飯島小6年生が土崎空襲を学びました 2021.07.18 00:10 去る7月5日(月)、土崎港被爆市民会議は秋田市立飯島小学校を訪問し、体育館で6年生87名と土崎空襲について出前講話会を行いました。 6年生の皆さんは、社会科の授業の中で、秋田ケーブルテレビ制作「語り継ぐ土崎空襲~終戦前夜の悲劇~」の映像(約30分間)を予め観たうえで、この講話会に臨んでくれました。 土崎空襲がなぜ、いつ、どのように行われたか?空襲下で人々はどんな状況におかれ、どんな悲劇があったのか?空襲体験者伊藤津紀子さんのお話に真剣に耳を傾けていました。わずか4時間の間に12,000発を越える爆弾が投下されたという爆撃の激しさや、また高速で飛び散った破片が多くの建物や人を切り刻んだ事実、その被害の甚大さなどに怖さや驚きを感じながら、やはり「戦争は二度と起こしてはならない」と実感した6年生が多いようでした。 以下、アンケートより 「はへんをじっさいに持って思っていたよりも重くてあれがせんそうの時は回ってとんできて、とってもこわいなと思いました。小さなはへんでも命を落としてしまうので、はへんがささって死んだ人はとってもかわいそうだなと思いました。」 「戦争は悲惨でたくさんの人の希望や命、家族などをうばい、終戦前夜には、土崎空襲があり、250人以上の方が亡くなったことにおどろきました。社会科の授業で、DVDを観た時、その授業の後に、本棚にある「はまなすは見た」を読みました。その本には岩間久平さんと家族の話や、光沼などの話もありました。「終戦前夜のこの空襲は、いったい何だったんだろうか」というような所に共感しました。実物の本物の爆弾の破片や100キロ爆弾の不発弾などをさわることや、講話会にいらして下さり、本当に有難うございました。 「話しを聞いてて、すごく大変だったんだろうな、と思いました。メモをしている時にびっくりしたことは、ハエなどを目印に亡くなった人の体などを探すということです。想像してみると、すごく怖いなと感じました。約76年前にきてると聞いて、ひいおばあちゃんが生きてる時なのかなと思い、すこしでも話を聞けたらいいな、と思いました。」 「私は今日戦争はやってはいけないものだということを改めて感じました。特に印象に残ったことは、この戦争は日本から始まったことだということが特に印象に残りました。そして日本のほとんどが空襲による被害を受けたことが分かりました。」 「戦争がこれから絶対にあってはいけないということをあらためて強く感じました。私たちも未来に二度と戦争が起こらないように、人々に伝えていければいいと思いました。」 今日の講話会を通して学び、感じ、また疑問に思ったことを家族や友達と話したり、さらに調べてみたりする機会になってくれればと願います。