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ともちゃん@芝山町の町おこしYouTuber

ちむかへる(原作 : 坂本小見山様 作『時をかけるタピオカ』)

2021.06.26 12:46

「スイコ、何やってるねん。ばあちゃんたちを手伝わんかい」

「ん~」

イヤホンの向こうからばあちゃんの声が微かに聞こえ、私は何となく返事をした。

「スイコ!」

さっきより大きな声がして、私はスマホの画面から顔を上げた。祭りの道具を抱えたばあちゃんが、目をつり上げている。

「そんなに怒らなくても~。K-POPの最新曲ぐらい見たっていいじゃん」

Kは「Korea」のK。つまり、韓流ポップということ。

「何が“けいぽっぷ”や。今夜は村最大のお祭りなんやで。けいおう踊り、スイコも小さい頃から好きでよく踊うてるやろ」

「んー、別に好きってわけでも」

ゴールデンウィークの真っただ中、ここ奈良県にある敬王(けいおう)村では「けいおう祭り」がある。その昔、東の方から都に上ってきたある青年が異世界に連れられ、そこから持ち帰ったという「ちむか節」や様々な音楽に合わせて村の人たちが踊ったり、屋台が出たりする。まあ村最大って言ったって、たいしたことないけど。

何せ、ここは人口1000人にも満たない限界集落。私が生まれ育った千葉県の芝山町が都会に思えるくらい。

芝山町には成田空港があって、親がそこで働いていたんだけれど、敬王村に住む老衰の進んできたじいちゃんとばあちゃんを心配したパパが、この春の私の高校卒業と同時に一家でここに引っ越すことを決めた。

敬王村には小さい頃からほぼ毎年来ていて、けいおう祭りもよくばあちゃんに連れられて遊びに来ていた。でも、ばあちゃんの言うように、好きだとかそんな思い入れはない。

「あんたのパパもママも大忙しや。ばあちゃんと一緒に物運ぶの手伝いなはれ」

「はあ~」

私はしぶしぶ立ち上がってばあちゃんの後についていった。



「スイちゃん!元気かえ」

家の外に出ると、はす向かいに住むおじいさんが話しかけてきた。

「あー、はい。おかげさまで」

「そうか、よかったなあ。お仕事は決まりそうかえ?」

「いやー、全然」

韓国の大学に行きたいと親に言ったら、金がないから就職しろと言われた。引っ越し予定のところに行ってまで就活する気にもなれず、こっちに来てからは結局ニートしてる。

「え~えところ引っ越してきたんやし、何かやりたいこと見つかるといいな」

「あー、はい…」

千葉で生まれ育った私は、関西弁をほとんどしゃべらない。言葉遣いや発音が周りの人たちとあまりにも違って、何だか肩身が狭い。



「ばあちゃん、これはここでいいの?」

「うん、そこらへん置いといて」

「んしょ」

小高い丘の上にある公民館の縁側に重い段ボールを置いて、私は顔を上げた。

丘の下の辺りに、何やら奇妙な格好をした人が立っている。髪が長いから、女性だろうか。

「あれ、誰だろう」

私はつぶやいた。

「ん?妙な格好してはるな。お祭りに遊びに来た人かえ?若いのが一人で、珍しいなあ」

ばあちゃんも、不思議そうに眺めている。

「何かきょろきょろしてるし、道に迷っちゃってるのかな。お祭り、夜からだよって伝えてこようか」

「せやな」

私は祭りの手伝いから解放されて丘を駆け下り、その人に近づいていった。その人はこちらに気づき、私をじっと見つめた。

何てこと…男の人だ。すごく端正な顔をしている。私はしゃべることもできずに、ただ立ってその人を見つめていた。


「ここは…いづくぞ?」

…ククパ、イドゥクゼ?…は、何語?

