一番美しい青春
彼女との出会いは、中学一年生の時。
クラスメイトであり、偶然にも咳が隣同士になってからは、一段と親しく話を交わし合うようになっていった。中学時代は3年間通してクラスメイトであり、不思議にもその間数回隣の席同士になったことがある。
高校は別々の学校に進学することになったのだが、共通の友人を介しながらよく顔を合わせる、変わらぬ友人同士であった。
高校を卒業し、僕は親元を離れ一人暮らしを始めた。当初はその日常に慣れず、時間の使い方以前に、気持ちの拠りどころを懸命に見つけようとしていた。
そんなある日のこと。中学時代からずっと仲の良かったあの彼女が、僕の住む地区のすぐ近くにアパートを借りて、一人暮らしを始めていることを聞きつけた。
僕は彼女のアパートを訪ねてみた。見知らぬ町で、久々の再会。深夜になるまで、途切れることのなく、想いと言葉を交わし合った。それ以降僕と彼女は、新しく暮らし出したこの町でも、多くの時間を共有するようになっていった。
18歳の二人の男女。初めて隣の席同士になった中学生の頃と、何ら変わりのない親しみの流れが、とても嬉しかった。僕たちは、親友のままの関係を選び、やがて其々に交際する相手ができた。それでも僕と彼女は、ずっと親しく特別な友人のままだった。
学生時代が終わり、僕と彼女はそれぞれ同じ町で社会人としてのあゆみをスタートさせることになった。
彼女はグラフィック・デザイナー。僕は百貨店に勤務する会社員の道を選んだ。
社会人として数年が経過したある時期、僕の会社のハウスエージェンシーは、専属のグラフィックデザイナー1名を急募する必要に迫られていた。数名の応募者が、連日面接に訪れていた。中にはかなりのキャリアの持ち主もいたようだった。
そのような時期に、たまたまプライベートな要件で僕を尋ねて職場を訪れていた彼女が、たまたま当時求職者の面接担当であった先輩の目にとまった。
「君は、(グラフィック)デザイナーなの?」
僕の会社の人材急募事情など全く知らない彼女は、僕の上司と屈託のない普段通りの世間話を交わし、すっかり打ち解けた雰囲気の中で会話を楽しんでいた。
翌日、デスクの内線電話が朝一番で鳴った。受話器の向こうにいたのは、面接官の先輩だった。
「昨日のお前の友達、ウチに来てくれないかな?」
求人採用案内を介して正式に応募してくれた人達ではなく、ほんの数分間雑談を交わした彼女を採用したいというのだ。あまりに唐突なことではあったのだが、僕は先輩が彼女の人間性に魅力を感じてくれたことが、とても嬉しかった。
すぐに彼女に電話をした。事情を知った彼女は、即決ではなかったと記憶しているが、転職を決めるまでにさほど時間はかかることはなかった。
彼女と勤務先が一緒になった。そのことをかつてのクラスメイト達に話すと、皆んな一様に驚きと共に笑顔をおくってくれた。
彼女は、僕の会社に転職して間もなく、結婚を決めた。
彼女の夫となる人物とは、それまで一度も会ったことはなかったが、夫となる彼の実父は、なんと間もなく定年を迎える僕の会社の別部署に勤務する先輩であるという偶然が、またひとつ重なった。彼女の転職を後押ししてくれたのは、彼女の義父となる僕の先輩でもあったのだ。
彼女は、配属部の同僚に快く受け入れられ、すぐに大事な仕事を任せられる実務担当者となってくれた。
そんな時代から、随分時間が経ってしまった。
現在も彼女は、その職務に就いて仕事を全うする日々をおくっている。僕は退職して、新しい道を選び、暮らす町も変わってしまった。
互いの進む道と場所は変化してしまったが、今も彼女は、己の胸中で煮え切らないものにぶつかってしまうと、僕を呼び出さなくてはならないという反射反応を持ち合わせてくれている。僕はその都度約1時間車を飛ばして、彼女のいる町へ出かけていかなければならない。
50代となった親しい同級生同士。互いの間に流れる空気は、今も何ひとつ変わることはない。彼女は、僕の前でありったけの毒を吐いて、また自分のデスクに戻っていく。
中学一年生で出会ってから今日まで40数年間。その間、一度も疎遠になることなく、一度も言い争いや喧嘩をした記憶もない、唯一無二の友と言える存在だ。私たちをよく知る人からは、異性であるという絶対的な障壁がありながらも、なぜそのような関係を築いてこれたのかと、疑問を投げかけられることもあった。
それについて僕はこう答える。僕はずっと彼女のことが大好きで、今も一貫して親しい関係、親しい友でありたいと願い続けている。「それ以上でも、以下でもない」ということ。それが、すべての答えになってくれるはずだ。
同じ時代に生まれ、同じ地域の、同じ学校で、同じクラスで、隣同士の席。そして、社会人になってからも同じ職場になった彼女。
そんな偶然を与えてもらえたこと。それ以上に美しいものを僕の中から探すことは、もしかしたらできないのかも知れない。
最後に、大切な思い出のエピソードを、ひとつ。
18歳の頃、毎日のように訪れていた彼女のアパートの部屋。とある日の深夜に、何気なく流していたラジオ放送から、この楽曲が流れてきた時、一瞬、部屋の空気が変わった。
その曲とは、荒井由実の「海を見ていた午後」。
深夜の静寂の中に、ぽつんと射し込んできた緩やかなピアノ前奏の音色。
忘れられない。彼女はきっと忘れているだろう。
断言できよう。あの一瞬こそが、僕の心の中で一番美しい青春だ。