舞台が8000円になった話。
さて。
先日行ったボクラ団義の外部公演「遠慮ガチナ殺人鬼20201」のチケット代が7500円。
そこに手数料オバケのCNプレイガイドさんと連携したことによって実質チケット代が8200円になった。
今日話すのはコロナ禍になってからずっと言ってた
"だいすきなファミチキ、200円なら買うけど500円なら美味しくない論争"
の話。
あたりまえで恥ずかしい話ですが、
チケット代の値上げのこと含めてこれから話す話は全部自分に閉じた話です。
値上げは良いし、すべて別に良いのです。
私はこう思いますという話で完結します。
結論として、遠慮ガチ2021に関しては満足してる。
ただ8000円の舞台を観た感想としては、
とてもよかったけど8000円を超えることはできませんでした。
4500円なら素晴らしい時間を過ごしたし、6000円なら良かったなと思って帰りましたが、8000円だった場合は良かったけど行かなくてもよかったとなりました。
値段は品質評価に対しても満足度に対してもとても大切で、自分にとっての適正価格を超えるかどうかは誰が判断するものでもなく自分が考えること。
遠慮ガチ2021については行く前から8000円出した時点で負けは確定していたので
行くつもりはなかったですが、特別な理由があって行くことに決めて、特別な理由を加えると今回の8000円の遠慮ガチ2021については満足しています。
次に6月にシアターKASSAIでやった「ガールズトークアパートメント」の話で。
これもチケット代が7500円でした。
同じと言っていいかわからないし同じ人がやってるとはいえUDA☆MAPと6cは違うけど、4月に6cが同じくKASSAIでやったシュリクラは6500円。
ガールズトークの方は2015年版を見ていていい印象はあったし良い役者の方も揃っていて興味はあったけど値段で行くのはやめました。
シュリクラは見に行って高いとは思ったけどプロが集まっている演劇はおもしろくてとても満足して帰りました。
こうなると、
帝国劇場、劇団四季、その他赤坂なんちゃらとか諸々のミュージカルが1階席が13500円、2階席が9000円というのを考えはじめます。
帝国劇場でレミゼを見た時と比べた時に、
シアターKASSAIは、パイプ椅子で隣の席も詰まっていて窮屈で入場から退場まで日常的な空間。
帝国劇場のように入場からロビーの雰囲気など非日常を与えてくれる空間ではないことを考えても
ここまで起きてお金を出すなら日常の楽しみではないので、13500円ないし9000円出して四季や帝国劇場に行った方が良いのではというのを考える時にきているなと思う。
小劇場には小劇場の良さもあるけど、値段が同じになってきている今、その良さは自分の中では以前よりは減っている。
8000円の遠慮ガチ2021については、
席を半分にしたから値上げしたわけではなく、
席は最前列を無くしただけで全て詰めて販売しているのでそこはまずここまで大幅な値上げ対象にはならない要素。
絶対に違うと思うけど、このコロナ禍の赤字を少しでも取り戻そうとしてるなら、今回来るお客さんで取り戻すというやり方はなんとなく違和感は覚える。
元アイドルを集めて「アイドルオタクは舞台など見ていないし誰々がずっと立って頑張っていたみたいなクソ感想しか残さないし値段がいくらだろうが来るからね」という思想であの価格にしたのだとしたら
それはある意味正解ではあると思う。
それならクラファンでもやって払う人に払わせてあげてくれないかとも思うけど、まぁさすがに中止や席を半分にして公演していた分を今回補填するための値上げではないとは思っている。
そうだとしても最初に言った通り自分が行くか決める話なので主宰は悪くない。
関係ないけどアイドルが出る舞台の感想を見ていて、どこがどう面白かったとかではなく「ずっと出ずっぱりで疲れたよね?」「大変だったと思う」「声大丈夫かな?」みたいなことしかなくて、
俺が役者ならそんなのどうでもいいから、面白かったかどうか、時間とお金を使って見にきてくれたオマエが満足して帰ったかを教えろと思うのだが、
なかなかファンの人というのは相手が求めていることを伝えてくれないから難しい。
関係ない話をしました。
最初に戻って、
ファミチキは200円だから人気で、
200円だから美味しくて
200円だから買いたい。
500円になったとして。
500円になった直後が自分の中では今の小劇場の舞台みたいなもので。
今は迷ってそのファミチキを買わない。
ただ他も値上がりしてそういうものだと思えばたまには買うようになるかもしれない。
ファミチキが好きだから。たまには500円出してみる。
でもケンタッキーが値上げしなかったらどうなんだろう。
帝国劇場のレミゼや四季の値段はこのままだったら。
たぶんファミチキを食べる機会は前より減って、
たまーにファミチキではなくケンタッキーを食べるかもしれない。
そのあたりはまだ正直自分でもわからない。
値段関係なくケンタッキーが食べたい時もファミチキが食べたい時もあるから。
演劇としての良さもあるけど何ヶ月も前から予約して観るデカい舞台と、
明日行こうかなで行ける小劇場の舞台というのにもわりと大きな差がある。
明日行こうかなで行きたい。
その時の自分が観たいものを気軽に。
コロナで演劇は難しい状況になったし、経営のこととか「それでは演劇がなくなりますよ!」とか、
そういうのは全然興味がないし関係ない人としての純粋な意見という感じ。
矢沢永吉のCDを買う時に、彼の生活を考えて買わないと思う。
ただ欲しいから買う。その感じで舞台に行っている。
舞台がなくなったら寂しいけど俺は別のなにかを探して生きていくと思う。
そこまで好きではないというよりは、好きだけど仕方ないから。
だいすきなものが無くなったり、だいすきな人がいなくなるのも残念ながら当たり前で、人生そんなもんだと思う。
ここだけメールがないと生きていけない人間はこの世界には間違いなくいない。
で、これらの話は実は現実的ではなく無駄な話だったりします。
たぶんたまたまなんですね。
たまたま7500円が7月に続いただけで、これから小劇場の3500円とかの舞台が8000円になることはないと思う。
なのでたぶんここまで大きくは変わらないし、これまで通り自分が行ける舞台は残ると思う。
ただ考え方として、楽しいかどうかに値段はあたりまえに重要。
アイドルがやるソロライブは1部2部あることがほとんどだけど、これまでどちらかにしか自分が行かなかったのは、一曲二曲別の歌を歌うけどほぼ同じものに5000円出した場合
一部を観た自分は5000円で満足するけど、二部も観た自分は10000円のそのライブに満足しないから。
その辺の感覚を自己管理することが、やる側も見る側も良い感想を持って帰り健康を保っていくのに大切な要素だと思う。
好きな内容の舞台を観にきてもらうことが必要だし、好きな内容の舞台を観に行くことが大事だと思う。
舞台はアイドルのライブとちがって内容がわからないから、「出ます!」「行きます!」が通用する世界とも違う気がする。
しっかりあらすじがわかるようにして、どんな舞台だからあなたに見てほしいを発信して
どんな舞台だから自分は観に行きたい、観にいかなくて良いというのを判断して
観た人がみんなよかったなと思えるのがいい。
観た人がクソだったなぁと思うのは誰も得しないのに、告知ミスでそういうこともわりと多いと思う。
おやすみなさい。