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「日曜小説」 マンホールの中で 4 第三章 4

2021.07.17 22:00


「日曜小説」 マンホールの中で 4

第三章 4


 善之助は、言葉を濁した。

「言っちゃいなさいよ。こんな時だから何を言っても、昔何があっても今更どうでもいいことじゃない」

 小林の婆はそういった。

「そうだな。実は昔、郷田の親父を捕まえたことがあったんだ」

「郷田の親父」

「そう、指定暴力団郷田連合の会長、今の郷田雅和の父、郷田友和。あれを現役の時に検挙したのは私なんだよ」

「冤罪事件と騒がれ、そして、結局釈放された時に、若いチンピラに殺されたあの事件」

「そうだ」

 郷田の父の事件とは、当時有名になった事件であった。当時郷田連合が、東京から進出してきた暴力団山村一家と抗争をしていた時であった。

基本的に、当時の警察は現在とは違い、暴力団同士の抗争に関してはあまり関与せず、勝手に戦わせていて見て見ぬふりをしていた。実際に、暴力団同士の抗争に警察が力を割くこと自体、あまり気が進まない。当時の県警本部長は、暴力団同士の抗争であり被害者が暴力団またはその系列である場合は、捜査をするふりをしながら、本気で捜査をしないように指示していたのである。

 そのような中、事件が起きた。山村一家全体のトップである六代目山村健司こと、篠原静雄がこの町に視察に来た。出先機関であり、主に郷田連合と抗争を繰り広げていた山村一家系暴力団銀龍会の高木剛三を訪ねてきたときに、何者かに殺されたのである。

県警本部長は、暴力団同士の抗争であったので、当初及び腰であった。しかし、その暗殺方法があまりにも残虐であり、マスコミがこぞって報道したこと、そして、その事件で一般人が多くまきこまれたこと、何よりも政府もそれを問題にし、警察庁の長官や国家公安委員長がわざわざ視察に来てしまったことなどから、県警本部も重い腰を上げざるを得なかった。その時に、捜査本部が立ち上げられ、その捜査本部のトップではないにしても、担当を任されたのが善之助であったのだ。

 何よりもその事件はあまりにも凄惨を極めた。というのも、山村一家は、親分になると、「山村」の姓を名乗ることが一つの掟であったために、他の者も多くは山村健司と呼称していた。しかし、国道沿いに「篠原静雄」と本名でかかれた看板がいくつも立ち並び、そのことを問題にした高木剛三が、山村のところを離れた。山村は近くのレストランに入り、食事をしているところ、そこを機関銃を持った車数台が押しかけ、レストランのオーナーや他の一般客、合わせて30名近くが皆殺しにされたのである。そのうえ、そのレストランは襲撃後爆破され、最終的には何人が犠牲になったのか判別がつかなかったほどであったのだ。

 捜査本部の意見は真っ二つに割れた。一つは対立抗争をしていた郷田連合を疑うもの。これは当然に敵に親玉を叩けば、抗争が止むということから命を狙うのは当然であるというような考えであった。しかし、もう一人疑われたものがいた。それが高木剛三であったのだ。高木剛三は、この時に山村健司の命を狙い、七代目就任を狙っていたという。また、山村が殺される時にあまりにもタイミングが良すぎるということが上げられたのである。

「何でその時に、爺さんは郷田だと分かったんだ」

「それが暗号文書だったんだ」

「暗号文書」

「そう。海外のマフィアと麻薬のやり取りをしていた郷田の親父の文書を丹念に解析した。その時に、ある規則性を見つけたんだ。それは、郷田の家の中にあった地図に記載してある番号を記号化して、その文章を読むと、別な文章に作り替えられるということなんだ」

「要するに、地図と記号を組み合わせると、そこで話が見えてくるということか。あの当時にそんなことを考える警察官はいなかったのではないか」

 時田は感心したように言った。

「ああ、そうだったな。そんなことを言ったのは私一人であった。地図を広げ、そこにアルファベットを並べる。もちろんABCの順番ではなく、他の乱数表が見つかったから、それを宛てたんだ」

「他の乱数表」

「そうなんだ。それがあの当時から郷田が経営している宝石箱、よく、鉱石などの標本にどの箱に何が入っているか書いてあるものがあるだろう。あのようにして宝石に名前を付けてあった。その名前が見事にアルファベット別々になっていたんだ。」

