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中尊寺蓮が開花

2018.07.13 03:18

Facebook・清水 友邦さん投稿記事「中尊寺蓮が開花」

大和朝廷に恭順しなかった縄文の民は熊襲(くまそ)、隼人(はやと)、土蜘蛛(つちぐも)、国樔(くず)蝦夷(えみし)と呼ばれました。

最後まで独立を保ち大和朝廷に服従せずに抵抗を続けたのは東北の蝦夷(えみし)でした。

日本は統一国家ではなく蝦夷の国は日高見国と呼ばれて1000年以上独立をたもっていました。

その蝦夷が滅びたのが文治五年(1189)です。

文治五年(1189)8月22日平泉を攻め滅ぼした源頼朝は28万4千騎の兵を引き連れて岩手県紫波町陣が丘に陣を敷きました。

そこで奥州藤原氏最後の当主藤原泰衡の首実検が行われ泰衡の首は父秀衡の眠る中尊寺金色堂の金棺に納められました。

その時、紫波町の五郎沼に咲いていたハスの種を泰衡と親戚関係にある領主樋爪(ひづめ)氏が泰衡公の首桶に供え菩提を弔ったと言われています。

紫波地方では、葬儀の時に死者を弔う意味でハスの花を入れる風習が残っていました。

平泉が滅亡した800年後の昭和25年(1950)に中尊寺で学術調査が行われました。

そのときに100個あまりのハスの種子が泰衡公の首桶から発見されました。

約2000年前のハスの発芽に成功した大賀博士に(1883 - 1965)に託されたましたが発芽させることができませんでした。

種子の発見から50年後、に大賀一郎博士の門下である恵泉女学園短大の長島時子教授にハスの種子が託され、平成6年(1995年)にやっと発芽させることができました。

それから4年後の平成10年にようやく開花させることができたのです。

中尊寺の泰衡公の首桶から発見された古代ハスは中尊寺蓮と命名されました。

中尊寺蓮は大賀蓮などの古代ハスと違い葉は真ん中がつるつるして端がざらざらしているのが特徴です。

中尊寺蓮は株分けされて故郷の五郎沼に植えられて800年ぶりに再び美しく咲きました。

蝦夷は悪い鬼、山賊にされてしまい東北の民は大和朝廷の文化に同化してしまいました。

けれども縄文の魂は今も日本人の心の中で眠っています。

中尊寺蓮は800年の時を超えて再び咲きました。

朝5時過ぎに中尊寺蓮が開花している五郎沼に出かけた時に虹が出ました。

眠っていた日本人の縄文の魂が再び目覚める時を告げているかのようでした。


http://www.st.rim.or.jp/~success/yasuhirahasu.html 【中 尊寺蓮は泰衡が蓮】より

中尊寺蓮という美しい花がある。この花を見るとき、どのような人間も、その圧倒的な美しさに感嘆の声を上げずにはいられない。何故このような花が、800 年以上も前の奥州にはあったのか。そんな気持ちになる…。

それまでこのような蓮の存在は誰も知らなかった。昭和二五年(1950)、植物学者の大賀一郎博 士(東大農学部教授:

  1883-1965) は、中尊寺金色堂御遺体調査に参加し、泰衡の首桶(くびおけ)の中から数個の蓮の種子を発見した。更に博士は昭和二六年(1951)千葉検見川の古い土壌 からも三個の古代蓮の種子を発見し、そのうちの一個が発芽し、大賀蓮と名付けられた。

 しかし泰衡の首桶の種子の方は、発芽しないまま博士没後、中尊寺に返還され、そのまま宝物とし て讃衡蔵(さんこうぞう)に眠っていた。その後、数十年を経て中尊寺では、種子の発芽を大賀博士門下の長島時子教授に依頼した。すると平成五年、見事発芽 に成功。そして平成十年、およそ810年振りに薄紅色の大輪の花を結んだ。しかもその蓮は誰もが驚くような美しい花だった。蓮は、中尊寺蓮と名付けられ た。その花の直径は約二十センチもある大輪で、花弁は十八枚。咲き誇る時期は四日間余りと、実に儚い。

遠い昔、この花の種子は泰衡を葬った人々が、その無惨な首に対面した時、涙をこらえながら、心を 込めて痛々しい首のまわりに供えたものにちがいない・・・。だからこの花の美しさは、奥州を滅ぼすに至った泰衡を鎮魂しようとする奥州の人々の心の美しさ でもあるのだ。

藤原泰衡は、奥州藤原氏の四代目の若き御館(みたち)だった。しかし偉大な父秀衡が死ぬと、泰衡 は、頼朝に「義経の首を差し出せ」と脅される。いつしか「奥州は義経公を総大将としてひとつにまとまれ」という父の遺言も忘れるほど混乱し、文治5年 (1189年)4月28日、頼りとすべき義経を高館に攻め、自害に追い込んでしまった。頼朝はまさに稀代の策士だった。気の弱い泰衡に揺さぶりをかけ、同 士討ちを誘い、軍略の天才義経が亡くなるや、己の言葉を翻(ひるがえ)して、二七万の大軍を以て、奥州を一気呵成に攻め滅ぼしてしまう・・・。悲しくも泰 衡は、頼りとした部下に首をはねられ、頼朝の前に哀れな姿をさらした。その首桶から出てきたのが、この余りにも美しい古代蓮の種子だった。

蓮は泥の中に咲く花だ。泥という汚れた水の中にありながら、そこから長い茎を出して見事な花を付 ける。この蓮が象徴しているものは、本質的なる美(イデア)そのものである。中尊寺蓮。私は敢えてこの花を泰衡蓮と呼びたい。この花の美しさに潜む奥州の 歴史を永遠に記憶に留めるために。佐藤

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敵味方老若男女なにせうぞ泰衡蓮の咲くや嬉しき