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2017.01.05 23:54
~天野 恵・マリア・ローザ夫妻との出会い~
イタリアへ、
奨学金で行こうとすると、
いろいろな条件が、
あります。
まず、
一番大切なのは、
語学能力です。
そうです、
留学先で、
語学に、
不自由しないことを、
試験で、
証明せねばならないのです。
学生時代、
ドイツ語を、
選択していた私には、
イタリア語を、
学んだ経験は、
無く、
Andante(アンダンテ)や、
Tempo(テンポ)などの、
音楽用語が、
わかる程度でした。
27年前(1988年)は、
まだ、
イタリアという国が、
現在のように、
身近では、
ありませんでした。
「パスタ」という言葉も、
使われず、
洋風の麺は、
すべて、
「スパゲッティ」でした。
サッカーの中田選手の活躍も、
トリノ・オリンピックで、
金メダルを取った、
荒川選手のことも、
ずっと後のことです。
「イタリア語を独学しよう!」
と思い、岡山で、
一番大きな本屋さんに、
行ましたが、
観光用の、
旅行会話の本ばかりで、
相応しい本は、
見つかりませんでした。
基礎英語で、
お馴染みの、
NHKのラジオ語学講座は、
スペイン語は、
開設されているのに、
イタリア語は、
何年も、
中断されたままでした。
きっと、
需要が少なく、
リスナーがいないので、
閉講したのだと思います。
どこかに、
イタリア語を、
教えてくれる人は、
いないかしら?
誰に、尋ねても、
「知らない、見当もつかない。」
という返事が、
返ってくるばかりです。
不毛な環境だと、
絶望していた私に、
救いの手が、
差し伸べられました。
私の職場に、
異色の先生が、
おられました。
その先生は、
臨時に、美術を、
教えに来られていた、
若手の彫刻家でした。
彼の知人に、
イタリア語の勉強を、
始めた人がいると、
言うのです。
早速、私は、
お仲間に、
入れてもらいました。
イタリア語を、
教えてくださる先生は、
天野恵(あまのけい)、
とおっしゃる男の先生です。
天野先生は、
京都の方です。
京都の大学を、
卒業後、
イタリア政府給費生として、
渡伊され、
岡山の大学で、
教鞭を、
とられていたのです。
奥様は、
イタリアの方です。
マリア・ローザさん、
とおっしゃる、
笑顔の素敵な方です。
おふたりの間には、
天使のような、
双子のお嬢さんが、
おられました。
イタリア語のレッスンは、
いつも、
天野先生の、
ご自宅でした。
レッスンの途中で、
マリア・ローザ奥様の、
入れてくださるコーヒーが、
なんと美味しかったことか!
当時(1990年頃)、
エスプレッソも、
カプチーノも、
日本では、
一般に、
普及していませんでした。
深入りで、
香りは高いのに、
酸味は、控えめの、
イタリア式のコーヒーが、
楽しみでなりませんでした。
天野先生の、
ご自宅のインテリアも、
素敵でした。
机、椅子、照明や食器に、
いたるまで、
私にとって、
新鮮でした。
マリア・ローザ奥様が、
しつらえた、
室内のインテリアは、
日本では、
ありませんでした。
天野先生の、
ご自宅の玄関の、
ドアを開けると、
金髪で、茶色の瞳の、
お嬢さんが、
迎えてくださり、
まるで、
イタリアへ、
やってきた気分でした。
しかし、
目的のイタリア語は、
なかなか、
厄介でした。
ラテン語起源の言語、
であるがゆえに、
動詞の活用が、
やたらと多いのです。
イタリア語の、
習得労力の8割は、
動詞の活用を、
覚えることに、
費やします。
一年かけて、
ひととおり、
文法を習い終え、
今度は、
マリア・ローザ奥様から、
個人的に、
会話の特訓を、
受けました。
マリア・ローザ奥様は、
ロミオとジュリエットの、
舞台で、有名な、
ヴェローナ出身の方で、
独身時代は、
イタリアの、小学校の先生を、
されていました。
私も、
現役の中学校の、
教師でしたから、
話題も、
つきませんでした。
イタリアと、
日本の学校制度の違いや、
夫婦の価値観の違い、
奥様とのお話は、
新鮮で、
興味深いことばかりでした。
今、振り返ると、
私は、なんて、
幸運に、
恵まれていたのだろうと、
おもいます。
なぜなら、その後、
天野先生は、
京都の大学に、
変わられ、
岡山に、
住んでおられたのは、
数年間だけ、
だったからです。
そして、
もうひとつ、
私にとっては、
幸運なことが、
ありました。
長い間、
中断されていた、
NHKの、
ラジオイタリア語講座が、
復活することになり、
なんと、
その講師を、
一年間、
天野ご夫妻が、
担当することに、
なったのです。
天野夫妻は、
イタリアの文化や、
風習を、
読み物として、
ただ読んでも楽しく、
文法も、
まんべんなく、
織り交ぜて、
とても、
手の込んだテキストと、
練習問題を、
作られました。
天野先生が、
作られた、
練習問題は、
ご自身の家庭の、
話題が登場し、
内情を知っている、
私には、
ほほえましく、
思ったものでした。
今でも、
そのテキストは、
私の宝物です。
こうして、
私は、岡山で、
現役の中学校の教師を、
しながら、
奨学生試験の、
準備を、
進めることが、
できたのです。
もし、天野ご夫妻と、
出会わなければ、
いえ、彫刻家の先生が、
私の職場に、
いなかったら、
私はイタリアには、
行けて、
いなかったことでしょう。
~つづく~
2015年5月29日
大江利子