【旅は道連れ】(仕事場D・A・N通信vol.35)
2021.07.05 08:34
世界中を旅して足を踏み入れたところを順に塗りつぶしてゆくようなことが楽しい。だからといってグローバルな人間というのでは全くない。日本が好きで、日本語が好きな人間である。垣間見る異国が好きなだけだ。旅をしたからといって、何かが分かるとは思っていない。何度旅を繰り返しても違和感は消えない。
多少慣れたところもあるかもしれないが、ほとんどその国の人と話さないし、片言の会話なんて楽しまない。邪魔しないように、片隅に紛れ込んで、そっと静かにお茶を飲んで街の風景を見ている。
基本的に海外旅行は夫婦二人だった。是が非でも見たいものがあるわけではなく、行かなければならない場所があるわけでもない。ただ二人で散歩と休憩を繰り返してきた。その背景に、どこかで見たことのある名所旧跡が存在するだけだ。
そんな対象として海外旅行がちょうど良かった。体力と好奇心の続く限り行ければと思って、世界地図のまだ見ぬ土地に思いをはせていた。
十年ほど前から妻は、脊柱管狭窄症手術後の体調不安定が続いていた。長時間飛行機に乗るのは不安になった。必然的に旅先は国内に限定されるようになっていった。少しずつの回復を待ちながら、沖縄、北海道くらいなら飛行機も利用可能になってきていた。
2020年4月の旅行計画は、ウラジオストックか北京かを思案の末、久々に中国に足を伸ばすことにして準備も整っていた。ところがコロナ禍によりチャイナ・エアの搭乗便が、変更に次ぐ変更でとうとうキャンセルになってしまった。
そして5月に妻の胃癌が発覚し、8月には亡くなってしまった。40年以上前、初めての海外二人旅の第一泊目はアムステルダム・ヒルトンだった。そして行けなかった最後のホテルは、北京の王府井ヒルトンだった。