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旅のチカラ、旅のカケラ

ジャール平原の出会い

2008.03.22 11:00


ビエンチャンからの夜行バスに乗り、

辿り着いたシェンクアン。

この街はベトナム戦争中にラオス解放勢力の拠点だったため、

米軍による激しい空爆を受けた街だ。

近くにはムアンクンというかつては壊滅した街もある。


午前7時、本日の宿探しを始める。

地図を片手に何もない1本道を歩き出す。

すると1台の車が停まった。

聞けば街まで5kmもあると言うではないか。

仕方がないのでバスターミナルに戻り、

すぐ隣に建つキレイなゲストハウスの扉を叩いた。

絶対高い!そう決め込んで一度は通過した宿だ。


「70000キープ(870円)」


うぅ、やっぱり高い…。

「もっと安い部屋はないの?」

すると離れへと案内してくれた。

部屋にはベッドがひとつあるだけの質素な部屋。

しかし、40000キープ(500円)という値段は魅力だった。

よし決まり!

さあ、寝ようとベッドに横になるや「ヘイ、ジャパニーズ!」と、

廊下で誰かが叫ぶ。ドアを開けると、

ジャール平原へ行くツアーの誘いだ。

実は宿の主人に「ジャール平原へ行くためにここに来た」と、

話していたため、ドライバーを呼んでくれたみたいだ。


もう、今日じゃないのに…(英語がしゃべれないから)


天気は良好、時刻は朝8時。

このまま寝るのはもったいないか。

「わかった、10分で準備するから!」(KAZ)

「ノープロブレム」(ドライバー)

料金は20ドル。約6時間かけてジャール平原を隈なく回るツアー。

しかも昼食と水はサービスだ。


ジャール平原は「壷の平原」という意味で、

無数の巨大な壷が転がる謎の遺跡。

ラオス最大のミステリーといわれている。

本当はバイクを借りて一人で行こうと思っていたが、

この平原は不発弾が大量に埋まっていて

毎年100人を超す死者が出ているという。

大事をとって(道にも迷うだろう)のツアーだ。


英語ガイドの話はほとんど理解できないので、夢中で写真を撮り続けた。

欧米人グループが楽しそうに会話をするなか、

ずっとiPodを聞いてひとり輪の外にいた

ベトナム人のウォン君とは気があった。

彼は英語が堪能だ。ガイドの話を、

より分かりやすい英語で教えてくれる。

聞けばまだ大学生だとか。英語は2年勉強しただけだという。


「なぜ日本人は英語が話せないの?」(ウォン)

「文法の勉強しかしないからかな?」(KAZ)

「なぜ頭にタオルを巻くの?」(ウォン)

「侍がルーツだと思うよw」(KAZ)


ツアーが終わり、街を散歩していると

カフェでコーヒーを飲んでいるウォン君に再会した。


「明日、ハノイ(ベトナム)へ行くんだ。

よかったら一緒に来ないかい?」(ウォン)

「行きたいけど、もっとラオスを見たいんだ」(KAZ)

「そりゃ残念だ。次は僕の国にも来てくれよ」(ウォン)

「ああ、フエやホイヤンはぜひ行ってみたい場所だ」(KAZ)


握手をし、いつかの再開を誓った。

自分の国が好きだというウォン。だから絶対に遊びに来いと。

日本が好きだから遊びに来い、そう言えない自分がもどかしい…。