逃げの戦略 その3
予想以上に長くなってしまいましたが、これが今回の群馬編の最後です。
- 必死になって作った逃げができたら次は何を考える
逃げ集団ができて、すぐに先頭と後方のタイム差は4分を超えました。
さて、ここでいったん逆の立場に立って、4分差をひっくり返すにはどうしたらいいか考えます。
例えば、平均速度40km/hで走る先頭集団があると仮定すると、(群馬だとレース全体の平均速度がこれくらいな気がします)距離10kmを走るには、15分かかります。前に追いつくためには、後ろの人はもっと速く走らないといけません。43km/hで走れば、10kmは約13分57秒かかります。ということは、この場合、4分差を詰めるためには距離にして約40kmも必要な計算になります。つまり1分で10km必要。
この計算は今この文章を書きながら何となく計算しただけですが、この時も実際のタイム差の変遷を見ながらざっくり頭の中で計算して、逃げ切りがかなり濃厚と判断しました。仮に後ろの集団が強烈なペースアップをしたとしても、力を温存しているチームメイトもまだいます。
さて、ここで僕は4分差というのはかなり大きな差なので、ここで無理してさらに差を広げようとするよりも、体力を温存してレース後半に備えようと考えます。
なにせ4分の「貯金」があるわけですから、残りの距離はその貯金を食い潰しながら逃げ切れば良いのです。無理にペースを上限で維持して最後に燃え尽きてしまうよりも、後半にペースアップできる余地を残しながら走ります。一緒に逃げているメンバーの力をうまく使いながら、後ろとの差をキープするよう努めます。
そして、強い選手を複数送り込むことに成功して明らかに有利な布陣のマトリックスに対して、このままで逃げ切られたらマズいと思ったチームがようやく後ろの集団のペースを上げます。
ここで4分が3分50秒となり3分40秒となり徐々に縮んできます。
それを見た僕たち先頭集団はペースアップします。後ろの様子を確認しながらそれに呼応するようにペースをコントロールします。後ろが速く走れば速く走り、遅くなれば少しペースを落とし、そうやってミニマムな体力消費で「貯金」の4分を少しづつ食い潰しながら差を保とうとします。
↑メイン集団でコントロールする他チームの後ろで体力を温存するマトリックスの選手。彼らのおかげで逃げの僕らが活かされています。
ここでよくある問題に直面します。それが、逃げ集団に入っているにもかかわらずローテーションに加わらない選手が出てくるということです。
このとき、メイン集団を牽引してい他のはブリヂストン(BS)なので、彼らにとっては、逃げ集団がスローダウンして後ろにキャッチされても良いわけです。そして、万が一逃げ切りの展開になってもいいように逃げに乗ったBSの選手は体力を温存します。逆にここで逃げ集団を積極的に牽引していたら「何やってんだ」と怒られるところでしょう。前でもペースをあげ、後ろでもペースをあげ、自分たちで自分たちを潰し合うことになってしまいます。
今回は違いましたが僕もチームの作戦として、逃げに入ったにもかかわらずローテーションに加わらない時もあります。
ここで問題になるのは、それ以外の「逃げ続けた方が良い選手たち」の中にローテーションに加わらない選手がいるということです。マトリックスが4人も逃げに入っているので、明らかに我々が有利なのですが、それが彼らがローテーションしない理由にはならないはずです。彼らにとっても逃げ切った方が良い展開のはずで、どうせ最後は力勝負なのですから、力を出し切って戦えば良いと思うのです。。。他力本願で走ろうとすると、逃げ集団のペースを落とすことになり、結果的にその人本人にも不利な展開になります。彼らには自分で自分の首を絞めていることが分からないのでしょうか。あまりに苦しかったり補給を取るなど、一時的にローテーションをスキップすることはありえます。それは他の選手もわかるので文句は言わないでしょう。しかし何の考えもなく苦しくてローテーションに加わったら千切れそうだからローテーションに加わらないのはどうなんでしょう。。。そういう時は力を使い切って千切れれば良いんじゃ?と思います。年間20レース近くあるうちのひとレースです。失敗しても良いんだからチャレンジすれば良いじゃんって思う僕は間違っているのでしょうか・・・。現に、一緒に逃げていたEQADSの選手は結果的に勝てなかったですが、良い走りをしていましたし、それを周りの選手は覚えているので次のレースでは彼に同調する選手も増えてまた逃げやすくなったりレースしやすくなると思います。逆に、セコイ走りをする選手も覚えるので、彼らの居場所はどんどんなくなる気がします。。。
