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ココロが風邪をひいていた頃(3)

2017.01.27 02:53

つづきです。


2月の終わり頃、1回目の診断書の療養期間が終わる前に、課長補佐から電話があった。

「療養休暇中は人事異動させられないんだが、人事課から、年度末の1ヶ月だけ最低限勤務するという条件付きで異動させても良いと言われた」

いよいよ、役立たずのお払い箱かと観念した。しかし、実際はちょっと事情が違っていたようで、それは、1ヶ月後の異動の内示後に分かったのだが、その時はとりあえず、今の職場に在籍していても、すっかり部下の信頼を失っているし、苦情対応の激務にも耐えられそうになかったので、言われた通り、異動を希望して、出勤することにした。


しかし、最後の1ヶ月は、毎日が地獄だった。席にいても戦力にならないし、下手に窓口に出たりしたら、うかつな判断をして、かえってトラブルの種を増やすだけなので、出勤と同時に別室にこもり、アルバイトがするような単純作業をするのがせいぜいだった。

そこには、自己を肯定できるような材料は、微塵もなかった。

毎日、ダルくしんどい思いをしながら職場に着き、役立たずの自分のミジメさに苛まれながら、8時間が過ぎるのを待ち続けた。長く、苦しい1日を、1ヶ月続けた。


3月の終わり、異動の内示を受けた。


情報処理部署勤務時代の先輩のKさんが動いてくれ、以前書いた人事課勤務時代の上司のHさんの配慮で、主に子どもたち相手に野外活動を教える社会教育施設に異動になったのだ。


結果的に、命拾いした。

異動後、通院加療を9ヶ月続け、治療をおえることができた。

Hさんからは、「K君から聞いて、キミをこんなところで潰したらいけんと思って、例外的だったけど、異動さすことにした。最後の1ヶ月、よう辛抱してくれたなぁ」と言われた。

ナミダがこぼれて仕方なかった。

今まで、ホントにイイ方たちに恵まれて仕事していたんだな、と感謝しきり。


これからは、ダレかのために、役に立てるよう残りの人生を歩んで行こうと、それが、今まで拙い自分を支えてくださったみなさんへの、せめてもの恩返しかな、と。

だから、ボクはいつも弱ってる人をほっとけない。寄り添い、共感しようと行動する。

(最後につづく)