太陽の引力(九州イワナ 調査釣行 2)
6月。ちょうど二十四節気の10番目、夏至(げし)の頃、岩槻先生と念願の初調査に行ってきました。
思い返すと先生と知り合ってからちょうど3年、色んなところでご一緒したのですが、フィールドワークではこれが始めて。
この日の目的は九州在来イワナ調査。岩槻先生とKUMOJI兄貴との3人で未踏破の谷を含めて調査を行いました。
調査を行う谷は標高1000mを超えていて、ここ九州ではハイランドといっていい標高。
ちなみに僕の地元である上小丸は標高300mくらいのプチハイランドなのですが、1000mまで来ると空気感が異なり、なんだか空が近くに感じます。
ぼんやり見ているとまるで吸い込まれそうになる青い空。北半球では1年のうち、この時期が太陽が最も高くのぼり、昼の時間も最も長くなります。
そして調査開始。
でも、というか、やはりというか、期待に反して、歩いても歩いても水はほとんどありません。
途中から先生はスローダウン。兄貴と2人で始めは色んな話しをしていたのですが、
やがて、
「…。」
青空の下、汗びっしょりになりながら目的の谷にたどり着くものの、目の前にあるのは水一滴流れていない涸れ沢。
行けども、行けども、カラッカラの涸れ沢。
心の中にある「もしかしたら、あのカーブの先に水が...。」が小さくなり、「やっぱりダメかぁ」が徐々に大きくなっていきます。
「とりあえず標高1150mあたりまでは行きますか?」
「そこまで行って何も無かったら写真撮って帰ろうか…。」
なんてやりとりをしながら、上っていきます。
ここでのイワナ調査は空振りがほとんどですが、たとえ望みは果てしなく薄くても、谷跡が無くなる地点まで自分の目で確認する必要があるんです。
当初の谷に行く途中に地図では分からなかった谷が見つかり、そちらにも調査に行きます。
が、こちらも谷跡が無くなるところまで水一滴も無く。
無事に何事もなく駐車場に帰還。
先生が作ってくれたコーヒーをいただきながら、
一度竿を納めてランチブレイクです。
岩槻先生とのフィールドワークで楽しみにしていた事の一つが実は雑談。
イワナやヤマメだけでなく、アユやオイカワといった魚の事でも軽く質問すれば造詣ある答えが返ってきます。
大学生の頃、研究室の先生との昼食などの時の雑談を思い出します。
あの時は何でもない時間だと思っていましたが、卒業し、失ってからその環境のありがたみを日々感じていたので、今日は岩槻先生とのやり取りを一つ一つ噛みしめるように耳に留めました。
午後からは、過去の調査においてイワナの生息が確認出来ている谷へ。
釣り上げたイワナから大きな浪漫のつまっている5mm×5mm程度の小さなアブラビレを切り取っていきます。
ここでは深く述べることは出来ませんが、実はこの谷のイワナはとんでもない可能性を秘めているのです。
その「可能性」のお話を岩槻先生から聞いてからこの谷のイワナのことが、なお尊い存在に感じられます。
果たして、このイワナたちは何者なのでしょうか。
採取後の撮影会は私たちの恒例行事。
もちろん研究のためなんですが、この時の岩槻先生は偉大な魚類学者というだけでなく、「魚好きのおっちゃん」の一面も垣間見えます。
以前からやりたかった、この谷での素潜り調査。
最初のポイントに潜ったら、兄貴から、
「ここも潜ってみてよ。」
「ここも、ホラ!」
と悪魔のような笑顔で、容赦ない注文が来ます。
実はこの日、夏至の太陽が暖かい日和だったとはいえ、なんと水温は13.5℃。
ちなみに2,3年前の解禁日の小丸川は14℃でした。地元小丸川にはこんなに寒い谷はありません。
一つ一つのポイントに潜るたびに覚悟を決めて潜ります。
そして、このことを唇を紫にしてブルブル震えながら兄貴に伝えてもなお、
「へぇ〜。。。じゃあここも潜ってよ(笑)。」
と。
結局この日、兄貴は釣りで2尾、僕は潜って網ですくって3尾採取。この日は原始的な手法の勝利でした。
また、潜って観察したことで、それまでいないと思われていたポイントにもイワナがいることが確認出来ました。このことはとても大きな収穫です。
ほぼ同じ地点ですくった2尾の稚魚。
全く違う体色が多様さを、大きな背びれが力強さを物語っています。
このすぐ下に堰堤があり、その直下にも稚魚が確認できました。
イワナが何十年をその命を繋ぐには最低でも250個体が必要とも言われおり、絶滅の原因の一つが人口建造物による生息地の分断。
この谷にイワナはどのくらい残されているのか…。
「また次来るときにも姿を見せてね。」
この谷を訪れた時は、いつもそう強く思って谷を後にします。
帰り際、ハイランドの青空を見上げるとまた吸い込まれそうな心地になって、ふと、「太陽の引力」なんてフレーズが頭に浮かびました。
そしてこれからも、引き寄せられるままに、この大自然と渓流魚、そして先生の研究にも関わっていきたいと思います。
※この調査は、パタゴニア環境助成金プログラムの一環として行われました。
(文:上小丸KID・写真:KUMOJI)