「あなた…日本語話せませんか?」

私は男の人の顔を見つめた。男の人は、何も答えない。

「フー・アール・ユー?」

英語がほとんどできない私。ダメもとで「あなたは誰?」と聞いてみた。

「我は東なる武射の人なり。都に仕へむとて上りて来る」

やや深みのある、まったりした声。

んー、全っ然通じてない。私は眉間にしわを寄せて首をかしげた。

「我は、武射の人なり」

男の人は、もう一度ゆっくりとしゃべった。ん?「むさ」…?この人、もしかして…

「むさ…?」

私は聞き返した。

「然り」(そうだ)

この人、昔の日本からタイムスリップしてきたんだ!「むさ」って分かる。「むさ=武射」って、私が住んでいた芝山町の辺りの昔の名前。

「私も、武射から来たんだ…」

伝わるか分かんないけど、私は自分を指さして言った。すると、古代人は切れ長の目を見開いた。そして、微笑んだ。

「さても、あやしきことかも」

その微笑みに、胸がきゅっとなって思わず目をそらした。

「♪♪♪」

その時、ポケットから着信音が聞こえて、私はスマホを取り出した。ママからだ。

「スイコ、どこにいるの?もし手が空いてたら、ママたちを手伝ってほしいんだけど」

「あー、今ね。道に迷っちゃってる人に出会って、助けてるの」

「そうなのね。大丈夫?」

「うーん…すごく遠くから来た人だから、ちょっと案内に時間かかるかも。でも、任せて」

「終わったら、すぐ戻ってくるのよ」

「はあい」

そう言って、私は電話をプチっと切った。もう少しこのイケメン古代人と一緒にいたい。

「それは何ぞ?歌の聞こゆる板なるや?」

古代人は、私のスマホをのぞきこんだ。

「これはスマホ。人と話したり、音楽を聴いたりできるの」

私は着信音にしてるエイプリルの『ティンカーベル』を流した。

「私の大好きな、K-POPだよ!」

「け、ひ、ほ、ふ?」

「…うふっ」

古代人の発音がおもしろくて、私は口を押さえて笑った。

「あはれ、をかしき歌かも」

古代人はにっこりした。気に入ってくれたみたい。

「私もこの歌大好き!そうだ、いいもの見せてあげる。こっちにおいで」

私は古代人の手を取り、林を抜けて別の小高い丘の上に出た。つまらないこの村の中で唯一の私のお気に入りの場所で、たまにお昼寝しにきたりする。今はかわいらしいお花がいっぱい咲いていて、一番いい時期。

私は古代人を座らせてスマホを草の上に置き、『ティンカーベル』を最初からかけた。軽快な音楽に合わせて、私は踊り出した。両手を広げたり、指でハートを絵描いたり、飛びはねたり。古代人は、楽しそうな表情で私を見つめた。お年寄りばかりのこの村で、まさか若者同士でK-POPを分かち合えるなんて。しかも、イケメンさんと!私はうれしくって、本物の妖精のようにくるくると舞った。

「古代人さん、一緒に踊ろうよ!」

曲の一番を踊り終えたところで、私は古代人の手を引っぱった。古代人は立ち上がって、私と向き合った。でも、ちょっとおどおどしているように見える。

「もしかして、昔の人には速すぎるかなあ?」

古代人はしゃべるスピードも立ち振舞いもゆっくりだし、私は音楽を0.75倍速にして再生した。

音楽がいきなりバラード調みたいになったのにも負けず、私はノリノリで踊り続けた。古代人は、手を上げ下げして少しずつ真似をし始めている。その姿が何とも無邪気。

「うふふ」

私たちは0.75倍速のまま、“ティンカーベル”を繰り返し踊った。最後に元の速さに戻して再生したら、古代人も何とかついていけるくらい振りを覚えていた。



私たちは丘の上に並んで腰かけた。

「今日は、あったかくて気持ちいいね~」

私は空を見上げて言った。そして、古代人の方を見た。古代人は、丘の向こうに広がる村の風景を眺めている。何を考えているのかはよく分からないけど、春風に揺れる髪と凛々しい横顔を、いつまでも見ていたくなる。

ふと、古代人は地面に目を移した。すぐ目の前に、いろんなお花が咲いている。古代人は、とりわけかわいらしい一輪の花に手を伸ばした。それを摘みとり、顔の近くに持ってきてじっくりと見ている。そして、顔を上げて私の方を見た。

「かくも麗しき花、いまだ見ず」

古代人はそう言って、お花を私の方に差し出した。

何て言ったの?…私のこと、このお花みたいにかわいいって?

