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芦沢俊郎のシナリオ塾

「迷いの森」出口発見競争

2017.01.10 10:52

アマチュアのプロットは、一目瞭然欠陥が見える。作者の盲点を指摘できる。

このまま書き進んだらどういう作品になるか、事前に云い当てることが出来る。

断っておくが、これは自慢ではない。

プロとして何年も何十年もやって来た者なら、誰もが身にしみている若き日の過ちなのだ。

表題に取り上げた私の造語に置きかえれば、

みんな、迷いの森の中でどれ程うろついていたか、あせりまくっていたか、

抜け出そうとあがいていたか、忘れられない記憶があるからだ。

従って、私の場合も、プロットを一読しただけで、その作者の頭の中の構造が見える。

現在の思考回路が云い当てられるわけだ。

それに加えて、30年近い指導者としてのキャリアがあるわけだから、

そうそう間違ったこと、とんちんかんなことは云ってない筈だ。

時に黒板を使って「私だったらこの素材はこんな風に料理してみたい」と、

レシピ風のものを見せたりもしているが、それが結構有効打になっているようだ。

人物配置、キャラの設定、ストーリーの流れ……自分ではこれでいいと思う。

面白い作品になりそうな予感がある。さァ、書こうと思う。

その時点で多くのアマチュアは、気付かずにかなりの減点を背負っているのだ。

同じことを毎回のように繰り返すわけだが、

作者と素材の癒着を本当に切り離しているかどうか、

一人よがりではないか、冷たく見つめているかどうか、

その吟味にかける時間が少なすぎるように思えてならない。

最近扱ったコンストのファーストシークエンスを取り上げてみよう。

駅前広場で、一人の若い女が弾き語りでロックを歌っている。

寒い季節で道行く人はみな、コートの襟を立てて素通りしてゆく。

そこへ通りかかったバイト帰りの青年が、ふとバイクを止め、じっと歌声に耳を傾けた。

その視線に気付かずに、彼女はかじかんだ指に息を吹きかけた。

次のシーンは、日替わりの公園、初めてのデートでお互いの将来の夢を語り合う。

更に、安アパートで同棲しているシーンが続き、

貧乏にめげずに愛を育ててゆくプロセスへ移ってゆく。

このペラ15枚に読み手はどう反応するか……。

作者の思惑とは裏腹に、白けた気分にならないとは限らない。

なんでそんなきまりきった導入部から入るのだ、韓流ドラマのパクリじゃあるまいし。

公園のベンチに距離を置いて坐ったり、手に罐コーヒーだったり、空には飛行機雲……

もう止めてくれと喚かれる恐れがある。

つまり、作者が二人の運命的な出会いを美しく描こうとしたにも拘わらず、

読者にはなんの関心も起きない、不用だと一蹴される。

こうしたことは、明らかに作者に非がある。

斗う前から負けていることになる。

初めてシナリオを書こうとする人のために、あえて解説しておこう。

前述したような段取りは一切不要、そんなことに思い入れてはいけないのだ。

若い二人が一緒に暮らしている絵の中に、本編のテーマに繋がる事件的なものが提起される……

そのあとドラマの進行の中で、この二人が同棲なのか結婚しているのか、

どういう出会いで知り合ったのか、必要に応じて自然に分らせてゆけばいいのだ。

「幸せな状態にドラマはない」モーパッサンの至言を改めて噛みしめて欲しい。

塾の授業は月に2回だが、それ以外にも毎月2、3度私の家で勉強会なるものが開かれている。

先日、一人の塾生がこう云っていた。

「云われることがやっと分りかけてきたけど、とてもまだ書けそうに思えない」と。

それでいいのだ。

分りかけるまでに人によっては十年近くかかったりするわけで、分りかけた所からは早い。

つまり、森の出口の灯りが見えたらしめたもので、あとはせっせと歩き続ければ視界は開ける。