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光を越えて

2017.01.08 06:58

今日は、思ったよりも雨がよく降ります。


なんだか、ぼんやりとしながらも、淡々と作業をこなす感じで、上ずっていた気持ちがとても腹に落ちている、そんな気分です。


今日は、お片付を。

意識が変わると、必要なモノを見る目が変わってくるのか、必要ないものがまだまだあるように目についてきて、年明け早々に大掃除のやりなおし。


そうしているうちに、お味噌の仕込みの話があちらからも、こちらからも聞こえるようになってきて、私も取りかかる時期かと、色々と樽の都合を見たりしていました。


一年分のお味噌を仕込むのは、結構な量なのですが、このあたりでは生活会というのがあって、地域の希望者で、一気に済ませてしまいます。

樽であーだこーだと想いを馳せながら仕込む分とは別に、一気に30㎏を仕込めるので、今年からはそちらもお世話になることに。


さて。

その分の樽をどうしようかとぼんやりとは思ってはいましたが、量が量だけに、プラスチック製のつけもの樽を買うかなぁなんて思っておりました。

この大きな大きな木樽を、ほんとに使うなんて、思いもよらなかったのです。

大掃除をはじめるまではね。



去年の仕込みの時に、実家の屋根裏から譲り受けた、木樽。

大きすぎて、出番がありませんでした。

しかも、もう何十年と使っていないので、木が乾いて、隙間ができてしまっています。


これにゆっくり水を吸わせて、周りを絞めている、ぐるりとまわっている輪を、少しずつ少しずつ上げていってこの隙間をうめていきます。


木樽の仕込みでは、お味噌は大豆の炊き加減を見極めて、炊いた水分は足さずに仕込みます。

それでも水分は出てきますが、木も吸ってくれるし、全く完璧に水が止まらなくてもいいのかなぁなんて呑気な感覚です。

でも、しっかりと『樽からの水分受け対策』はしておかないと、大変なことになりますからね。

今日は、絶好の雨だし、お味噌の仕込みの日まで、こうやって少しずつ樽を馴染ませてみようと思います。


この樽は、昔に実家で稲を苗から作っていたころに、最初の水を吸わすために浸けておくのに使っていたモノだそうで。


私は樽に、なんでだか、おじいちゃんを感じていて。

私のおじいちゃんは、母がお嫁入りする頃にはもうすでに亡くなってしまっていて、私はおじいちゃんを知りません。

小さい頃に、昔の荷物をしまっている博物館のような屋根裏に忍び込んでは、昔の道具やおじいちゃんのであろう筆入れやバッチやお宝モノを探すのが大好きでした。


おばあちゃんは、もうほとんど外に出なくなってから、おじいちゃんが好きだったハーモニカが吹きたいと、よく吹いていました。

おじいちゃんがいれば、うちの家はもう少し違う環境だったんじゃないかと、思うこともよくありました。

樽に書かれていた、この『越光』という文字。

お米の品種『コシヒカリ』です。




でもね、なんだか、私にはおじいちゃんからのメッセージに見えて。




『光を越えて行け、進め』と言われているように見えたのです。





その瞬間に、おじいちゃんがいたらよかったのになぁと思っていたその色々の問題は、おじいちゃんが亡くなっていく時に、私たちに必要な、向き合うべき問題を、置いていってくれたんだなぁと思ったのです。

そう思えたらね、おじいちゃんが側にいる気がして、とても泣けました。


私は、エネルギーで昔からよくおじいちゃんと交信していたかもしてません。


さあ、この木樽で仕込む、今年のお味噌。

来年あけるのが、もう楽しみで仕方ありません。


時を越えて使い続けられる道具って、やっぱりいいなぁと思います。