクセス手段は限られているうえに、企業・工場が集中しているため物流が活発であり、道路交通量は著しく増加する可能性があります。

 そもそも都心と臨海部を結ぶ道路・橋は「晴海通り」・「佃大橋通り」・「レインボーブリッジ」に限られており、特に晴海通りは平日の日中でも交通量が多く要所として知られています。期間中は大会関係者の輸送が最優先されるため一般車や物流が制限され、ほかの交通機関に流れ込み、結果としてどこも動かなくなるという可能性は大いに予測されます。


▲芝浦と台場を結ぶレインボーブリッジ

▲晴海通りが通る勝鬨橋


▲都心部(銀座周辺)~臨海地区(勝どき駅付近)概略図

 3-3 公共交通の空白地域の発生

 環状2号線の未開通の影響が最も大きいのは選手村を構える晴海地区です。現在晴海地区には都営大江戸線の勝どき駅があります。駅周辺には「勝どきビュータワー」に代表される高層マンションが建てられていて通勤客の需要が年々増加しており、そのため現在駅の改良工事を行っています。これにより勝どき駅の利用はより便利になっていきます。

 しかし選手村が設置される場所は勝どき駅から2km近く離れているため、鉄道でのアクセスは厳しいのが現状です。環状2号線ができない以上、選手村は陸の孤島になる恐れが高いです。

4.対策を考えるうえで

 4-1 現状の交通機関

 対策を考えるうえで、各交通機関をみてみましょう。

  4-1-1 りんかい線

 大崎と新木場を結ぶりんかい線は、朝夕のピーク時には3~5分間隔、毎時最大12本の列車が走っています。また、沿線には有明テニスの森やお台場海浜公園といった競技場、国際報道センター及びメディアプレスセンターが設置される東京国際展示場(東京ビッグサイト)などがあり、大会時には主力の交通機関となるでしょう。

 混雑に関して言えば、国際展示場では延べ50万人が参加するコミックマーケットが毎年開催されているため、ある程度の対応は期待できると考えられます。

 しかし沿線にはフジテレビを筆頭に商業施設や工場が多数存在すること、りんかい線が埼京線・湘南新宿ラインと直通運転をしており他路線の遅延の影響を受けやすい、など多くの懸念が残ります。

  4-1-2 ゆりかもめ

 新橋と豊洲を結ぶゆりかもめは、ピーク時には3~4分間隔、毎時最大18本の列車が走っています。1996年に開催される予定だった世界都市博覧会のアクセス路線として注目されましたが博覧会は中止、多額の赤字となる見込みでしたが、実際は1日10万人を超す需要で新交通システム線では数少ない黒字路線となっています。

 沿線にはお台場や日本科学未来館といった観光資源だけでなくいくつかの私立大学を持ち、車窓からは東京タワーやスカイツリー、レインボーブリッジなどを望めるなど多くの層に親しまれています。

 2020年の東京オリンピックのアクセス路線になると大会委員会などは予定していますが、編成定員が350名程度と少なく、混雑・積み残しが予想されます。現に、東京湾大花火祭やコミックマーケットの開催時、ゴールデンウィークなどの大型連休中には臨時増発・特別ダイヤが敷かれますが、起終点の新橋駅や会場付近の駅では長蛇の列が生じ乗車できない事態となっています。

  4-1-3 東京メトロ有楽町線・都営地下鉄大江戸線

 豊洲や辰巳、月島といった場所を通る地下鉄線は、定員・本数が確保されているのでアクセス路線としては非常に優秀です。しかし有明・青海地区からは離れているので、あくまでサブプラン、迂回路としての役割が強くなるでしょう。

  4-1-4 バス

 バスに関しては、都営バスが現在臨海地区にいくつか路線を展開しており、ほかにコミュニティバスとして「東京ベイシャトルバス」が無料で運行されているなど、“縦”の動きとしては非常に優れています。またバスの利点として、増発や大会中のシャトルバスの運行といったことは容易でしょう。

 ですが先述した通り、臨海地区への道路が限定される以上定時制に不安が残るほか、鉄道に比べて定員が少ないことも懸念材料となります。混雑や道路状況に合わせた柔軟な対応ができるかが鍵となるでしょう。



▲お台場・有明地区を無料で巡回している東京ベイシャトルバス

 4-2 計画中の交通機関

 現在この地域では「都心部・臨海地域地下鉄構想」という計画が持ち上がっています。これは中央区や江東区が中心で、銀座駅付近と国際展示場付近の間を3~4駅経由して結ぶおよそ5kmの路線です。これができればオリンピックの交通の柱となるかもしれませんが、残念ながら計画は構想段階で2020年までに完成することは不可能です。

 また一部の有識者は、ロープウェーを通すという案を出していますが、ロープウェーで大量輸送は可能なのか、沿岸部の強風に耐えられるのか、などといった疑問が数多く残り非現実的です。

 そんななか可能であるのが環状2号線の暫定開通です。築地市場の移転延期が発表されてしばらくたった2018年3月、都は環状2号線を同年11月ごろに暫定的に開通させると発表しました。これは築地市場跡地に一度道路を敷設し、大会後に片側2車線の地下道路を完成させるというものです。これなら豊洲市場の流通経路としてだけでなくオリンピックに間に合わせることができます。