話が少し外れました。。。
途中、後ろのグループから追走してくる選手がいましたが、追いついてこられたら面倒なメンバーだったので、彼らには追いつかれないもしくは追いついて来れたとしてもかなり消耗させるようにペース配分に気をつけます。
上述のように、ローテーションに入らない選手がいてペースが乱れることもありますが、マトリックスの選手は均等に力を使い、前でペースを維持します。
すると、面白いことがおきるのですが、先頭でペースを維持しながら走る数名の後ろで、ローテーションしたくない数名がお互いに「どうぞどうぞ」状態で少し後方に離れてしまう状況が起こります。こうすると、一旦離れた選手は加速し直してまた前に追い付かないといけません。実は後ろでセコい走りをしている選手の方が前で真面目に風を受けて走っている選手よりもキツい状態に陥ります。ま、自業自得ですね。
- 計算したシナリオに合わせていく
残りの距離やタイム差から計算して明らかに逃げ切りが確定的になると、先頭集団は「集団から逃げる」という共通の認識をもったグループではなくなり、「どうにかして逃げの中からさらに飛び出して勝つか」という選手たちの集まりに変わっていきます。
お互いがお互いをマークし、このままスプリントしては勝つ確率の低い選手たちがアタックを繰り返すようになります。こうすると、一定スピードで走るよりも体力消費が激しくなり平均速度も遅くなりがちなので、後ろから一定ペースで追いかけるような集団に有利な状況になるので、普通は逃げと集団のタイム差が近い場合はこういうことはやらないのですが、今回は比較的早い段階で逃げ切りが確定的になったので、この先頭集団でのアタック合戦が長く続きました。
ここで、僕の役割としては、明らかに強いホセやマリノをサポートすることで、彼らに勝ってもらうのが優先事項となります。
現時点で優先すべきはこの2人であって、僕が5位になろうが10位になろうが意味がない。
- できることを出来る限り
というわけで、ひたすら自チームのホセとマリノが体力を温存できるように走ります。具体的には、実際に彼らの風除けになったり、アタックする他チームの選手について行って潰したり、逆に自分がアタックして他チームの選手に追わせて体力を消耗させたり。
実際にはホセやマリノもかなり自分から動いていて、どこまで手助けできたかは分かりませんが、レース後に僕の動きに感謝してくれたので、多少は役に立てたのでしょう。
最後は、マリノが4人の先頭集団を作り、さらにそこから飛び出し独走という形で勝ちました。ホセも上位でゴールしてリーダージャージをキープしてくれています。
僕は、自分の仕事を終えたあとは先頭手段から遅れてしまい、のんびりゴールまでたどり着いたのみでしたが、やれることはやれたので勝利に貢献できたかと。
- 逃げの価値
基本的には集団の方が圧倒的に有利なのがロードレースなので、スタートから逃げ切るということは非常に苦しくて難しいことでもあります。
しかし、体力的にも精神的にも辛いく勇気ある行動だからこそ、自然と周囲の注目は逃げ集団に集まり、レース展開そのものにとってだけではなくチームにとっても選手本人にとってもスポンサーにとってもアピールできる良い機会でもあります。
まぁ本音を言うと逃げ切れる可能性はかなり低いのに僕が逃げる理由は色々で「目立てるから」だったり、「集団内での位置取り争いがめんどくさい」だったり。なによりも「逃げ切りで勝つのかっこ良いよね」かな笑
そして色々考えながら走ってますが、協力しない他の選手に腹をたてて熱くなって無闇にアタックしたり、たくさん応援してくれるからペースアップしたり、その場の雰囲気に流されたりもします。
そういった計算だけではない「選手の感情」も気にしながらレースを見てくれるとより一層レースを楽しめるかもしれません。
そして、これを書いていて思い出した「絶対逃げきれないであろう絶望的な状況からそれなりに頑張って最終的に報われたレース」もあったので、それもまた改めて書こうと思います。
写真 Shizu Furusaka, Itaru Mitsui