私はお花を受け取った。そして、髪にさしてみた。古代人は、微笑んだ。私も微笑んで少しうつむいた。

何か、してあげなきゃ…

私は周りを見回して、気に入ったお花をいくつも摘んだ。そして、それを花束のようにまとめて古代人に渡した。

「あの、これ…」

うまく言葉が出てこなくて気持ちが焦ったけど、古代人はにっこりして受け取った。その手のぬくもりに、私は安心した。古代人は、お花の束を胸元にさした。コサージュみたいで、よく似合っている。

私たちは、お互いに伝わるかどうかもあまり気にせず、少しずつ言葉を交わしていた。古代人の低い声とやさしい春風が私をくすぐり、胸のうちがちょっときついながらも、私は幸せでいっぱいだった。



「ねーえ古代人さん、この時代で一緒に暮らそうよ」

私は古代人の手をとった。

古代人は、私を見つめていた。でも、私がとった手を下ろした。

「否。我、都に行くべし」

古代人は、私をまっすぐに見つめた。

「君の教へしをかしき歌と踊り、定めて都に伝へゆかむ。そを、代々に渡りて続ぐべく」

古代人は立ち上がった。

「古代人さん、帰っちゃうの?」

自分の声が、少しうわずっている。

「あなたが行っちゃったら、私またこの村で一人になっちゃう…」

古代人は、胸にさした私があげたお花に手を当てた。その時、古代人が足元から少しずつ消えかかっているように見えた。

「古代人さん、またいつか、必ず会おう!」

私は必死で叫んだ。古代人は、私に微笑んだ。そして、足元から上の方まで、少しずつ見えなくなっていき、とうとう消えてしまった。



行っちゃった…。

私は、髪にさしたお花を手にとって見つめた。

古代人さん、帰ってからもあの歌と躍りを覚えていてくれたのかな?

満足そうにして帰っていったし、古代で他の人にも伝えたりしているのかな?

もしかしたら、それがさらに周りの人たちにも伝わって、子孫にも受け継がれて…?

なんて、極端かな。

そういえば古代人さん、K-POPのこと「ケピポプ」って言ってたなあ。

「ケピポプ…」

私は、何回か口にしてみた。そして、口を動かしながら、ふと強い疑問を感じた。

そういえば、高校の古典の授業で「はひふへほ」を古代では「ぱぴぷぺぽ」のように発音していたと聞いた。

そして、「は行」の文字の多くは、時代を経ると「あ行」の発音に変わっていく。

けぴぽぷ…けひほふ…けいほう…けいおう…

「あっ!!」

私は大きな声を出して、顔を上げた。

私が古代人に教えたものが、時代を越えて踊られてきた…そして、「けいおう」村という、村の名前にまでなっている…!