 しかし暫定道路は片側1車線で建設するとされているためオリンピックレーンの敷設は難しく、BRT計画も事実上不可能です。よって、あくまで大会関係者用としての開通と考えるのが妥当でしょう。

5.対応策

 5-1 求められているものは

 オリンピック時の輸送に関して求められているのは、

①利用客の需要分散 ②円滑な輸送 ③輸送力の拡充・既存設備の活用

の3点に大別されます。

  5-1-1 利用客の需要分散

 過度の混雑を防ぐには利用客の集中を避けることが肝心です。通勤でもオフピーク通勤や時間差通勤が推奨されているように、開催時間よりも早めの来場を促す、競技前後にイベントを開催するなどして一つの時間帯に集中させないなどの対策を取るべきです。

 また開催時間の調整も必要です。会場へのアクセス路線が夏休み期間とは言え通勤需要を持っている以上、朝夕の開催は避けるべきです。必然的に開催は日中の高温を避けるためにピークを過ぎた夜となるでしょう。

また最寄り駅だけでなく複数の駅からの経路を案内し、分散を図ることも必要でしょう。ゆりかもめの平均駅間距離は1km弱で、短いところでは0.6kmほど、徒歩での移動は十分可能です。したがって最寄り駅以外からの徒歩経路を示すことで、ある程度の分散は可能と考えられます。

  5-1-2 円滑な輸送

 企業側(鉄道・バス会社)は混雑が予想される時間・区間での増発が不可欠です。しかし当然のことながらそれには限度があります。よって少しでも人の流れがスムーズになるよう、多言語案内の導入や、ICカードに事前に十分なお金を入れておくことをアナウンスするなどといった基本的なことを徹底する必要があるでしょう。

 道路に関しては選手・大会関係者の輸送に関係するルートを一部閉鎖するなどの対応がなされると考えられます。しかしこれには一般客や関係企業などとの連携が不可欠です。事前のアナウンス・交渉による協力の要請が必要です。

  5-1-3 輸送力の拡充・既存設備の活用

 輸送力を増やす一番簡単な方法は増発することです。しかし限度がある以上別の手段に転換することも必要です。臨海部ではコミュニティサイクル(※1)、自転車の活用が見込まれます。

 現在臨海地区には「江東区臨海部コミュニティサイクル」が存在しています。クレジットカード・ICカードで利用することができ、豊洲やお台場に20ヶ所を超えるサイクルポート(※2)が設置されています。また自転車専用レーンが整備されている道路も多く、自転車の利用が非常に簡単です。

バスでの短距離移動は自転車に置き換えられる距離であるため、バスや乗用車の駐車スペースを拡充するスペースの一部を自転車用に転換することは非常に有意義と考えられます。

※1 町中に多数の自転車貸出拠点を設け、利用者がどこでも貸出・返却できるシステム

※2 自転車貸出拠点の意味


▲江東区臨海部コミュニティサイクル

6.総括

 オリンピック開催に伴い臨海部の交通開発が進もうとしていますが、大会までに本格的な新路線の開業は見込めません。よって現状整備されているインフラによる、

①輸送力の確保

 ・特に混雑が想定される箇所における可能な限りの輸送力増強

②観客の需要分散・平準化

 ・早めの入場の呼びかけ、複数駅からの徒歩経路設定など

③一般利用者の需要分散・抑制

 ・混雑箇所関連の地域への重点的な呼びかけ、一般車両の通行規制

が重要となります。

7.おわりに

 はじめて部誌を読んだときの衝撃は今も忘れられない。学校の部活という、言ってしまえばお遊びの中でこれほどのものが書けるのか、と。それ以来、研究を書く側となった私はあの衝撃を自分でも、と過ごしてきた。最後となるこの研究が、あの衝撃に並ぶものであるとは私は思わない。しかしこの研究を読んで少しでも関心をもってくれたなら、執筆者として冥利に尽きる。

…いきなりポエミーなことを言い出してすみません。最後なので許してください。

 というわけで最後の研究が終わりました。といっても別に感慨深いものはなく、むしろ5年間書き続けても文才が上がらなかったことへの落胆の方が大きいです。

 オリンピックまであと2年、遠くない未来で、ここで書いたことが少しでも実現していたらうれしいなぁ、なんて思いながら筆を置くことにします。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


参考資料

・東京都オリンピック・パラリンピック準備局

https://www.2020games.metro.tokyo.jp/taikaijyunbi/torikumi/yusou/index.html

https://www.2020games.metro.tokyo.jp/taikaijyunbi/torikumi/facility/kankyou/pdf/shokihyoukasho_5-30.pdf

・日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGXNZO59486280Q3A910C1EA2000/

・東京都都市整備局

http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kiban/brt/index.html

・exciteニュース

https://www.excite.co.jp/News/society_g/20180117/Cyzo_201801_post_148205.html

・All About

https://allabout.co.jp/gm/gc/471370/


※おことわり:研究に掲載されている情報は研究発表当時のものです。現在の状況とは若干異なる場合がありますが、ご了承ください。