Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

「街の美容室」として支持されるサロンに。祐天寺「darlin.」のスタンス

2017.01.25 10:00

祐天寺駅から商店街をまっすぐ5分ばかり歩いて進んだ先にあるのが、昨年11月にオープンした美容室「darlin.」だ。代表の及川 恒亮氏を中心に、名だたる美容室でスタイリスト、ヘアメイクとして活躍していた1989年生まれの4人が集まっている。

昨年、オープニングを記念して、普段から親交の深いSuchmosやSANABAGUNなどが出演するライブイベントを代官山UNITで開催している。「darlin.」のメンバーが、今をときめく若い世代のミュージシャンたちに支持される理由はどこにあるかを確かめるべく、SILLYで取材を申し込んだ。

お客さんの「スッキリしたい欲」を

満たせる場所に


美容師として27歳で自分のお店をオープンするというのは美容業界の定石からいうと比較的早い。それでも、若い頃から自分のお店を持つべく野心を燃やしていたわけではなかったという。

「お店を立ち上げようと考えはじめたのは2015年の秋、美容業界に足を踏み入れて6年目のタイミングですね。でもぼんやりとその歳くらいにお店を構えたいなぁと考える美容師は多いと思いますよ。ただそれを本当に実行に移す人が少ないだけで。僕の場合、たまたま下の服屋のオーナーから『倉庫として利用している2階でお店を開いたらどうか』と相談を持ちかけられたんです。そのとき本当にやるかやらないか検討するようになりました」

「周囲の先輩方に相談したら、開店のリスクなどネガティブな側面の話をたくさんされました。それでも仲間に声をかけてみて、信頼の置けるメンバーを集めることができた。だから、やる方向に踏み切りました」

真剣な表情で、言葉を選びならがらゆっくりとした口調でお店を立ち上げたばかり頃の気持ちを話してくれた及川さん。実はSILLYで取材させてもらうことが決まっていたので、その前に自分が髪を切ってもらいたいと思い、あらかじめお店に伺っていた。そのとき、自分自身とつながりのあるミュージシャンとの話などはしたものの、必要以上にお客さんに迎合しない雰囲気に好感を持った。そのことを率直に伝えてみた。

「ああ、なるほど。フレンドリーな接客でお客さんに心地いいなと感じてもらうのは、自分の体力がいるだけで、実は意外とそんなに難しいことではないんです。でも本当に自分がやろうとしていることを理解してもらいたい人には甘い感じにしないですね。本当はもっとキャッチーな感じでいたい瞬間もあるんですよ(笑)。でも同い年4人が集まって、ただ全員がワチャワチャしているようなお店にはしたくないんです。自分自身は代表という立場もあるし、どっしりと構えていたい気持ちもある。…案外格好つけなのかもしれないですね。それでも理解して自分に付いてくれる人はいるだろうなと、信じている部分はあります」

自分を大きく見せたり、簡単に人に合わせたりしない。そんな彼のスタンスが周囲から信頼を集める要素なのかもしれない。音楽関係の仲間が多いのは何故なのか聞いてみた。


「イベントに出てもらったミュージシャンはプライベートで遊んだりしていた友達ですね。SANABAGUNの高岩遼が同じ岩手の同郷で、SuchmosもYogee New Wavesもそこからつながっていった。仲間なのでヘアショーのモデルになってもらったりしていました。


彼らとの付き合いが続いているのは、きっとちょうどいい距離感だからなんじゃないですかね。そのときそのときの気分の上がり下がりを、同業じゃないからこそ気楽に話せるというか。ヘアサロンってもともとそういう場所だし。だれとは言わないですけど、荷物だけ置いて、お茶飲んで軽く話して、祐天寺の服屋見に行くやつもいる(笑)。けれどそのくらいのノリでお店に足を運でくれるのもうれしいですねぇ。髪を切らなくても『なんとなくスッキリしてぇな』という気持ちを満たしてくれる場所として機能できているなら、それほどうれしいことはないじゃないですか」

「今の時代は情報があふれていて、技術やセンスがある美容室はいくらでもある。それでも自分たちのサロンを選んでもらうには、居心地のいいと思える空間を作っていくしかないかなと思っている節はありますね。技術やセンスがあっても、こいつ話面白くねぇなと思われたり、フィーリングが合わなければ、お客さんは長くつかないじゃないですか。自分がお客さんだったらそういうお店に行きたくない。だから4人それぞれが技術もセンスも磨きながら『スッキリしてぇな』っていうのを満たせる場所になれればいいなと思っていますね」

大げさなビジョンを掲げずに
目の前のやるべきことを続けていく


立ち上げから3ヶ月経って、新規のお客さんが一周したというが、これからどんなサロンにしていくのだろう。

「この4人も昔から知っている仲間なんで、特別新鮮な何かがあるわけではない。わりとすぐに日常がやってきた感じがありますね。慣れも出てくるし。だから自分たち自身が飽きないために、いろいろスパイスやアクセントになるようなことをやり続けていけたらと。

ここまで話を聞いてもらえればわかると思うんですけど、長期的な展望とか、言葉で明確に打ち出していきたいスタイルとか、そんなにないんですよ。このお店にいるメンバーがちゃんと潤って、祐天寺の街になじんで、ちゃんと長くついてくれるお客さんがいればそれでいいかなって思うくらいで」


ちなみに店舗名の「darlin.」はフランスのバンド・Phoenixのメンバーであるローラン・ブランコウィッツとdaftpankのふたりが組んでいたパンクバンドの名前からとってきたそうだ。あまり大きなことを語ろうとしないが、音楽や映画などのカルチャーから影響を受けたものへの憧れやスタイルを踏襲しようとする気概は節々に感じられる。でもそれをあえて公言するのは野暮なのかもしれない。

「注目してもらえるのはありがたいですけど、まだ自分たちは評価を受けるべきようなことをやっていない。自分のことをまだまだ全然カスだなと思っているし。だからフットワークの軽い20代のうちに今しかできないことをやっていきたい。『こんなお店あったね』みたいな感じでは終わりたくないので。目標があるとすれば、それくらいなのかもしれないですね」

開店時間が近づくと続々とメンバーがやってきた。毎回一言声をかける。「取材中だから邪魔するな」とか「飯なら裏で食べてくれ」とか。不躾な言葉に聞こえるかもしれないが、その言葉の端々に、仲間への信頼が宿っていた。

「わかりやすいスタイルがなくってすみません。うまいこと書いといてください」と笑う及川さん。特別饒舌ではなくても鋭い眼差しでこちらに話したかと思うと、ふと大きな笑顔で笑ったりする。いつのまにか、無骨ながらも、純粋で嘘のない彼の言動に惹きつけられていた。

周囲からの視線や評価に踊らされることなく、きっと地に足のついた祐天寺の街に馴染むサロンとして愛されるだろう。勝手ながらそう思って、「darlin.」を後にした。

photography:Yukiko Tanaka / 田中 由起子