私は唖然としたまま立っていた。丘の向こうには、お祭りの準備でせわしなく動き回る人たちが小さく見えている。

私はもう一度お花を髪にさし、公民館に向かって駆けていった。



公民館には、たくさんの人がいた。箱を抱えたばあちゃんが、私に気づいた。

「スイコ、ずいぶん長かったなあ。道に迷った人、大丈夫やったかえ?」

「うん。無事に帰っていったよ」

「そうかえ。どうしたんや、お花なんかさして。顔も生き生きしてて、やけに美人やな、え?」

「何言ってんねん、ばあちゃん」

にやにやするばあちゃんを、私はぽんとたたいた。

「ちょうどよかったわ、スイコの後ろに積んである箱、トラックまで運ぶの手伝うて。終わったらその隣にあるロープほどいてな」

「はーい!」

私はくるっと回って、箱の山の方に向かっていった。

「…やけに聞き分けがええなあ」



その晩、私はティンカーベルのような鮮やかな緑の法被を着てみんなと一緒に踊った。

「あのお花さした娘は誰かえ」

「べっぴんさんやねえ」

「あんなに元気に躍る子は、えろう久しぶりや~」

そんな言葉が、ちらちらと聞こえてくる。

音楽に耳をすますと、どことなく『ティンカーベル』に似ているような気がする。そして、どことなく似ている振り付けを、私は一つ一つ心をこめて踊った。



私の躍り。私のお祭り。

この村は、私の村。

私の人生の、何かが変わろうとしている。

あとがき

お読みいただき、ありがとうございました。 

タイトルにも書いたように、このお話は、坂本小見山様作『時をかけるタピオカ』を原作として書かせていただきました。原作としているといっても、同じなのは奈良県の架空の村に古代人がやって来て現代文化を持ち帰りお祭りにしていくということだけで、あとは町おこしや恋心など、ともちゃん的な要素をたくさん盛り込んでいます。

古代人さんについて、より詳しい説明をいたします。彼は朝鮮から来た渡来人の家系で先祖代々都仕えをしていたのですが、彼の父が失態を犯し、「武射」(現在の千葉県芝山町辺り)に左遷させられました。しかし、天皇陛下のご慈悲により、その息子である古代人さんが都に召されたのです。スイコちゃんの一つ年上である古代人さんは、はるばる都まで上ってきたつもりが、何が起こったのか現代の敬王村に来てしまったのでした。

一方スイコちゃんについては、敬王村出身のお父さんが芝山町で就職・結婚し、スイコちゃんの祖父母のお世話のために家族でまた敬王村に戻ってきました。

つまり、親が奈良から芝山に行って、子がまた奈良に戻ってきたという点で、古代人さんとスイコちゃんは共通するわけです。

スイコちゃんはまだ気づいていませんが、最初の方でちらっと出てきた「ちむか節」の「ちむか」は、「ティンカーベル」が古代で「ちむかへる」となり、いつしか「へる」が取れて「ちむか」となったものです。

古代人さんの発する言葉については、一生懸命聞き取ろうとするスイコちゃんの目線に立っていただくため、敢えて現代語訳をつけませんでした。さらに、「ここは、いづくぞ?」をスイコちゃんが「ククパ、イドゥクセ」と聞き取っているように、発音も現代とは大きく異なります。


坂本様について私の言葉で少し紹介させていただきます。坂本様は関西にお住まいの言語系YouTuberで、古代の発音の説明をされたり、ご自分で言語を造られたりされています。音楽や小説の作成など、あらゆる分野でご活動する方です。

私はYouTubeで古代語の発音を調べている中で、坂本様の動画に出会いました。年代の近い方がご自分の信念をしっかり持って様々な活動されているお姿を見て、私も至らないながら小説や音楽などの創作活動をしている者として背中を押されました。

このお話の掲載にあたっては、坂本様にお目通しいただき、古代人のセリフや関西弁について様々なご助言をいただきました。この場を借りて、御礼申し上げます。


言語とは、人と人とが支え合って生きていく、文化を伝えていく中で育まれているものであり、その地域に生きる人たちの慣習や気持ちを表しているものだと思います。もちろん、芝山町や丹波山村で話されてきた言葉もそうです。それを読み解き研究することは、その村や町で生きてきた人たちの心や、受け継がれてきた文化をより豊かに知ることにつながるのではないかと、私は考えています。

言語という新たな観点から町おこしのアイデアが得られそうで、わくわくしています。


坂本小見山様 作『時をかけるタピオカ』

https://youtu.be/kTSJzs7naQk


APRIL『ティンカーベル』

https://youtu.be/B9FTAcOK3cA

おまけ・ともちゃんイメージの「たおか餅」レシピ

『時をかけるタピオカ』に出てくる「たおか餅」(タピオカを元にした伝統菓子)がどんな物だろうと、私なりに想像して作ってみたものです。本物のタピオカを使い、有り合わせのもので作ったら、たまたまティンカーベルのような色になりました!

材料…タピオカ、うぐいすきなこ、菜の花の花びら、はちみつ

①タピオカをお湯で戻す(戻し時間やお湯の温度はタピオカの種類によって調整してください)

②菜の花とはちみつを混ぜる

③タピオカを器に盛り、きなこをかけ、さいごに②をかけてできあがり