「凄いな」

「それを組み合わせて、うまく読めば、暗号文が読めた。その暗号文には、高木と郷田がうまく連合して山村を殺すことが書かれていたんだ」

 そこにいるものはみな、驚いた。

「爺さん、あの時は高木剛三と郷田友和が戦っていたんだろ」

「そうだ。しかし、六代目山村健司が来るということになって、なぜか手を結び、二人で協力して山村を殺すということになったんだ」

 まあ、ないことではない。山村が来るということは高木が叱責を食らうということであり、単純に言えば降格、場合によっては失脚を意味する。

一方、郷田にしてみれば、山村が来るということは東京の暴力団が本腰を入れてくるということになり、流石に郷田連合といえどもあまり勝ち目はない。ここで山村を殺せば、山村一家の中でお家騒動が起きることになり、場合によっては勢力が分散して郷田連合との抗争が休戦されることになる。このように考えれば、それまでの敵が手を握るということも十分にありうる話なのである。

「しかしなぜそこで郷田を逮捕したんだ。いや聞き方が悪いな。なぜ高木も一緒にパクらなかったんだ」

 時田は、そこにいる皆が疑問に思ったことを聞いた。ここで郷田だけではなく高木も逮捕するのが普通であろう。しかし、なぜそれをしなかったのか。そこは大きな疑問になる。

「まあ、警察の実力不足というやつかな」

「警察の実力不足」

「そう、高木剛三にとって六代目の大親分が来るということは、少なくとも監視に来るということになり、あまり良い気分ではないのだ。それは、警察庁長官や国家公安委員長なんかが来た県警本部も同じなんだな。つまり、県警本部も早く手柄を立てて、一見落着したいという欲があり、また、自分の縄張りで何とか対処したいと考えるようになる。高木剛三という男はそういうところに目端が効く男で、まずは隣の県に逃げ、そして郷田だけが逮捕されるように仕向けた。まあ、具体的に言えば、郷田の居場所を警察にリークしたんだ」

「ほう」

「警察も、郷田も主犯であることには変わりがないというか、銃で撃ったのは間違いなく郷田連合の若い衆である。そのように考えれば、郷田を逮捕するのは何の不思議もなかった。それだけでなく、刑事の勘というやつで、このままでは郷田と高木がより一層抗争が激しくなるんじゃないかと踏んでね」

「そりゃおかしい。だって一緒に手を組んだんだろ」

 斎藤が横から口を出した。

「斎藤さん、そりゃ違うよ。いや全く逆だ。一緒にやったってことは、高木からしてみれば、自分の組を裏切ったことになる。そのことが表に出れば、日本中の山村一家のやくざ者に高木剛三が狙われることになるんだ。つまり、その証拠を持っている郷田の口を封じなければならないということになるんだ」

 次郎吉は、自分の事であるかのように解説をした。時田は横で深く頷いた。鼠の国の住人達には、至極当たり前のことのようである。

「そこで、郷田だけを保護したということですか」

「そうです。しかし、当然にどうして山村がくることを知っていたのか、またどうしてあのドライブインに入ることを知ったのか、ということが全く見えなかった。つまり、敵対している親分の行動を、なぜ郷田が知っていたのかということになり、証拠が詰まってしまって、とりあえず48時間で釈放した」

「そのとき、警察署の玄関口で銀龍会が襲撃したということですか」

「そう、警察の不手際だな。そして、その後、正木信夫、今の正木の親父と、郷田雅和が復習戦をして、高木剛三を殺し、銀龍会を完全に追い出したんだ。そのやり方は残忍で、郷田のまだ生まれたての孫まで、全て殺してしまった。何人かはまだ公式には行方不明だったかな」

 しばらく、沈黙があった。まさか善之助と郷田の間に、そんな因縁があったなど、誰も知らなかったのだ。

「まあいいや、それで爺さん。今度の件で、その東山の地図、というか暗号の手掛かりはどこにあると思う」

「わからん。でも、東山の家の地下に広がっていた地下壕の指令室にあるかもしれな」

「あそこか」

 次郎吉は頷いた。