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源法律研修所

「駅」

2021.06.17 19:00

 明治5年(1872年)10月14日、新橋(現・汐留)・横浜(現・桜木町駅)間で、日本初の鉄道が開業した。この鉄道は、明治42年(1909年)10月に「東海道線」と命名された。

 今ではサラリーマンの聖地と呼ばれている新橋駅は、「汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり♪」という『鉄道唱歌』(東海道線篇)の歌詞1番で古くから有名だ。

 ただ、この『鉄道唱歌』(東海道線篇)の歌詞5番で「横浜ステーション」と呼ばれているように、法律上は、「駅」ではなく、「ステーシヨン」だった。

 『鉄道唱歌』は、大変長いが(東海道線篇だけで歌詞が66番もある。)、幸いにして新橋(歌詞1番)〜鎌倉(歌詞6番)までの短い動画があったので、リンクを貼っておく。

 七五調の歌詞が古風で良い♪ 小中学生の頃、横須賀線をよく利用したので、懐かしい。

 ちなみに『鉄道唱歌』の正式名称は、『地理教育鉄道唱歌』だ。明治20年代から作曲され始め、明治33年5月に第1集が発行された。早稲田大学のHPで歌詞を見ることができる。名所旧跡、故事、名産などが巧みに織り込まれた歌詞が素晴らしく、楽しく歌いながら地理・歴史を自然に学ぶことができる。

 では、「ステーシヨン」とは、何か?

 明治5年5月4日に布告された法律である鉄道略則(明治五年太政官布告第 六十一号)第2条 は、「ステーシヨントハ列車ノ立場ニテ旅客ノ乗リ下リ荷物ノ積ミ下ロシヲ為ス所ヲ云フ」と定義をしている。


 この鉄道略則が廃止され、代わって制定された法律が鉄道営業法(明治三十三年法律第六十五号)だ。

 鉄道営業法では「ステーシヨン」という言葉は使われずに、「停車場」(「ていしゃじょう」と読むが、「ていしゃば」と言われることもある。)が現在でも用いられている。

 帝国議会会議録を見たのだが、なぜ「ステーシヨン」が「停車場」に変わったのかは分からなかった。


 停車場と言えば、石川啄木の「ふるさとの訛(なまり)なつかし  停車場の人ごみの中に  そを聞きにゆく」(『一握の砂』)という短歌が真っ先に思い出されるが、おっちゃんなので、青春学園TVドラマ『飛び出せ!青春』の高校生役などで人気だった俳優石橋正次が歌って、昭和47年(1972年)に大ヒットした『夜明けの停車場』という歌謡曲も思い出される。暗い歌だが、一応リンクを貼っておく。

 この「停車場」は、「ステーシヨン」よりも広い概念であって、駅、信号場及び操車場を含む。「駅」は、「ステーシヨン」と同義だ。


 すなわち、鉄道に関する技術上の基準を定める省令(平成十三年国土交通省令第百五十一号)は、

停車場」とは、「駅、信号場及び操車場をいう。」(第2条第10号)

」とは、「旅客の乗降又は貨物の積卸しを行うために使用される場所をいう。」(第2条第7号)

信号場」とは、「専ら列車の行き違い又は待ち合わせを行うために使用される場所をいう。」(第2条第8号)

操車場」とは、「専ら車両の入換え又は列車の組成を行うために使用される場所をいう。」(第2条第9号)

と定義をしている。


 信号場や操車場は、一般利用者が直接利用するものではないし、我々一般利用者が利用するのはもっぱら「駅」なので、鉄道関係者を除き、「停車場」は使われずに、「駅」ばかりが使われるようになったのだろう。


 では、いつから「ステーシヨン」が「駅」と呼ばれるようになったのだろうか?

 法令上は、おそらく鉄道庁駅長任用ノ件 (明治23年9月6日勅令第200号)だと思う。「驛長」という言葉が見えるからだ。

 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2945411/2


 「駅」は、ご存知のように、元々は「 律令制で、官道に設けて公の使いのために人馬の継ぎかえや宿舎・食糧などを提供した所。うまや。」を意味した(『デジタル大辞泉』小学館)。

 その後、駅は、鎌倉時代以降衰え、代わって「宿」(しゅく)が発生した。江戸時代には「駅」は、ほぼ死語になっていたと思われる。

 この「駅」をstation「ステーシヨン」の翻訳語として用いた人が誰なのかは知らないが、豊かな教養に裏打ちされた素晴らしい発想だと思う

 というのは、stationも駅も、道に連続して設けられた、立ち止まる場所という点で共通するからだ。


 すなわち、stationは、立って見詰めるに由来するラテン語statio(名詞)が古フランス語を経て(名詞として)中世英語になったもので、当初は、一般的に「位置」、特に「世間、社会的地位における位置付け」として用いられ、特に教会では「(連続する一つとして訪れた)巡礼の聖地」として用いられた。動詞は、16世紀後半に遡る。

Middle English (as a noun): via Old French from Latin statio(n-), from stare ‘to stand’. Early use referred generally to ‘position’, especially ‘position in life, status’, and specifically, in ecclesiastical use, to ‘a holy place of pilgrimage (visited as one of a succession’). The verb dates from the late 16th century.

https://www.lexico.com/definition/station

 つまり、stationは、旅行や狩猟の際に自分の現在地を確かめるため、立ち止まってじっと見詰めることから、位置や地位の意味で使用され、教会では巡礼の道に点在する聖地(当然に宿場がある。)に立ち止まる意味でも使用され、それが鉄道の駅へと意味が変化したわけだ。


 「駅」は、常用漢字であって、正漢字では「驛」と書く。「睪」は、もともと「目+幸(刑具)」の会意文字であり、罪人を「次々と連ねる」・「数珠つなぎにする」という意味だ。これに「馬」を合わせて、「驛」とすることにより、「一定の間隔を置いて次々と連ねて設けた、馬を乗り換えるための中継所」という意味を表す。


 このように巡礼の道か官道かの違いはあれど、stationと駅には、道に連続して設けられた、立ち止まる場所という共通点があるわけだ。この点に着目してstationを駅と翻訳した人は、本当にすごいと思う。

 我が国最初の本格的な英和辞典である堀達三郎著『英和対訳袖珍辞書』(1867年)がstationを「有様位(くらいのありさま。読み下し文:久保)。立場。静止。役目」と翻訳していることと比べると、「駅」が如何に大胆かつ画期的な訳であるかがよく分かる。

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/870101


 職員さんは、自治体の例規案を策定する際に、見事な翻訳語を作る機会があるので、チャンスが巡って来たら、ぜひ挑戦してほしい。


 駅と言えば、金の卵と呼ばれた中学卒業生が就職列車に乗って東北から東京へ集団就職することを歌って大ヒットした井沢八郎の『あゝ上野駅』や竹内まりやの『駅』を思い出す人が多いかも知れない。

 私は、駅という言葉こそ出てこないが、ゴダイゴの『銀河鉄道999』の方が明るく前向きで好きだ♪

 おっさんアニソンかよ!と笑われそうだが、職員研修へ出講する際に時々利用した山陽新幹線の新神戸駅、岡山駅、広島駅、小倉駅、博多駅の「発車予告音」にゴダイゴの『銀河鉄道999』が用いられている。